059 白い魔獣の名前はディポポ。
白い魔獣に丸呑みされてしまったわたしは、光のない闇の中で目を覚ましました。
足下に地面はなく、広がるのは底の知れない闇。
ここはどこでしょうか。
わたしはあの白い魔獣に食べられてしまい、死んでしまったのでしょうか。
そうなると、ここは死後の世界?
あぁ、もうイザヤ様とはお会いできないのですね。
人は死んでも、感情が残るのでしょうか。
イザヤ様と二度と会えないと思うと、心にぽっかりと大きな穴が開いたように感じてしまいます。
「あれ、は……」
大きくなった穴に飲まれそうになる自分を想像したとき、目の前に何かが映し出されました。
光を拒絶していたような闇に、二人のお方。
いえ、二柱という表現の方が近いでしょうか。
威厳を感じられるような、思わず跪いてしまうような、そんな存在感があります。
闇の中に映し出されたのは、神様でしょうか。
白く癖のない長い髪の方と、青黒い長い髪を持つお方。お二方とも、性別は男性に見えます。
お一人には、見覚えがありました。先程、この空間に入る前に見たお方です。
あのときは目を閉じていたのでわかりませんでしたが、このお方はもう一人のお方と仲が良いように見えました。
お声は聞こえませんが、お二方は心からの笑顔を浮かべながら話しているように見えます。
まるで、心の友と書いて心友と読むような、そんな関係性に見えました。
光のない闇の中に映し出されたお二方を見ていると、イザヤ様のお顔を見たくなります。
この方々のようにとはいかなくても、将来、こんな風に笑い合えるような関係になれれば。
イザヤ様のお隣で笑える世界は、どれだけ素晴らしいでしょうか。
「わたしは、イザヤ様と一緒にいたいのです! っ、え!?」
わたしが強く願ったからか、はたまた別の理由か。
闇の中にただ浮いているだけだったわたしの体は、感覚でいうと右斜め上の方に引っ張られていきます。
その引力は強く、引っ張られた先にイザヤ様と一緒にいるための道が開けるような気がしました。
わたしは一刻も速くその先へ行けるよう、右腕を勢い良く伸ばします。
たゆんと、何か柔らかいものを突き破ったような感覚になりました。
それが何かと考えるよりも先に、わたしの頭上に光が溢れていきます。
白く輝く面積が多くなってきました。
わたしは、そのまま光の先へ行きます。
「レタ。何かが来るよ。ぼくの後ろに下がって」
誰かの声が聞こえたかと思うと、どこかの部屋に出ました。
そうかと思うと、荒々しく近づいてきた足音の人物が扉を開けた瞬間、また暗闇に閉じこめられてしまいます。
「レタ、ギレルモに抱きついて」
「わかった」
そんな話が聞こえると、わたしを閉じこめていた暗闇がポロポロと崩れていきます。
どうやらわたしは、土の壁の中にいたようです。
視界が良好になったとき、三人の方々がいました。
王宮のパーティーで見たような、艶々とした黄緑の実が房としてまとまっている葡萄のような髪色をしている殿方。
長い髪を一つにまとめ、藍色の縁の分厚い眼鏡をかけていらっしゃいますが、その下にある黒い瞳はまるで深淵を表しているかのようです。
その方の隣にいるのは、明るい茶色の髪を伸ばしたままにしている女性。レタ様と呼ばれていましたね。眉毛から鼻の頭まで黒い布で覆っているのは、なぜでしょうか。
荒々しい足音を響かせてやってきたのは、動きやすそうな黒の短髪をしている殿方。この方がギレルモ様でしょうか。黒い瞳には、強い意思を感じました。
全く似ていないですが、イザヤ様も同じようにご自分の意思をはっきりと持っている瞳をされています。
ギレルモ様は突然現れたわたしに、警戒心が剥き出しのご様子。それもそのはず。
どこからともなく人が現れれば、誰でも警戒します。
さて。ここはどこなのでしょうか。
改めて周囲を窺ってみると、やはりどこかの部屋のようです。広い部屋にあるのは、木の床に直接置かれた長椅子のみ。
絵画も、絨毯も、その他装飾品はありません。
窓を隠す黒い緞帳が、不釣り合いな気がします。
「ふっは。君、エミリアでしょ? どうしてそこにいるのかわからないけど、とりあえず出てくれば?」
「出る?」
黄緑髪の殿方の言葉を聞き、わたしは周囲ではなく自分を窺います。
すると、ここへ来る前にわたしのことを丸呑みした白い魔獣の、大きな口の中にいました。
わたしは俯せになるような形で、白い魔獣の中にいます。この魔獣、体の構造はどうなっているのでしょうか。先程、わたしの意思の通りに向きを変えられたような気がするのですが。
いえ、この場合はむしろ、わたしの体の頑丈さでしょうか。これが、<防御力、3200万>の効果なのかもしれません。
わたしは白い魔獣の口の端に手を置いて、ぐっと体を前に出します。
その瞬間、グンッと重たい何かに乗っかられたような感覚になりました。かろうじて呼吸はできるものの、胸の上を圧迫されているような感じです。
<治癒>をかけてみようと考え、ここにはイザヤ様がいなかったと思い出しました。
イザヤ様がいないところでは、無闇にテイマーとしての力を見せてはいけません。
幸い、すぐに<治癒>をかけなくても体は保ちそうです。
白い魔獣の中から出て床に足を置くと、少しだけ体が軽くなりました。
足下を確認してみると、丸みを帯びた二重線が一部消えています。これは、わたしが足を置いたときに消してしまったのでしょうか。
わたしはすぐにその線から離れます。
「申し訳ありません。床の模様を消してしまったようです。すぐに直しますので、模様を描けるものを貸していただけませんでしょうか」
「いや、気にしなくて良いよ」
「ありがとうございます」
白い魔獣から出ると、わたしは三者三様の視線を向けられていました。
黄緑髪の殿方からは好奇心を、レタ様からは敵対心を、ギレルモ様からは警戒心を感じます。
確かにわたしは突然現れた、不審者です。しかし、レタ様に敵対心を向けられるようなことはしていないと思うのですが。
「そういえば、なぜあなた様はわたしの名前を知っていたのでしょうか」
「イザヤ君から聞いていたからね」
「なるほど。では、あなた様は魔術師のドニー、様……」
「あ、イザヤ君から聞いてる? そうそう。ぼくがドニーだよ」
イザヤ様から、ドニー様は魔塔で働く方だと伺っています。
わたしは今、四属性を扱えると思われることも、テイマーであることも、ステータスのことも、魔塔で働く方にばれるわけにはいきません。
自由な行動のために、ドニー様とは早めに距離を置きましょう。
「あ、あの、ここはどこなのでしょうか。教えていただければ、すぐに立ち去ります」
「そんなこと言わないで、少し滞在したら? ディポポの中の様子を聞きたいし、イザヤ君の話とは違うエミリアのことも聞きたいし」
この魔獣はディポポと言うのですね。
そんなことを考えながら、イザヤ様のお言葉を思い出します。
イザヤ様がドニー様と行動を共にしていたのは、二年前。そこから違うことと言えば、大量のアロイカフスでしょうか。
そう考え、思いいたります。
レタ様の敵対心はわかりませんが、ギレルモ様の警戒心は理解しました。突然現れた人物にアロイカフスが大量に装着されていたら、どこぞの危ない人間が来たと思いますよね。
見たところ、ギレルモ様はレタ様の護衛をしていらっしゃるようです。なぜ場を離れていたのかはわかりませんが、到着してからの有無を言わさない魔法は素晴らしいものがありました。
ディポポから現れていなかったとしても、警戒は大事だと思います。
次、お昼更新です。
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