003 十年目の婚活
十年前の六才のとき、一人で生きていける力をつけようと誓いました。
あれから十年。
毎日のように開かれるパーティーに強制的に参加させられていたわたしは、学びました。言葉遣いも、淑女であるための武器だと。
あ、そうそう。十年前に助けた青黒い蝶はわたしに懐いておりますが、パーティーのときはお留守番をしてもらっています。エレノラのときみたいに、叩きつけられては可哀想ですから。
二年ほど王都の方で騒ぎがあり、パーティーも開けないような情勢でした。それまでのパーティーでは、いつも同じ言葉で殿方に振られます。
――エレノラ様は、すっごく美人だし優秀なんだけど……出涸らしの妹はちょっと――
出涸らしというのは、わたしが魔力なしとされているからです。エレノラの双子の妹なのに、何も魔力を持たない。エレノラが能力を全て持った状態で産まれてきた。そういう意味だと思います。
もちろん、このような言葉を面と向かって言われることはありません。
一応、貴族ですから。どの殿方も体面を気にします。
なぜかわかりません。わたしは何かに呪われているのでしょうか。いつも、聞いてしまうのです。殿方の落とし物を届けたときとか、お花摘みに行ったときとかに。
えぇ、まぁ、気にしてはいませんよ? あくまでもわたしの目標は、一人で生きていける力をつけることですから。
そして、王都での騒動が落ち着いたらしく、またパーティーが開かれることになりました。
王都での騒動はなんと、魔王軍の魔物を倒していたそうです。そこで勇者様一行が奮闘し、一時的に平和を取り戻したそう。
あくまでも、「魔王軍の魔物」を倒したということです。
えぇ、はい。魔王はまだどこかにいるらしいですよ。
とはいえ、一時的でも平和を取り戻しました。
そのため、アラバス王国にいる全ての貴族が王宮へ招待され、英雄様方を称えるパーティーを開かれるそうです。
勇者様への報賞として、アラバス王国の一の姫ソフィア様が下賜されるらしいとも。パーティーは、その報告だとも聞きます。
わたしはソフィア様とはお会いしたことがありませんが、エレノラはあるそうです。
自慢の鮮やかな青い髪をなびかせて、わたしの小屋までやって来たときに誇らしげに言っていました。
我が家にとっては重要な、もう一つの話題を出しながら。
わたしはパーティー会場の壁の花、もとい、野花になっていました。
淑女教育を始めた頃から、どうせ世間にこの姿を晒したのだから今さら隠すなと。ローブを着ることを禁じられてしまいました。
オレンジみのある白と言えれば聞こえは良い、ほぼ白い髪と瞳。
こんな見た目ですから、国主催のパーティーなのに整えてくれる侍女も来ません。淑女教育の中に自分の髪を整える方法がありました。たぶん、これは普通ではないと思います。
まぁ、良いのです。今は全ての支度をわたし一人でできていますから。
物思いに耽っていたら、わぁっと、会場が沸きました。
どうやら、本日の主役である勇者様一行が登場……するわけではないようです。
少し高い場所から下りてきたのは、さらさらの金髪と茶色い瞳を持った、見目麗しい王太子殿下と。
鮮やかな長い青の髪をあえてそのまま背中へ流し、宝石を散りばめたような髪飾りをしているエレノラ。まるで結婚式かと見まがうほどの豪奢な白いドレスを着ています。
あのドレスは王太子殿下が用意されたのでしょうか。それとも、ウォルフォード家が?
まぁ、三年前に作ってもらったドレスを今も着られるわたしには関係ありませんが。
関係は、ないのですが。
エレノラは双子の姉ですから、少々心配なことがあります。
ウォルフォード家では暗黙とされている、エレノラのお胸周り問題。
一人で全ての身支度ができるからこそ気になってしまう、ドレスの微妙なシワ。
……まぁ、王太子の婚約者を公表する大事な場ですから、我が家の侍女だけでなく王宮の侍女の方も総動員して整えているのでしょう。
「この度は、よくぞ参られた。ここに、王太子ボルハの婚約を宣言する!」
わぁぁっと、また会場が沸きます。
それはおめでたいことなので良いと思うのですが、このパーティーは勇者様一行を英雄様として称えることが目的ではなかったでしょうか。
先に大きな発表をしてしまうと、主役が霞んでしまうと思うのですが。
そんなわたしの懸念は当たり、宣言をした陛下の後ろから英雄様と思われる方が出てきても会場は沸きません。
貴族達は皆、殿下とエレノラの元へ祝いの言葉を伝えに行っています。
勇者様一行は四人だと伺いましたが、一人しかいらっしゃいませんね。
大樹のような焦げ茶色の髪と瞳をしている、爽やかそうな殿方だけです。他の方々は出席なさらないのでしょうか。
王太子殿下のように、ソフィア様のことも発表されるのかと思いました。しかし、一人しかいない英雄様の隣には誰もおりません。
王族の、それも一の姫であるソフィア様の婚約発表がないのは不思議です。もしかしたら、ソフィア様は体調を崩されているのかもしれません。だとしたら、発表しないのも頷けます。
勇者様一行を英雄様として称えると知っているのは、エレノラの婚約のことを知っているからですから。
他の貴族の方はご存じないのかもしれません。
ならば、もうわたしはお暇しても良いでしょうか。
会場の外へ行こうとしたとき、強い視線を感じました。その視線を追うと、エレノラの傍にいるお母様だとわかります。
お母様はエレノラよりも濃い深海のような青い髪と瞳なので、気配は探れないはず。
そう考えて、濃い緑の髪と瞳を持つお父様であればそれは可能だと思いつきます。
わたしは壁の野花。この会場は、王太子殿下とエレノラを祝福する雰囲気がある。
だとしても、国中の貴族が集められています。王太子の婚約者として貴族令嬢の頂点になったエレノラはもう良いのでしょう。
問題なのは、その王太子の婚約者であるエレノラの双子の妹が、わたしということです。結婚をしないという選択は、与えてもらえないと思います。
わたしは会場を出ることを諦め、料理が載せられているクロスがかけられているテーブルへ移動します。一応、殿方が多くいらっしゃるテーブルへ行きました。
しかし、さっと波が引くように静かに去って行きます。
次のテーブルでも。
そのまた次のテーブルでも。
もう三度も行動したのだから良いはず。
勝手にそう判断し、わたしは出会いよりも用意された色とりどりの食事へ目を向けます。
食事を抜かれることはないものの、わたしの食事は日に一度。それも昼のみ。
昼というのは、ウォルフォード領内の教会で昼時を告げる鐘が鳴らされるからです。その音を合図として、食事を取りに行く。
そんな日々でしたから、目の前にある食事はきらきらと輝いて見えます。
こんな素晴らしい食事は、恐らく一生食べられないでしょう。
「っと、すみません」
何から頂きましょう。
そう思って食事に目移りしていたら、背後から来た殿方がぶつかってきました。
その殿方は肩が凝りそうなお胸を大胆に主張している女性を連れていたので、恐らくそのお胸に夢中だったのでしょう。
軽い謝罪の後移動した殿方は、目線を斜め左下に向けています。
軽いとはいえ謝罪をいただいたので、もう良いでしょう。
そう考えていた時期が、わたしにもありました。