057 白い魔獣の口の中
ファラと共に、現在の場所を確認するため動きます。
服が乾くまで浜辺にいましたが、敵対するような魔獣は現れませんでした。それは魔獣がいない土地なのか、それとも魔の森の屋敷のように何か結界のようなものがあるのか。
そういったことも確認しないといけません。
焦って動くと、また知らない場所へ行ってしまいます。慎重になりすぎると、それはそれで転倒の危険性があり、それを回避するためとっさに体が動いてしまうかもしれません。
程良く、普段通りに、足下を意識しないで歩きます。
ここは島か大陸か。まずそれを見極めるため、海岸線を進みます。
砂浜だったそこは次第にゴツゴツとしたい岩場となり、森の端を通り、服を乾かしていた浜辺へ戻りました。
石を積み上げたままですので、一周してきたということになります。
つまり、ここは島。
「ファラ? 何か感じるのですか」
一周し終えると、ファラがずっと島の中心を見ていたことに気がつきました。
ファラはいつも、何かを教えてくれます。ルーガと出会えたのも、ファラが教えてくれたからです。
今までは、質問すればファラの意思を感じられました。
しかし今は、ファラから何も反応がありません。しかし畏怖のような、強く厳かな何かを感じていることがわかります。
アラバス王国に戻る方法がわかっていません。食料も確保しないといけないのですが、ファラが気にしている方へ進んでみようと思います。
ファラが気にしているのは、深い森の奧。島の中心部のようなところです。
長い樹齢を感じられるような木々が並ぶ森林は、どこか神聖な空気が流れているような気がしました。
人が入った形跡のない、道とは言えない苔の径。そこを進んでいくと、蔦で覆われているのに寂れていると思えないような何かがありました。
入口には細長い石が巻きついているような、苔がついている白い岩のようなものが二つあります。
二つという数と、その背後にある崩れかけた石柱が、かつてはそこに立派な建物があったと感じさせました。
神聖な空気も相まって、ここは立ち入ってはいけない場所なのではないかと思ってしまいます。
小鳥が二羽、白い岩に下りてきました。デュルンッと、何かが動いたような気がします。
「え゛」
二つの白い岩が、ゆっくりと腰を上げます。
思わず、その巨体が立ち上がるまで見続けてしまいました。どうやら、半分以上土の中に埋まっていたようです。小鳥も飛んでいきました。
白い岩だと思っていたものは、二体の石の巨人様。かつては長い腕があったのでしょう。巻きついていると思っていたのは、巨人様の腕だったようです。
片腕が壊れてしまっていたり、足の膝から下がなかったりしていますが、お二方がわたしに近づいてきました。
逃げようとして、自分の敏捷性を思い出します。下手に動いてしまうと、どこへ行ってしまうかわかりません。
しかし、ここで動かずにいれば、石の巨人様方に攻撃されてしまう可能性があります。
「マッ、デ、デ」
「デデ? マッ、デデ?」
どうするべきかと逡巡していると、石の巨人様方がその巨体に似合わない可愛らしい仕草をされます。首を傾げているのでしょうか。
わたしは理解できませんが、何か相談しているようにも思います。
半分ほどが崩れているお顔を、グッとわたしに近づけてきました。
何かされるのかと身構えましたが、動きません。わたしに何を求めているのでしょうか。
悩んでいると、もう一体の巨人様が同じようにお顔を近づけてきました。このお方は目に当たる部分から草が生えてしまっています。
草を抜いてほしいのでしょうか。
手を伸ばすと、二体の巨人様が我先にと頭を近づけてきました。
もしかして、頭を撫でれば良いのでしょうか。
推測を立て、巨人様方の頭を両手で撫でました。すると嬉しそうな声のような音がして、わたしを大きな手で掬い上げます。
「わぁっ……」
巨人様の手に乗せられたわたしは、島の全景を見ます。
年末まであと一月ほどと迫る時期なのに、ここはまるで俗世の季節なんて関係ないような常緑樹がありました。
その中心。わたしがいた場所から真っ直ぐに歩いていたら到達していたかのような位置に、時を止められたような白い神殿がありました。
巨人様は数歩でその神殿まで距離を詰め、わたしを下ろします。
「ここに入れば良いのでしょうか」
「デ! デ!」
「デデ、マッ、デ」
この神殿に行けば、この島がどんな島なのかわかるのでしょうか。
ここまで運んでくださった巨人様方に頭を下げ、神殿へ入ります。
「さて。入ったのは良いのですが、どこへ行けば……」
時が止まっているように感じられる神殿の中は、厳かで神聖な空気を感じられました。ここの空気が、外の森にまで影響しているのでしょうか。
石柱で支えられている天井は、白い建材のせいか高さがよくわかりません。遥か高くにあるようにも思えますし、すぐ近くにも思えます。
何本も石柱が並び、その先へ進むように促されているような気がしました。
直感を信じ進んでいくと、人の大きさほどある十字架を見つけます。その十字架はまるで、楔のように青黒い岩に刺さっていました。
上を見上げても空は見えないのに、その十字架に注目してほしいように光が差しています。
――アア。
「っ、何ですか!?」
隙間風でしょうか。どこからか、声のような音がしました。
周囲を警戒しますが、近くには何もないようです。
背後にある、青黒い岩以外は。
「青黒いといえば、魔獣の色ですが……」
魔獣といえばアラバス王国です。しかし友獣ならば、フスラン帝国にもいました。
それならば、どこにでも魔獣は現れるのかもしれません。
――アア!!!!
「っ!」
これは、隙間風などではありません。唸り声です。それも、怒気をはらんでいるかのような。
なぜでしょう。聞こえた声が、叫んでいるように感じます。
つらい、悲しい。そんな気持ちがあるように思えてなりません。
姿も、人であるかもわからないのに、慰めなければと思ってしまいます。
「……これは、触ってはいけませんよね」
青黒い岩に刺さっている十字架。これは見るからに、何かを封じているような気がします。
封じるのならば、邪悪な何かが眠っているのでしょう。
――アアアアアア!!
悲痛な叫び声に、胸が締めつけられるような思いがあります。
なぜか懐かしく、まるでわたしの中を巡る血がこの声の主の元へ行けと言っているような気がしました。
しかし、封印を解いてしまうわけには。
「っ!?」
悩んでいると、立っていられないような揺れに襲われました。思わずよろけてしまい、その拍子に十字架へ触れてしまいます。
「あ……」
封印が浅かったのでしょうか。それとも、わたしの力が強かったのでしょうか。
十字架は、ゆっくりと青黒い岩から抜けて倒れていきます。
慌てて支えますが、わたしの手に十字架が。意外と軽いのですね、なんて思っていたら。
青黒い岩が、真ん中からぱっくりと割れてしまいました。
「あぁ、なんということでしょう……」
真っ二つに割れた青黒い岩の下には、いかにも何かありそうな、地下へ続く階段がありました。
故意ではないとはいえ、わたしが封印を解いてしまったのです。最後まで責任を取らなければいけません。
わたしは十字架を階段の横に置き、地下へ進みます。
わたしが感知できない何かがあるのでしょうか。地下へ進んでいるというのに全く暗くなく、視界は良好です。
まるで自然の洞窟のような石の階段の角は丸く、ほとんど下り坂のようになっています。
進んでいくと、わたしの何倍もありそうな、白く濁った結晶が見えてきました。その結晶の亀裂から、ときおり黒っぽい靄のようなものが出ています。
「……人、でしょうか」
ゆっくりと近づいていくと、白濁した結晶の中には人型のような影が見えました。
男性、でしょうか。逞しい体つきで、青黒い髪は波打っていて長いです。服はボロボロのように見えますが、腰元は無事なようですね。
目を閉じているように見えますが、この中に閉じこめられているのは本当に人なのでしょうか。
もし人であるとすれば、恐らく生きていないと思います。右腕と左手を確認できず、近づいてみると右足の親指もありません。
封じられていたのだから邪悪な何かかと思いましたが、この方からはそんな様子は感じられませんでした。
この方が、先程の叫び声を上げていたのでしょうか。それとも、他の方が?
「ポポ」
封印を解いてしまったことは事実。何かしらの対応をしなければいけないと考えていると、可愛らしい声が聞こえてきました。
振り返ってみると、わたしの二倍超ぐらいある大きさの白い魔獣のような子がこちらを見つめています。体毛は少なく、体に対して小さな耳をピロピロと動かしていました。
どこから来たのでしょうか。
「迷子ですか。それならば送って……え?」
心配してその子に近づくと、迷子だと思った白い魔獣は、突然大きな口を開けます。
そして、わたしをパクリと丸呑みしてしまいました。
次、お昼更新です。
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