036 空白の二日、一日目。 ―クエスト編―
店の奥で買ったばかりの服に着替えさせてもらい、イザヤ様に先程まで着ていた服を預けます。
そしてローブも着て、クエストを確認するため冒険者ギルドへ戻りました。
入って右側にあるクエストボードには、等級別に受けられるクエストを分けて貼り出しているようです。
わたしはブロンズ級の見習い。受けられるクエストは本来、薬草採取だけ。しかし特例としてパーティーメンバーの等級が高ければ、一つ上まで受けられるようです。
従って、わたしはブロンズ級までのクエストを受けられます。
「これと、これかな」
イザヤ様がブロンズ級に貼られているクエストを指差します。
それはどちらも、養獣場でのクエストのようです。そこで一角兎とサンギャレの討伐をするというもの。養獣場とは、なんと魔獣を育てている場所らしいのです。そんな場所があるとは、驚きました。
さっそくクエストを受注し出発しようとすると、一月近く前にイザヤ様に挑んできた冒険者の方が立ち塞がります。
イザヤ様もローブで顔を隠していますが、先程声を出されました。その声を覚えていたのでしょうか。
「おうおう。お前のせいで俺はシルバー級に格下げになっちまったじゃねえか。その落とし前は、お前の女、で……」
体格の良い冒険者の方は、わたしを見て固まります。
イザヤ様は、この男性を牽制するような動きすらしていません。何かあったのでしょうか。
「エミリア。気にしなくて良いから、クエストに行こう」
「は、はい……」
あまりにも自然に、絡んできた男性を無視して外へ向かいます。それで良いのかと振り返ると、その男性は腰を抜かして尻餅をついていました。そして、少し粗相をしてしまったようです。
突然そんな状態になったので、何かの病気を疑います。心配になって<治癒>を使った方が良いかと、ギルドの外に出てからイザヤ様に確認しました。
「あの人も馬鹿じゃなかったみたいだ。大丈夫。エミリアが気にすることないよ」
「え、ですが……」
「冒険者である以上、強さには敏感なんだ。あの人はゴールド級からシルバー級に格下げになった。ゴールド級だから攻撃力は三桁を越えていると思うけど、エミリアより下なんだと思うよ」
「わたしは今、<攻撃力299>ですが……」
「それなら、あの人はもっと下だね。50の差があるとまず勝ち目はないから」
「前に、イザヤ様に絡んできたのは……」
イザヤ様は意味深長な笑みを浮かべます。
ステータスの数値がほとんど四桁に近いイザヤ様です。イザヤ様状態であれば、身に纏う空気も操作できるのかもしれません。
改めて、わたしはとても心強い方と一緒に行動できて良かったと思いました。
養獣場は、ラゴサから出てから東南方向へ三十分ほど歩くとあるようです。
そこはとても大きな施設のようで、少し歩いただけで外壁が見えてきました。近づくほどその外壁は高く聳え立ち、視界の中の空が狭くなっていきます。
この施設は、魚型のサペ以外の動物系魔獣を育てているようです。そのため、三つの養獣場があります。サコニリ、サンギャレの他には、鶏型の魔獣サッチェロがいるようです。
養獣場の係の方がクエストの受付をするようで、冒険者証の確認を求められました。わたしもイザヤ様も袖を捲り、中へ入ります。
養獣場はとても広く、三区画それぞれが牧場のような形になっていました。サコニリとサンギャレはそれぞれぶ厚い壁で囲まれ、中を覗けるようになっています。
まるで見世物のようにぶ厚い壁の上に柵があり、それぞれの魔獣が目線よりも下の養育場にいるようです。
サッチェロは天井まである太い金網の中にいました。その中を走り回っているような元気な足音が聞こえます。
「サッチェロは朝以外に人が近づくと凶暴化する。近づいたら駄目だよ、エミリア」
「かしこまりました。それでは、どちらから討伐しましょう?」
「サコニリもサンギャレも、攻撃法法は同じ突進だ。でも小さい方の、サコニリからの方が良いかな」
そう言うと、イザヤ様は手すりを軽々と越えてサコニリの養育場へ行きました。わたしも追いかけます。
「討伐した後、すぐに係の人に渡すんだ。新鮮な内に捌かないといけないからね」
「なるほど。だからこの場で討伐、を……」
「エミリア!」
一角が頭から生えている兎、サコニリを見て思わず動きを止めてしまいます。その隙を狙って突進してきたサコニリに、イザヤ様が纏う空気を操作して怯えさせました。
イザヤ様はわたしでも気圧されるような空気を纏いながら、声を荒げます。
「エミリア! ここは戦場だよ! 気を抜いたらやられる!」
「もうしわけありません、イザヤ様。その、サコニリの首元を見ていただきたいのですが」
「首?」
青黒いサコニリの首には、ルコの街でルーガがされていたような白い首輪がつけられていました。
養獣場の魔獣は、食料系魔獣に分類されます。そのためテイムはできません。
「……気がつかなかった。というより、気にもしていなかった。養獣場を経営している街は多い。常に貼られているようなクエストで、冒険者としてやりやすいものだったんだけど」
「わたしも、ルーガのことがなければそのまま討伐していたと思います」
「そうか。確かに、よく考えてみたら魔獣を育てているなんておかしな話だ。白い首輪が魔獣を使役するとしたら、魔獣場の魔獣達には動物らしい生活をしろ、ということかな」
「動物だから子孫を残し、数が増えるということですね」
イザヤ様と二人で話していると、後ろからコンコンと音がしました。
振り返ると、窓の奥で係の人がこちらを訝しむように見ています。早く討伐をしろということですね。
食料系魔獣はテイムできません。そのため、イザヤ様と一緒にクエストで求められていた数、二十体を討伐しました。
その後、サンギャレも白い首輪がつけられていましたが、そちらも規定の数を討伐します。攻撃力が高いおかげで、軽く殴るだけで討伐できました。
受注したクエストはこれで完了です。その証として、冒険者証を作ったときに見た魔術道具と似ている道具の上に左腕を置きます。これで、冒険者ギルドに戻って冒険者証を翳せばクエスト達成の報酬を得られるようです。
クエストが終了し、ラゴサへ戻ろうとしました。
先に手すりの外に出たイザヤ様に手を貸していただきながら、わたしも外へ出ます。
「きゃっ」
「どうしたの、エミリア」
「突然、横から風が吹いてきたのです」
「風?」
わたしが風を感じた先は、サッチェロがいる区画です。そのため、その先に空間はあるものの窓はありません。風が吹くとしても、反対方向のはずです。
「少し、生温かいような風でした」
「生温かい……まるで、そこに人が隠れているみたいな」
「えっ、まさか」
全属性持ちの可能性として、わたしはまだ風属性を持てるかどうか試していません。風の魔法で、気配を消すようなものがあるのでしょうか。
目を凝らしてみてみても、そこに誰かがいるのかどうかなんてわかりません。
誰かがいるのか、いないのか。気になってしまったわたしは、手を伸ばしてそちらへ近づきます。
「エミリア! 駄目だ!!」
危機を察知したイザヤ様に手を引かれましたが、遅かったようです。
人の気配に敏感なサッチェロが、猛り狂うように暴れ始めました。
金網にドスドスとサッチェロの嘴が刺さります。青黒い嘴が刺さってはなくなり、と繰り返して敵意をむき出しにされてしまいました。
こうなってしまうと討伐するしかないようで、係の人から責任を取れと言われてしまいます。
「イザヤ様。申し訳ありません。お付き合いください」
「エミリアだけが悪いわけじゃないよ。一緒に討伐しよう」
係の人が、サッチェロがいる鶏舎の入口までわたし達を誘導します。
扉が開いたらすぐに入らなくてはいけないということで、体勢を整えました。
三、二、一、と係の人がカウントし、時機を合わせて鶏舎に突入します。
そこでイザヤ様が纏う空気を操作し、サッチェロを萎縮させました。その好機を逃さず討伐し、事なきを得ます。
わたしの不注意でサッチェロを討伐することになりましたので、この討伐は冒険者証に記録されません。
サコニリとサンギャレの討伐クエストはマイナス評価にはならないようで、それだけは安心しました。
イザヤ様と養獣場を出ます。すると、冒険者証がぶるっと震えたような気がしました。
明日、お昼更新あります。
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