045 魔術道具研究所
目の下に隈がある所員の方に聞き、わたし達は先程何かが破裂したと思われる建物へ向かっています。
けたたましい音量の警報が日常茶飯事となっている場所へ行くため、自然と体が強ばります。
イザヤ様が手を持ってくださっていなかったら、背中を丸めていたかもしれません。
そろりそろりと、何があっても対処できるように警戒しながらゆっくりと足を進めます。
ゆっくりと歩きすぎたでしょうか。敷地内に入ってから二十分ほど歩きました。
ようやく見えてきたのは、二つの尖塔がある二階建ての建物。右の尖塔から、煙が出ています。
火事かと思い焦りますが、所員の方は一人も外に出ていらっしゃいません。もしや煙を吸われて倒れてしまったのかと思い、<治癒>の出番かと考えます。
しかしよく建物を観察してみると、煙がでているのは右の尖塔のみ。他の場所へ煙は行っていないようです。
「……とりあえず、行ってみようか」
「はい。誰もお怪我をされていないと良いのですが」
イザヤ様と一緒に、建物の入口へ向かいます。
両開きの立派な扉は、片側が開け放たれていました。その奥を歩く人影が見えましたので、人はいるようです。
また何かが起こるかもしれない。そんな恐怖を抱えながら、建物の中へ入ります。
所内を歩く方々は、目が虚ろで背中を丸めているようです。お疲れでしょうか。
誰かに聞かなければシャミー様の居場所がわからないため、ちょうど良い時機にこちらへ近づいてきた、白衣を着た黒い髪の男性にイザヤ様が話しかけます。
「すみません。シャミーさんに会いたいんですけど、いらっしゃいますか」
「所長に……ええと、今日は来客の予定はあったかな……」
黒い髪の男性はパラパラと、持っていた本をめくります。この方がシャミー様の予定を管理されているのでしょうか。
予定を確認している途中で立ちくらみをしたのか、ふらりと倒れていきます。
「危ない!」
「失礼します!」
イザヤ様が支え、わたしは青い指輪を触りながら男性の首元へ左手を持っていきます。
そして即座に<治癒>をかけました。<攻撃力301>のおかげで一度だけで男性は回復したようです。
それどころか、回復しすぎてしまったようにも見えました。目の下の隈がなくなり健康的な顔色になった男性は、白衣の袖を破くような筋肉を見せます。
「所長を連れてきますので、ここでお待ちください!」
そう言って、残像が見えるほど素早く建物の奥へ走っていきました。
そしてまるで猫を扱うように、切りそろえられた緑の髪をした男性の首根っこを持って戻ってきます。
「ボクに用事だってー?」
連れてこられた方が、シャミー様でしょうか。腕の筋肉がすごい男性に連れてこられたシャミー様は、だるーんと体の力を抜いています。
床に下ろされると、まるで骨がないようにでろーんと床に転がりました。
「エミリア。下がって」
人ではあり得ない様子に驚いていると、イザヤ様がわたしの前に出られました。
男性が白衣の中から取りだした、赤紫色の液体が入っている瓶をシャミー様の口に突っ込みます。
いかにも怪しい色をしていました。しかしゴクゴクと嚥下する音が聞こえます。見た目ほど味は悪くないのでしょうか。
「あんがと、ミッチー」
シャミー様は、赤紫色の液体を全て飲み干しました。すると、でろーんとなっていた体に、骨が入ったかのように固さが出てきます。
そして、「人間」の状態に戻りました。
「いやー、どもども。お待たせしたね。ボクに用事だって?」
「あ、はい。チェリニさんから」
「義兄さんから!?」
「この手紙を」
イザヤ様が全てを言い終える前、何だったら斜めがけ鞄から手紙を出した瞬間に、シャミー様が手紙を強奪しました。
そしてそのまま、中身を確かめないで手紙に吸いつきます。
「はあ……この匂い。義兄さんで間違いない。手紙の端々からサッチェロの姿焼きの香りがする。なるほどね。この手紙を書く前、義兄さんはサッチェロを食べたんだ。よし、今日の晩ご飯は決まった!」
「所長。所長。現実に戻ってきてください。お客様が引いてます。所長。おいこら義兄馬鹿! さっさと正気に戻りやがれください!!」
筋肉隆々の男性が、シャミー様を殴り飛ばしました。
半分開いていた扉から外へ飛んでいったシャミー様は、手紙の中身を確認しながら戻ってきます。
怪我をしていないのはすごいと思っていると、シャミー様の目が二属性を示していました。右は黒、左は青い瞳です。ご自身で<治癒>をされたのでしょう。
わたしとイザヤ様を見て、上から下へ目線を動かしました。中程で視線が止まります。
「あっ!!」
イザヤ様と手を繋いだままでした。
慌てて手を離しましたが、シャミー様は優しく見守るようなお顔をされます。
「ああ、ボクのことは気にしなくて良いよ。イッチーとエミーちゃんは存分に仲良くしてもらって。その方が義兄さんも喜ぶから」
「……………………ひとまず、話ができるところへ案内してもらえますか」
「りょーかい! ボクは義兄さんからの手紙を保存してくるから、ミッチー。二人を応接室に連れて行ってあげて」
「チェリニさんから何か届くと、所長は一日動かなくなるでしょう。所長の部屋にお二人をお連れします」
「あ、そう? それならそうしてもらおうかな。二人に見せてあげるよ。ボクの収集品の数々を!」
足を弾ませて先に進んでいたシャミー様は、少し進んだ先で俯せになって倒れていました。先程<治癒>をかけたのかと思いましたが、思いの外衝撃が大きかったのでしょうか。
筋肉隆々の男性は何事もなかったかのようにシャミー様を肩に担ぎ、後に続いてほしいと仰います。
ご自分の足で歩けないような状態になってもギルド長様からのお手紙から手を離さない様子を見て、シャミー様の義兄弟愛を感じました。
所長室に案内されたわたし達は、言葉を失います。
所長室は、ギルド長様の肖像画やら彫像やらが所狭しと置かれていたのです。
筋肉隆々の男性――ミフォウェジャ様と言うようですが、シャミー様と同じ呼び方で構わないと言ってくださいました――に、部屋の一角へ放り込まれたシャミー様。
恐る恐るその空間を覗いてしまいました。
「…………エミリア。向こうの長椅子で待とう」
「そ、そうですね……」
衝立の奥には大きな長椅子があり、そこには等身大と思われるギルド長様型の人形がありました。
「所長は五分ほどで復活すると思うので、それまでお待ちを」
「は、はい……」
ミッチー様は左奥の扉へ入っていきました。そして何かガラスのようなものが割れる音がした後、お盆にティーセットを乗せて戻ってきます。そしてわたしとイザヤ様の前にお茶を置いてくださいました。
直前に聞こえた音が不穏でしたが、ミッチー様が入れてくださったお茶はとても美味しかったです。
実験室で使うようなガラスの器でしたが。
そして五分後。
ミッチー様の宣言通り、シャミー様が復活して戻ってきました。その腕の中には、等身大のギルド長様型の人形があります。
長椅子に座るなり、シャミー様は語りました。ギルド長様との馴れ初めを。
シャミー様のお姉様――ギルド長様の奥様との結婚前、ギルド長様と決闘をしたのだと話される頃。ミッチー様特製の赤黒い液体を飲まされ、また倒れてしまいました。
そして復活を待つ間、ここへ来るまでに聞いた警報の理由を教えていただきます。何でも、外から見たときの右の尖塔はシャミー様専用の実験室だそうで、そこで何かの実験をしていたようです。
爆発したらしく、ガラスが散乱しているため案内はできないと申し訳なさそうに言われてしまいました。




