040 火属性付与の実験中……。
かなり長くなってしまいました。
ギルド長様から紹介状という名の手紙を預かりました。この手紙は、フスラン帝国で道具技師として働く義理の弟様へ持っていくようです。
ラゴサからウォルフォード領に行ってから一泊。宿なり野営なり一晩過ごした場所から移動し、三日かけてウォルフォード領内を横断する行程となります。道中での応用が利くため、徒歩での移動です。
横断後、ネレピス山脈の麓にある関所を通り、フスラン帝国へ向かいます。
そんな行程の中の、ウォルフォード領内を横断する初日。
どこからか視線を感じました。
「イザヤ様。誰かに見られているようです」
「やっぱり? おれの勘違いじゃなかったんだ」
「どうしましょう。何か起こる前に対処しておきましょか」
「んー……その視線の人物が何をしたいのかわからないから、まだ動くには早いかな」
「かしこまりました。こういう場合は、気づいていないという風に装った方が良いのでしょうか」
「そうだね。それが無難かも」
常に視線を送る人物への注意はしつつ、そのままウォルフォード領内を横断します。
その道中、どうせだから体力値を上げるための訓練をしようということになりました。
「それじゃあ、エミリア。訓練開始だ」
「かしこまりました!」
<敏捷性396>の動きで、わたしは駆け出しました。隣に並ぶイザヤ様も、当然のようについてこられます。
走り、<治癒>し、走り、と、本日の訓練では<治癒>を二回使用しました。防御力が二十万を超えても、わたしは〈体力、51〉。体力値だけを考えると、急激な変化はありません。
疲労は体内部のケガのようなもの。それに「疲れた」という精神的なものもあります。体力が上がるまでは、わたしにも〈治癒〉は有効なようです。
よって、ルーガの技能牧場で<敏捷性Ⅱ>を上げます。
<512%>、<1024%>の数値上昇となり、<敏捷性27,234>。
なんと、脅威の二万越えになってしまいました。
その数値を、イザヤ様に報告します。
「……イザヤ様。申し訳ありません。今後、ご一緒に体力値を上げる訓練ができなくなってしまいました」
「そうだねえ。二万越えは、さすがのおれでも追いつけないかな」
「<敏捷性>が高く、<体力>がないなんて……わたしの<体力>は、レベル上げで地道に高めていくしかないようです」
「厳密に言えば、エミリアだけで訓練できなくもないけどね。それだと、何かあったときに対応が遅れちゃう。だから、ごめん。地道に上げよう」
「かしこまりました」
<敏捷性>が二万を越えてしまっているため、今後はわたしが動くときに注意しなければいけません。
下手に動いて、イザヤ様にご心配をおかけするわけにはいきませんから。
もしくは、錘を装着した方がいいかもしれません。そうです、そうしましょう。
リュックを買っていますし、その中に重たい石を入れれば動きを制限できるのではないでしょうか。わたしのリュックは魔法鞄ではなく、普通のリュックなのでそれは可能なはず。
<体力>が低いわたしは、これで調整ができると思います。
今夜の野営地まで向かう途中、わたしは手頃な石を捜しながら歩きます。
イザヤ様に聞かれたので答えると、わたしの考えに納得してくださいました。岩を見つけ、イザヤ様に砕いてもらいながら進みます。
森の中の開けた場所に着き、ここを今夜の野営地とします。
天幕を張り、焚き火の準備をして、ファラのスキルを試してみることになりました。
わたしは腰に下げていたナイフを取り、赤い指輪を二度触ります。
「ファラ。<スキル:付与>をお願いします」
わたしの言葉を受けたファラは、ナイフの周囲をくるりと飛びます。
すると、ただのナイフが火を纏いました。
「おお! すごい! 本当に火を纏ったね」
「この火は、どれくらい熱があるのでしょうか。ナイフを変形させないのでしょうか」
疑問を口にすると、ファラから問題ないという意思が届きました。
そのため、次の実験に移行します。
落ちていた枝を拾い、火を纏ったナイフで擦りました。ボボッと、擦った部分に着火を確認。その枝を焚き火用に組んである小枝の方へ投げます。
ボッと火が着き、これで火起こしができるとわかりました。
「イザヤ様。次の実験をしたいと思いますので、水筒と水を入れる器を貸していただけますか」
「了解」
イザヤ様から木製の深い鉢と水筒をお借りします。
鉢の中に水を入れ、そこへ火が着いたままのナイフを入れました。
入れてすぐはまだ火が着いたままでしたが、さすがに水の中では消えてしまうようです。
しかし、ナイフを取るため水面へ手を近づけると、ほんのりと温かい蒸気が出ているような気がしました。
手を入れてみます。
「! イザヤ様!」
「エミリア!?」
感動を分かち合いたくて、イザヤ様の手を引いて木製の鉢へ誘います。
焦ったようなお声を出されたイザヤ様も、鉢の中の水が湯へ変化したことをわかってくださいました。
「すごい! 熱くもなく、温くもなく、適温だ。お湯を作れるようになるなんて、本当にすごいよ!」
「惜しむらくは、このスキルをもっと早くに知っていれば、ということでしょうか。そうすれば、イザヤ様が高熱を出すこともなかったと思います」
「あ、あの時のことは忘れて! というか、確認してなかったけど、おれ、あの時変なことを言ったりおかしな動きをしたりしていなかった!?」
「はい。特に、は……」
「えっ!? ちょっと待って!? エミリアのその反応……もしかして、何かやっちゃった!?」
「い、いえ……イザヤ様は何も」
「え、ということはエミリアが!?」と焦るようなイザヤ様の、唇を見てしまいます。
あのときのイザヤ様は高熱で、意識なんてなかったと思います。
そんな中、わたしは無我夢中で<治癒>を行いました。
……なぜ、そのことを忘れていられたのでしょうか!!
<治癒>の力をイザヤ様の体内へ送るため、左の人差し指をイザヤ様の唇の上へ持っていきました。
そのときの、熱く柔らかい感触。
あの後すぐに急激な頭痛で意識を失ったために、忘れていました。
忘れていたのは、一種の防衛反応なのではないでしょうか。イザヤ様の唇が柔らかいなんてこと、記憶したままではイザヤ様のお顔を直視できなくなります。
「……エミリア。おれの心理的安寧のために教えてほしい。あの時、何があったのか」
「な、何もありません!!」
わたしの顔を窺うイザヤ様の唇に目が行ってしまい、赤く染まるはしたない顔を見られないように、慌ててその場から距離を置きました。
<俊敏性27,234>のわたしが動くのです。リュックは背負ったままでしたが、瞬時にイザヤ様と物理的距離が取れます。
イザヤ様が、慌ててわたしの方へ走ってくる様子がわかりました。
……はて。移動したときに、何かにぶつかったような?
真後ろを確認してみても、木はありません。<幸運326>が働いたのでしょうか。瞬間移動に近い動きをして、木に当たらなかったのは幸いです。
背後を確認していると、イザヤ様が迎えに来てくださいました。
不意にイザヤ様の唇を見てしまうことはありますが、深呼吸を繰り返して落ち着けば、今まで通りに歩けます。
なるほど。<敏捷性>二万越えでも、気を確かに持てば、日常生活でも支障は出なそうです。
わたしはイザヤ様と一緒に野営地へ戻ります。
そしてファラのスキルを一度使いましたので、ファラが指定した通り、<器用Ⅰ>の右から六番目を開拓。<+7>と表示されます。
よって、<器用706>となりました。
▲
ヨークボは、自他共に認める女好きだった。三十歳を越えてもその癖は治らず、加速。
ヨークボ伯爵家の三男で継ぐ必要はないものの、騎士になって功績を挙げることもしたくない。
ヨークボはただ欲望のまま、女遊びをしたかった。
そんなヨークボへ舞い込んだ、ウォルフォード家からの打診。
女遊びを止める必要がなく、双子の出涸らしの方と結婚すれば金の融通も利く。
そんな破格の条件を、飲まないはずがなかった。
そうしてウォルフォード辺境伯の豪華な家に到着。歓待され、上機嫌になっていた。
そう。
あの日も、与えられた部屋で渡された上質な酒に酔っていた。
「……今後、ウォルフォードの名を語ることを禁じます。どこかでその名を出したと判明したら、その命はないと思いなさい」
泥酔している頭に響く、ウォルフォード辺境伯夫人の声。
ヨークボはまだ事態を把握できていなかったが、ララゴとラゴサの街から着いてきた二人の危機管理能力は高かったようだ。
ヨークボがぼんやりとしている間に、ウォルフォード辺境伯の家を出ていった。
それから。
ヨークボは当然のようにウォルフォード辺境伯邸から追い出された。
(っくそ。こんなの、ありえねーだろ)
肉欲的な相手との遊び。適度な資金。
ヨークボの欲望を叶える二つが、一気になくなってしまった。
(あのまな板。許さねえ)
ウォルフォード辺境伯から渡されたのは、銀貨三枚の手切れ金。銀貨三枚なんて、何もできやしない。
ウォルフォード辺境伯邸を追い出されたヨークボは、怒りのまま手切れ金と同じ額の酒を購入した。
酒を飲みながら徘徊し、記憶は何度も飛んだ。
その内、森の中の建物を発見した。鐘があることから、かつて教会として使われていたのかもしれない。それを、住居用にしたと思われる。
こりゃあ良いと侵入しようとすると、玄関がある空間にしか行けなかった。観察しようと外に出ると何度か、青黒い茸に襲われたような気がする。
建物の中では、右腕が痛んだ。その代わり、なぜか青黒い茸に襲われない。しかし右腕の痛みは耐え難く、命の危険すら感じた。だから建物を出たのに、長く滞在したからか腕の痛みはそこを離れても続いている。
そんな中、ヨークボから欲望の種を奪ったエミリアを森で発見した。
男と一緒にいる。
森を彷徨い建物にいた時間が一ヶ月以上だと気づいていないヨークボにとって、ウォルフォード辺境伯邸から追い出されたのは数日前という感覚だ。
エミリアはとんだ売女だな、と近づこうとした時。
ヨークボは突然背中を強打し、木の枝に引っ掛かった。目の前にいたはずのエミリアの姿を、確認できない。
混乱する頭の中、一つだけわかることがある。
エミリア、危険。怪力女。
正確に言えば怪力ではなく二万越えの<敏捷性>による衝突なのだが、ヨークボにはわからない。
危険な人物とは近づかない方が良い。
その考えだけ、頭に残った。
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明日は金曜日です。
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現在のステータス
<攻撃力、301>
<防御力、205,219>
<敏捷性、27,234>
<幸運、326>
<技能、368>
<器用、706>
<体力、51>
<スキルⅠ、102>
<スキルⅡ、78>
<スキルⅢ、78>




