026 水属性サタルーガ
冒険者証に触ると、お馴染みとなった<テイムしますか>の文が表示されました。その文字を触り、<テイムを完了するためには名前をつけてください>と変わります。
これまで、魔獣のお名前から拝借して名付けてきました。
「あなたはルーガ。サタルーガの、ルーガです」
<テイム完了しました>の文字と同時に、暗い埠頭が眩い光に包まれます。ファラやルパのときよりも少し短い時間で、その光はなくなりました。
左の人差し指に、新たな指輪が装着された感覚があります。暗くてよくわかりませんが、恐らく青い指輪があるのでしょう。
早速技能牧場を開こうと思いましたが、テイム時の強烈な光は、やはり夜では目立ってしまうようです。
手に明かりを持った方々が近づいて来ました。
「エミリア。こっち」
イザヤ様に手を引かれ隠れたのは、埠頭の先。波の勢いを弱めるような岩がありました。
ゴツゴツとしたその岩と岩の隙間に、身を潜めます。
季節は九月の終わり。岩で波が飛沫になっても、背中にかかる海水は体の体温を下げます。
せめて、と、わたしはイザヤ様に身を寄せました。
「エ、エミリア、何をっ……」
「お静かに。ここで声を上げては見つかってしまいます」
「んん……そうだね」
「イザヤ様? なぜ離れるのですか。くっついていないと、風邪を引かれます」
距離を取ろうとするイザヤ様を温めるため、さらに身を寄せます。
そうこうしている内に埠頭に集まった方々が離れていきました。
安心したのも束の間、イザヤ様がわたしを埠頭へ上げた後、足を滑らせてしまいます。
ドボン、と水音がしました。
「イザヤ様!」
「大丈夫。頭を冷やしただけだから」
「頭を?? とにかく、早くお上がりください」
埠頭から手を伸ばしますが、イザヤ様は自力で上がってしまいます。そしてローブを脱いで水気を絞り、髪をかき上げました。
まるで月の光が照らしたかのように、イザヤ様の様子がわかります。
鍛えられた体躯と、初めて見る髪型。
イザヤ様のことは知っているはずなのに、知らない誰かを拝見しているようでした。
「エミリア? どうしたの?」
「い、いえっ……お気になさらずっ」
「そう? それなら移動しようか。このままここにいたらエミリアが風邪を引いちゃう」
「わ、わたしのことよりも、イザヤ様です! 早く服を乾かし……そうだ、湯をいただきましょう! 食堂へ行けば、湯を分けてもらえるのではないでしょうか!」
「無理じゃないかな。おれは今、次元の裂け目が発生した原因って思われているし」
「それならば、わたしが交渉いたします!」
フンス、と手を握って力説しますが、イザヤ様は受け入れてくれません。
それどころか、街の外の野営地に戻るというのです。わたしが泊まらせていただいている家まで送ってから。
「大丈夫。これぐらいのこと、冒険者ならよくある話だから」
「ですが……」
「ほら、もう行こう。まだまだルコの復興は続くんだから」
「はい……」
イザヤ様とは旧知の仲ではありません。ですが短いながらも共に過ごした時間で、イザヤ様が意外と頑固なお方だと知りました。
この場では、送っていただくしかないと思います。
どうにかイザヤ様のお手伝いをしたい。
その思いは、空振りに終わってしまったようです。
わたしはイザヤ様に送っていただきました。もちろん、周囲に人の気配がないかどうかを確認しながら。
翌日。
今日もわたしは、食堂で給仕をしています。ですが昨日の皮剥きがよく貢献したということで、体を休ませがてらまたお願いと頼まれました。野菜の下ごしらえをするために裏へ行きます。
本日もジャガイモの皮剥きですが、昨日よりも量が少ないです。
「あの、コノル様。他のお野菜はありますか? これでは量が少ないように思うのですが」
「そうなんだよ。本当はもっと欲しいんだけどね、ほら、次元の裂け目が発生しただろう? あれは一度発生すると、各所で魔獣が発生しやすくなる。街道にも現れているみたいでね、日によって届く量が違うんだよ」
「そうだったのですね……」
「エミーちゃんが気にすることないよ。それじゃ、今日も皮剥き頼んだよ」
「かしこまりました」
コノル様は食堂へ入っていきます。
一人残されたわたしは、昨日も思っていたことを再度思いました。
……冒険者ギルドの裏手は、土。ここならば畑を作れるのではないでしょうか。
屋根をつければルパも活動できます。ですが、今後の食糧事情を考えると、ルパだけでは難しいかもしれません。ルコで働く、もう一体のサタルパがいた方が良いと思います。
問題は、魔獣から友獣にしたとして、受け入れてもらえるかどうか。
素地は、あります。サタルーガが働いていたので。
ですが、それはあくまでも使役。怪しい白い首輪がないとダメでした。
イザヤ様に相談してみましょう。
わたしができることを再確認しました。それをどうやれば良いか聞くため、わたしは与えられた仕事を手早く終わらせます。
コノル様に仕事を終わらせたことを伝え、持ち場を離れても良いかどうか確認しました。
今日は野菜も少なく、給仕も間に合っているということだったので、本日のお仕事は終了です。
わたしはイザヤ様を捜し、街を歩きます。
建物の基礎が組まれている場所にも、建材を運んでいる方々の中にも、港にも、どこにもイザヤ様のお姿が見えません。
イザヤ様は真面目な方なので、積極的に動かれると思います。それなのに、いらっしゃらない。
わたしは昨夜のことを思い出し、街の外へ急ぎます。
秋とはいえ、夜の海に落ちたのです。もしかしたら風邪を引かれてしまったのかもしれません。
ルコから出てウォルフォード辺境領寄りの方に、天幕を一つ発見しました。
テイムリング装着状況:
左薬指、赤い指輪inファラ
左中指、黒い指輪inルパ
左人差し指、青い指輪inルーガ




