043 フスラン帝国へ
野営地にしていた場所から一時間ほど歩き、ネレピス山脈の麓にある関所に着きました。
そこで冒険者証を見せたり、身分証がない人は通行料を支払うようです。
崖とネレピス山脈の麓の間に立つ関所は、石造りで堅牢に見えました。ところどころ石の素材が違うように見えるのは、経年劣化の修繕をしたからでしょうか。
関所の前には、いくつかの焚き火があります。
アーチ状の門の前には、関所を通ろうとしている人々が多くいました。中には、馬車乗り場の前で順番を待っている人もいるようです。
イザヤ様と一緒に手続きの順番を待っていると、関所の見張り台にいた方が、鐘を鳴らしました。
「魔の森より、サフンギ数十体確認!」
鐘が鳴ると同時に、関所に詰める兵士の方々が戦闘態勢に入ります。
サフンギは確か、茸型の魔獣でしたね。
門兵を務める方は元冒険者。怯んでいない様子からも、ここはあの方々に任せて問題ないでしょう。
「……イザヤ様。魔の森、と聞こえたのですが、聞き間違いでしょうか」
「いいや? なぜそう言われるのかは知らないけど、ここの関所を通る時はいつもサフンギが襲ってくるね」
関所がある場所は、厳密に言えばウォルフォード辺境領ではなく国領だと学びました。
しかし魔の森と呼ばれる地域は、ウォルフォード辺境領のはずです。それなのに、そんな呼称があるだなんて初めて知りました。
「イザヤ様。なぜ、魔の森なのでしょうか」
「依頼されたことがないから調べたことはないけど、噂によると、魔の森に迷い込むと時間経過を忘れちゃうんだって。魔の森以外の森ではサタルパが出るけど、魔の森はサフンギが大量に出るんだって」
「そして、森の外に出てしまうと」
「そう。でも大抵のサフンギは魔の森の中から出ようとはしないみたい」
「……出てきてしまうのは、それだけ魔の森にサフンギがあふれているのでしょうか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
魔の森は確実にウォルフォード領内にありますが、調査を許されないそうです。
定期的に行方不明者、もしくは幻覚を見る方が出るようですが、それをウォルフォード側が認めない。認めてしまえば対策をしなければいけなくなってしまいます。
それはつまり、冒険者に頼るということ。
冒険者を下賤の人間と見下すウォルフォードですから、魔の森はこのまま謎のままということになるでしょう。
イザヤ様と話しながら考えていたら、ふわりと芳醇な香りが漂ってきました。
関所に詰める兵士の方々の活躍により、サフンギは全て討伐されています。一体につきいくつかの茸を落とすようで、その茸を串に刺して焚き火の前で焼いているようです。
「関所の名物。茸の塩焼きだね。じゅわっとして美味しかったよ。食べてみる?」
「いえ……人気があるようなので遠慮しておきます」
焚き火の周囲には、関所を越える前に腹ごしらえをしようとする方々であふれています。その方々に譲りましょう。
サフンギの襲撃が終わり、茸の塩焼きも配り終えたようです。
関所での身分証の確認、及び通行料の精算が再開されました。
ゆっくりと人の波が進んでいきます。
わたしが冒険者証を見せると、門兵の方は何かを提案するように親指を馬車の方へ向けました。しかし、イザヤ様が見せると眉を下げて困ったような表情になります。
「お嬢さんだけなら、冒険者達が乗る馬車を紹介しようと思ったんだが……」
「わかっています。気にしないでください」
「ゴールド級の冒険者がいれば問題ないと思うけどよ、しっかりとお嬢さんを守ってやるんだぞ」
「はい。そのつもりです」
冒険者証を確認してもらったわたし達は、門兵の方に見送られて関所をくぐります。
関所を歩いて進むのは、どうやらわたし達だけのようです。
「関所から一番近いフスラン帝国の街まで、馬車でも十三時間かかるんだ。だから、大抵は馬車に乗る」
「なるほど。ですが、冒険者ということは強さに敏感。ゴールド級のイザヤ様とはステータス値が違いすぎて、他の方々が萎縮してしまうということですね」
「ん、というか、おれは空気を変えられるから良いんだけど、エミリアがね。まだその特訓をしてないから」
「あ、わたしですか!」
わたしの等級は、ブロンズ級の見習いです。見た目はブロンズ級と同じですが、攻撃力は三桁。ゴールド級に匹敵します。
イザヤ様のように、まだ纏う空気を調整できません。ゴールド級のイザヤ様が馬車に乗れないのです。冒険者証は初心者を示すわたしが乗ってしまうと、攻撃力の差を感知されてしまいます。
ラゴサで絡まれたことを思い出しました。粗相をしてしまう方々で、馬車の中が地獄絵図になっていたことでしょう。
「イザヤ様。今度お時間があるときに、纏う空気の調整の仕方を教えてくださいませ」
「了解。空気の調整ができないと困ることもあるかもしれないからね。攻撃力が五百以下だと逆に調整が難しくなるけど、攻撃力も上げる予定ある?」
「はい。イザヤ様状態に近づくため、他のステータスも上げる予定です」
「ふふっ。何、その状態。初めて聞いたよ」
「ステータス値がほぼ四桁のイザヤ様が行う偉業の数々です」
「なるほどね。それはそのうち、エミリア状態になるね」
「わたしは体力値を地道に上げねばいけません。そうなるまでには、まだ時間がかかると思います」
そんな風にイザヤ様と話しながら、フスラン帝国の街ルトゥルーを目指します。




