042 関所越えの前の、揺れ始める気持ち
野営地にて一晩過ごし、体を起こします。
本日も、イザヤ様の起床は早かったようです。外から訓練しているお声が聞こえました。
天幕から出て、そのお姿を見守ります。
真剣な眼差しで剣を振るうお姿からは、目をそらすことができません。
まるで完成された美術品のように、一つ一つの動きが洗練されているような気がします。
イザヤ様のステータスは高いので、まだまだ継続して訓練はできると思います。それはつまり、イザヤ様のお姿をずっと拝見できるということ。
……わたしがあそこまでの美技を繰り出せるのは、どれくらいの時間が必要でしょうか。
体力値が高ければ、持久力や筋力が高いということ。惚れ惚れするような美技は、その数値が生み出しています。
訓練を終えたイザヤ様と目が合ってしまいました。するとイザヤ様は、恥ずかしそうなお顔をされます。なんという、ご尊顔。
ステータス値が高いということは、様々な能力があるということです。そして、そんなイザヤ様のお顔は目を引くものだと思います。
わたしがいなければ、きっと数多の女性がイザヤ様を追いかけるのでしょう。
……また、です。
胸が、チクリと痛みました。
以前も一度ありましたね。十年前のことをイザヤ様から聞いたときです。あのときは、内臓を強化しなければいけないと思いました。
内臓の強化方法がわかっていない今、この痛みを放置することは良くないですね。
何か対策を打たなければ。
真剣に考えていると、訓練から戻られたイザヤ様がパパッと天幕を片づけてしまいました。
悩む前に片づけてしまえば良かったです。わたしが寝ていたから、そのままにして下さっていたのに。
「何か悩んでいるみたいだったけど、どうしたの」
「イザヤ様は様々な方法を用いて強くなられたのですよね?」
「ん、まあ、そうだね」
「で、あるならば、内臓を強化する方法もご存じでしょうか」
「内臓を!? え、いや……ごめん。エミリアの期待には何でも応えたいと思うけど、内臓を強化するのは考えたこともないよ」
「そうですか……」
「たぶんだけど、防御力値が高ければ体も頑丈になるし、内臓もそうなんじゃない?」
「ふむ……。<防御力205,219>のわたしでも痛むので、もっと上げなければいけないようですね」
「え゛。エミリア、体調悪いの!?」
心配して下さるイザヤ様に、胸が痛んだことは二回目なのだと伝えます。一回だけなら気にしなくても良いと思いますが、二回は別でしょう。
何かしらの疾患があり、体が知らせてくれているのです。
「エミリアの防御力値でも痛むなんて……しっかりと対策をしよう。どういう時に痛んだのか、教えてくれる?」
「かしこまりました。まず、一度目ですが……」
イザヤ様は真剣な眼差しでわたしの話を聞いてくださいます。
しかし、一度目のときの状況を伝えると首を傾げ、先程の痛みのことを伝えると口元を手で押さえながら俯かれてしまいました。心なしか、小刻みに震えているような気がします。
豊富な知識を持つイザヤ様でも匙を投げるような病気なのでしょうか。
自分の将来が危ういと思い不安になっていると、イザヤ様が深呼吸をしたように見えました。
そしてお顔を見せてくださいますが、少し、赤いような気がしなくもないです。
「イザヤ様……?」
「ごめん。エミリアは不安だったよね。でも、心配しなくても大丈夫。エミリアの症状は、一般的によく知られているものだから。ただ、こればかりは防御力が高くてもあまり対策にはならないかな。精神的なものだから」
「なるほど……。胸が痛むのは一般的。ですがそれは、精神的なもの………。それだけ周知されている症状ならば、痛みを消す方法もあるのですよね」
イザヤ様を見ると、ふわっと優しい微笑みを向けられました。
今度は、胸がざわつきます。
「一般的な方法は知っているよ。でも、それはエミリア以外の誰かが指摘するものでもないと思ってる」
「?? 知られている方法なのに、誰かが指摘もしない? それでは、どうやって胸の痛みを消すのでしょうか」
「エミリアに質問。今、胸は痛い?」
「そういえば……今は、痛くありませんね」
「それなら大丈夫。まあ、悪化してしまうと確かに不治の病と言われるけど……」
「不治の病!?」
「心配しないで。おれがエミリアの傍にいれば、問題ないから」
「それは……そうしていただけるとありがたいですが」
イザヤ様は、胸が痛くなる疾患の名前を知っているようです。
不治の病のはずなのに、イザヤ様が何だか嬉しそうなところに答えがあるのでしょうか。
「……イザヤ様は意地悪ですね。答えを知っているのに、教えてくださらない」
「やっぱりね、自覚って大事だと思うんだ。誰かに指摘されて自覚するのと、自分で気づくのとじゃ、たぶん違うと思うから。何かあった時に、自分で気づいていた方がその気持ちに自信が持てると思うんだ」
「なる、ほど……? 奥が深いのですね」
「気づけたら、単純だけどね」
答えを教えてはもらえませんでしたが、イザヤ様が仰るのです。きっと、その答えはわたしの中にあるのでしょう。
自分を深く掘り下げることで、病を克服する。そしてそれは、自分の力にもなるのだと思います。
師匠のイザヤ様は、それを弟子のわたしに促しているのでしょう。
イザヤ様に課せられた宿題は、すぐに解けるかどうかわかりません。
イザヤ様は嬉しさを抑えきれないというようなお顔をされます。もしかしたら、そのお顔も答えを求める手がかりがあるのかもしれません。
イザヤ様が喜び、わたしが関わること……。
考えてみましたが、冒険者歴の長いイザヤ様とわたしとでは、経験した出来事が違います。
イザヤ様はこの病の名前をご存じのようですから、イザヤ様が経験されたことを追体験すれば良いのでしょうか。
イザヤ様と同じ考えを持つためにまず必要なこと。それは、ステータス値を限りなく近づけることでしょうか。
ステータス値が近ければ行動も似せられますし、答えがわかるかもしれません。
すでに<防御力>と<敏捷性>と〈技能〉はイザヤ様を越えてしまっていますが、他の数値を合わせるように致しましょう。
……体力値が重要になってしまうと、先の長い戦いになってしまいますが。




