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004 決定された、婚約者


 わたしは今、ウォルフォード領へ戻るための馬車にいます。

 両親と、わたしの婚約者だとされる殿方と。


 なぜ、こんなことに……。


 エレノラはすぐに妃教育が始まるようで、あの婚約発表の場をもって王宮預かりとなるようです。

 ウォルフォード領まで戻るためには、馬車で三日かかります。

 空気として扱われる行きの馬車は、気が楽でした。わたしは何も話さなければ良かったので。


 ですが、エレノラが下りたその場所に、一人の殿方が乗っています。

 会場で一度ぶつかっただけの、肩が凝りそうなお胸を主張されている女性を連れていた、あの殿方です。

 いえ、確かにあの会場で接触のあった殿方はこの方だけでした。

 ですけども、同伴されている女性がいたのになぜこの方はここに。


 ちらりと目線を向ければ、殿方はわたしの胸元を見て残念そうに目をそらします。

 えぇ、わかっていますよ。わたしの胸元が寂しいということは。

 まぁ、会場で連れていた女性もお胸が全開でしたし、エレノラの双子の妹ですから、期待されたのかもしれません。

 エレノラのお胸周りのことは、我が家では暗黙となっていますからね。王太子殿下の婚約者発表時に見たエレノラのことしか知らないのも、無理はありません。


 ウォルフォード領まで戻るためには、馬車で三日かかります。

 えぇ、そうです。これから道中にあるララゴの街の宿に泊まって一夜を明かします。

 わたしのような貧相な体つきの女性には、恐らく興味はないかと思うのですが。

 まとわりつくような、粘っこい視線を感じるのです。

 目線を向けるとそらされる、というのは、殿方もこちらを見ているということで。


 ひっ……。


 わたしは思わず叫んでしまいそうになりました。

 もう一度目線を向けてみると、殿方はわたしの腹部を見ていたのです。正確に言うと、もう少し下の方を。

 殿方、と称しているのは、この方のお名前すら存じ上げないわけでして。

 そんな相手からの、あからさまな視線。

 悲鳴を口に出さなかったわたしを、褒めてあげたいくらいです。


 今日泊まる宿につき、馬車から降りました。両親と、わたしと、婚約者とされる殿方と一緒に宿へ入ります。


「では、ヨークボ殿。まだ婚姻前なので、娘とは別室を取らせていただきました。明日朝、従者を向かわせますので、それまでゆっくりとお休み下さい」

「お心遣い、感謝します」


 え、欲望様? そんな口にするのも憚られるような名前の方、貴族にいたでしょうか。

 うーん、うーんと考え、覚えた貴族名を思い出しました。


「ヨークボ様!」

「何でしょうか、姫君」

「ひっ」


 思わず口に出してしまったからでしょう。ヨークボ様がわたしの手を取って唇を落としたとき、悲鳴を上げてしまいました。

 手をサッと引っこめ、守るように胸の前で組みます。


「辺境伯様から、エミリア様とお名前を伺いました。これから、そう呼んでも?」

「わ、わたしは部屋で休ませてもらいます!!」


 敵前逃亡とは、わたしもまだまだ修業が足りないようです。

 十年前から、一人で生きられるような力をつけるべく努力してきたというのに。

 いえ、でも、ヨークボ様から逃げるのは致し方ないと思うのです。

 わたしの手を取りながら、目は常に下の方を向いているのです。腹部の、少し下を。

 それに、いつの間にボタンを外したのか、胸元がはだけておりました。

 もはや臨戦態勢。少しの猶予も待ったなし、といったところでしょうか。


 わたしは淑女らしくその場を辞し、ヨークボ様の視界から外れた瞬間。淑女らしからぬ速度で階段を駆け上がりました。

 えぇ、本当に良かったです。このとき誰にも遭遇しなくて。

 もし目撃されてしまっていたら、ウォルフォード家の誇りを傷つけてしまいますから。


 わたしは走りながら鍵で部屋の番号を確認し、その部屋まで直進します。

 そして到着するや否や、素早く鍵を開けて内鍵を閉めました。

 これで、一晩は安心して眠れるはずです。


「ふぅーーーーーーーー」


 思わず吐く息も長くなってしまいます。

 ここは貴族も泊まるようなお宿です。小さいながらも、各部屋に浴槽があると受付時に言っていました。

 考え事をしているときにも周囲の情報を掴む。一人で暮らすためには、必要な能力です。

 早速湯に浸かり疲れを癒やそうと、思ったのですが。


「エミリア。いるんだろう? 開けてくれないか」


 許した覚えもないのに突然名前を呼ぶなんて、ヨークボ様は何様なのでしょう。

 あぁ、いえ、言葉が悪いですね。

 それに、わたしの許可なんてなくても貴族の令嬢は親が決めた相手と結婚するもの。婚約者だから、名を呼んでいるのでしょうね。


「エミリア!!」


 ドンッと、扉を叩く大きな音がしました。一人で生きられる力をつける努力をしてきましたが、所詮は男と女。

 純粋な力では負けてしまいます。

 ここは公共の場なので、扉を壊してまで入ってはこないとは思います。ですが、将来はわかりません。

 すでに、暴力性の一端が見えています。


「エミリア! 出てくるんだ! 俺はお前の婿だぞ!!」


 なるほど。わたしが嫁ぐのではなく、ヨークボ様がわたしの婿になるのですね。

 ウォルフォード家は長兄のセインお兄様が継ぐと決まっているのに、なぜ。

 そんなことが頭をよぎりましたが、恐らくお母様の決定でしょう。お父様は入り婿で、家での決裁権はありません。

 わたしが婿を取ったら、本邸ではないどこかで暮らせということなのだと思います。


「エミリア!!」


 現実逃避をしている場合ではありませんでした。

 このままではいつ突破されても不思議はない状態です。


 わたしは移動できる机や椅子で小さな防壁を作り、状況を打開できる方法を捜します。

 とは言っても、出口は塞いだばかり。それを外して強行突破なんて、できるならもうやっています。

 では、どうするか。


 クローゼットの中に入る? そんなの、自殺行為です。

 浴室の中に隠れる? それも無理。


 現実的なのは、バルコニーで過ごすことでしょうか。ここは二階なので、最悪飛び降りれば貞操を守れます。


 バルコニーへ出てみました。日中はまだ熱いですが、夜風は九月らしい涼しさがあります。

 下を確認すると、運悪く尖った鉄柵が伸びていました。あんな所に落ちたら確実に死にますね。


「エミリア」


 いえ、いっそのこと命を散らした方がわたしの矜持は守れるかもしれません。


「エミリア」


 何でしょう。先程から優しく名前を呼ばれているような。


「エミリア。こっち」

「ど、どうして、ここに英雄様が?」

「その話は後。ちょっと怖いかもしれないけど、こっちに飛び移れる?」


 パーティー会場でただ一人勇者様一行として出席していた、英雄様が両手を広げて待ってくれています。

 英雄様ですし、少なくともヨークボ様よりかは信用できますよね?


 開けられたままの窓の奥から、廊下でヨークボ様が誰かと話している声がします。途切れ途切れに聞こえる様子から、宿の方のようです。

 婚約者の様子がおかしいから、鍵を開けてくれと頼まれたのでしょうか。

 小さいとはいえ、防壁を築いています。少しぐらいの時間を稼げるとは思いますが、それもどれくらい保つか。


「エミリア。早く」

「英雄様、どうか受け止めてくださいまし」


 バルコニーの手すりに上がり、下を見ないようにして飛びます。それと同時に、扉の鍵が開けられた音がしました。




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