033 ▲苦悩と希望▲
主人公以外の視点、三人称です。
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(これでやっと、エミリアのことを考えないですむわ)
王太子ボルハとの婚約発表後、エレノラは王宮で過ごしていた。
初めは問題なかったのだが、一晩明けた翌日。なぜか、エレノラの自慢の髪色が薄くなってしまったのだ。瞳の色はそのままだったものの、見た目ですぐわかる色素減少の様子は時間が経つごとに顕著になっていった。
王太子の婚約者とは、すなわちアラバス王国の貴族令嬢の頂点を意味する。王族は長年、魔力を持たないで産まれてきた。だからこそ、魔力が強く出る令嬢が傍で支えるのだ。
色素減少は、その立場を危うくさせる。
秋の空のような鮮やかな青い髪は、水でぼかしたような薄い色になっていた。
濃い色は魔力の証。産まれながらにして魔力制御すら完璧だったエレノラの、自他共に認める姿だったのだ。
それが失われる様子は、王太子妃にと新たに配属された侍女達の中でも噂されるようになった。
その噂は公務で忙しいはずのボルハまで届き、遂にはエレノラの魔力を疑われてしまったのである。
その疑いを晴らすため、エレノラは実家へ行った。そして今まで通り、秋の空のような濃い青の髪が戻ったのだ。
疑いが晴れ、ボルハと一緒に王宮へ戻った。
しかしまた、一日経つと色素が減少する。
これは、王太子妃の立場を羨む相手からの呪いではないか。
そう言われ、王都にある魔塔から魔術師が派遣されてきた。しかしエレノラには呪いがかけられていないという。
ではなぜ、実家では生来の色に戻ったのに、王宮では色が薄くなってしまうのか。
王宮と実家の違い。
一つ思いついたが、それを認めたくない。それを認めるよりも、呪われていると思えた方が良い。
(どうして! わたしはただ、ボルハ様の婚約者になっただけじゃない!!)
ウォルフォード辺境伯はフスラン帝国と隣接しており、粗忽な冒険者もよく出入りしていると聞く。
そんなウォルフォード家を敵対視していると教わった、リンウッド辺境伯。そこの令嬢は、エミリアよりも二つ上の十八。
ボルハが二十歳のため、むしろリンウッド辺境伯の令嬢の方が婚約相手として調整が取れているとされた。社交嫌いで領地から出ていないのに。
そこを、ウォルフォード家の努力によってエレノラが婚約者の座を勝ち取ったのである。
(どうすれば……)
色素が減少する状態は、エレノラの精神を蝕んだ。ボルハの婚約者の座を奪われないため、自分にできることは全てやろうとした。
その中には、双子の妹への謝罪もある。
家族の話だけを聞いて、自分は恵まれているのだと示しに行っていた。
それがもし、逆だったら。優れているのは、エミリアの方だったとしたら。
(エミリアはいつも、私の下だったじゃない!)
同じ顔で、違う色の髪と瞳のエミリア。
同じ体型なのに、気にしない性格の双子の妹。
ウォルフォード家と縁を切られたはずなのに、動じていなかった。まるで、そうなることを望んでいたように。
あれは、誰なのか。
あの場にいたのは、本当にエミリアだったのか。
部屋の外へ出るとどうしても薄い髪色が注目されてしまうため、配属されていた侍女ですら遠ざけた。ウォルフォード家から連れてきた、長年エレノラを見てきた侍女だけ傍に置いている。
妃教育は部屋の中でできることのみを行い、どうにか婚約者の立場を守れていた。
寝台でふて寝するエレノラの元へ、一人の女性がやって来る。誰にも会いたくないと拒絶したが、その女性は、エレノラが求める力を持っていた。
燃えるような赤髪と同じ色の瞳を持つ、豊満な体つきをした女性は、リオと名乗った。
本当の姿を明かすことはできないけれど、と前置きされ見せられたのは、鏡越しに魔法をかけられたエレノラの姿。
鏡に映るエレノラの姿は、産まれてからずっと見てきた髪色をしていた。
リオによれば、水属性の魔法に擬態というものがあり、それを使えば自分が望むような姿になれるのだという。
エレノラは、思わずリオの豊かな胸元を見た。
腕で胸を寄せ上げたリオは、これは天然物よと笑う。
しかし、不自然ではない程度に胸元すら擬態できるらしい。長年成長しない胸に悩んでいたエレノラは、リオの魔法指導を受けた。
元々胸元を作っていたから、今後は擬態で済む。ない胸を作るのだ。毎日大変な作業時間だった。
そして、エレノラはリオとよく話すようになっていく。そのおかげでエレノラの顔に精気が戻り、部屋の外で行う王妃教育も参加できるようになった。
それはボルハとの仲も良くなり、王や王妃からも覚えがめでたくなることと同じ。
ぐらついていた立場が盤石のものとなり、エレノラはリオに感謝した。
しかしリオは欲がなく、何かあったときにリオの味方になってくれれば良いとだけ。
そんなリオに、エレノラは心酔していった。
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突如現れた、巨大な次元の裂け目。
魔王軍の魔獣らを討伐するために勇者一行が活躍。
魔王軍の魔獣らを倒し英雄となった勇者一行のリーダーに、ソフィア・アラバスは報賞として下賜された。
その日のうちに勇者はソフィアの夫となり、新婚となった夜から毎日抱き潰されている。
ソフィアとて、王国の一の姫としてそれなりに覚悟してきた。しかしゴライアスは粗暴で、毎夜髪を強く引っ張られ、令嬢らしさを象徴する長い髪を邪魔だと思ってしまう。
「姫さま。本日の薬でございます」
「ありがとう。頂くわ」
現在、ソフィアの夫となったゴライアスは訓練場で体を動かしている。毎晩あれだけ暴れているのにまだ体力があるとは、勇者という職業には驚くばかりだ。
そんな夫婦の寝室には、数人の侍女とソフィアの専属侍医チェズレイ・クラムがいる。毎日渡される薬は、ソフィアの身を案じた王や王妃から依頼を受けクラムが魔法で作り出している、避妊薬だ。
この薬を飲むことで、ゴライアスの子を成すという惨劇から逃れている。
「クラム様。そろそろゴライアス様が戻ると思います。ご機嫌を損ねぬよう、今のうちに」
「姫さま……ご自身もおつらいでしょうに、私まで気にかけていただきありがとうございます」
クラムが、ソフィアを励ますように手を握る。ソフィアはその手を握り返さないように気をつけ、クラムを寝台の上から見送った。
(チェズレイ様……)
クラムが触れた手に、彼の温もりが残っている。その温もりを長く感じられるように、ソフィアは自分の手を胸に抱きしめた。
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本日、もう一つ更新します。




