035 空白の二日、一日目 ―買い物編―
ラゴサへ到着し、すぐに冒険者ギルドへ行きました。今回も裏手から回りましたが、ギルド長様は不在だそうです。
明日か明後日には戻る予定だそうで、その間はどうしましょうか、というお話。
<幸運326>のわたしと、幸運値も四桁に近いイザヤ様の二人が望んだからでしょうか。冒険者ギルドの上の格安のお部屋に泊まれることになりました。
わたしの幸運値がまだ足りないのか、一部屋だけでしたが。
「イザヤ様。わたし、今さらながらにお金を持っていないことに気がつきました」
「そういえばそうだね。冒険者になったらクエストをこなしてお金を稼げるけど、なってすぐにルコへ行っていたからね」
「このお部屋の料金もそうですし、服のこともあります。せっかく冒険者になったのでお金を稼ぎたいです」
「冒険者として動くなら、先に体に合った服を整える方が先かな。服に気を取られて、いらない怪我をするかもしれない」
「! お買い物、実践編ですね!」
「買い物の分、おれが全部出すよ」
「いいえ! そんなわけにはいかないです!」
当然断りますが、イザヤ様は提案を取り下げてはくれません。
そして、良いことを思いついたというようなお顔をされます。
「買い物のクエストだと思ってくれれば。報酬は、買ったものってことで」
「それはダメです。イザヤ様の貴重なお時間を浪費するばかりか、買い物の料金をという損もあります」
「エミリアと過ごせれば楽しいから問題ないよ」
「ですが……」
「あ、そうだ。前に白金貨一枚もらったでしょ? あれの残金がまだ残っているから気にしなくて良いよ」
「ルパのスキルを確かめたときのことですね。白金貨一枚で銀貨百枚の価値でした」
最初に買っていただいたローブが銀貨三枚。道中の食事代やその他備品。ウォルフォード辺境領での宿泊と、ルコでの宿泊。そして、格安らしいとはいえ今取っている部屋の料金。
ローブ以外は半値だとしても、残りは銀貨が三十枚ほどでしょうか。
「かしこまりました。では残りの金額を計算しながらのお買い物ということですね」
「ん? 別にそんなことはないよ?」
「金額に制限なしなんて、イザヤ様はわたしに甘すぎます。しかし、それがイザヤ様のお心遣いだとわかっておりますよ。しっかり、銀貨三十枚分の買い物にお付き合いください!」
イザヤ様の手を引き外へ出て、お買い物開始です。
予算は銀貨三十枚。計画的に買い物を進めて参りましょう。
まず、一番必要なものは服ですね。何着か予備がないといざというときに困ります。
臨時でイザヤ様の服をお借りしたとき、イザヤ様がずっと目を合わせてくれず悲しかったです。
これから冬を迎えますし、温かい服装も考えなければいけません。
「イザヤ様。冬の防寒具はどうされていますか」
「おれの場合は、一年中外気温のことは気にしなくても良いかな」
「なぜでしょう?」
「ステータスの数値が高いからね。体力があれば筋力もあるということ。筋肉があれば基礎的な体温が高い。夏でも暑さをそれほど感じないし、冬は自家発熱というか、防御力があれば基本的には体調を崩さないんだ」
「? ですが、イザヤ様はあのとき高熱でした」
「そっ、それは……妄想が止まらなくて水を浴びたから……」
「今、なんと?」
「と、とにかく、そういうことだから、おれは季節で服を考えなくて良いんだ」
「なるほど。ステータス値の良いところですね」
わたしは<体力48>、<防御力136>の新人冒険者。イザヤ様状態になるには、まだまだ研鑽が必要です。
「冬の防寒具は何がありますか」
「そうだね……サンギャレっていう猪型の魔獣を倒すと、毛皮を落とすことがあるんだ。それを加工したものが、男性向けでは一般的かな。女性ものは、ごめん。わからないや」
「なるほど。サンギャレの毛皮は、どれくらいの数があれば外套にできるのでしょうか」
「んー……サンギャレの大きさにもよるけど、よく見かける大きさなら五つぐらいかな」
「サンギャレの討伐は、クエストでありますか」
クエストをこなすついでに材料を得たいという、わたしの考えがイザヤ様に伝わったようです。
それならついでに火属性武器にするための触媒もクエストで手に入れようということになりました。
ですが何よりも先に、外套以外の普段着を購入しなければいけません。
イザヤ様と一緒に、ラゴサの服飾店へ行きます。
場所は冒険者ギルドから離れ、門から続く道に面する通りのようです。入口は一つですがいくつかの店舗がまとまって入っているようでした。
中へ入ります。
真っ直ぐ奧に続く通り道の両側にお店が並んでいます。靴屋、防具屋、雑貨屋等々、様々なお店があるようでした。
目的の服飾店も、いくつもあります。
「色々あるようですね」
「そうだね……」
相槌をしていただけますが、イザヤ様は気もそぞろで落ち着かないようです。
イザヤ様がちらちらと視線を向けているお店を確認すると、そこは寝間着を売っているお店でした。
ヒラヒラとしたもの、薄い生地のもの、上下が分かれているものと色々あるようですが、主に女性もののようです。
「イザヤ様、こちらのお店では目的のものは買えないと思います」
「そ、そうだね! 隣の店に行こうか!」
イザヤ様が何度も視線を向けていたのは、薄いピンクの寝間着でした。被るだけで着替えやすそうな寝間着ですが、ああいったものがイザヤ様の好みなのでしょうか。
すぐに必要ではないものの、睡眠のための服です。体のことを考えるとあっても良いとは思いますが、寝間着は予算が余ったら購入という感じでしょうか。
一応値段を確認しておくと、値札には「ぎ 2」と手書きで書かれていました。銀貨二枚ということでしょう。
「イザヤ様?」
寝間着を見て買い物の計画を立てていたら、隣の店に行ったはずのイザヤ様が店の前で頭を抱えてしゃがみ込んでいました。
何かあったのかと近づくと、手で隠されていない耳が真っ赤に染まっています。
「イザヤ様? どうされましたか」
「見てない! 何も見てないから!!」
「はて。何のことでしょう」
イザヤ様が入ったと思われる、寝間着を扱う隣の店。そこはなんと、肌着を扱うお店のようでした。寝間着の隣に肌着のお店。並びとしては順当だと思います。
しかし、イザヤ様は汚れなきお方。女性の肌に装着された状態ではないにしても、羞恥心が勝ってしまったのでしょう。
心が綺麗なイザヤ様をこれ以上苦しませたくはありません。わたしはイザヤ様を立たせ、すぐ横に立ち、イザヤ様がお店を見なくても良いように動きます。
お店が両側に並ぶこの通りは、入口に近いほど来店頻度が高そうな配置になっておりました。
つまりは、入口とは反対に出る場所に近いところに、服飾店が並んでいるのです。
そこで、上下でわけられる服を三セット購入しました。残りは銀貨十二枚分。寝間着を買えますが、わたしはまだイザヤ様のような魔法鞄は買えません。
イザヤ様に持っていただくことを考えると、寝間着を買うとイザヤ様を茶化してしまうような気がします。
忘れていました。
ラゴサへ入る際、銀貨を七枚払ってもらっていましたね。十二枚からその七枚を引き、残り五枚。これは予備費として残しておきましょう。
これにて、お買い物終了です。




