025 エミリアができること
わたしは、イザヤ様と一緒に行動したいです。
しかし現状、それを拒まれてしまっています。それは、イザヤ様がわたしを気遣ってくださっているから。
わたしだって、イザヤ様を手伝いたいです。
わたしはテイマーです。今はまだ、テイマーとしての可能性を探っている段階で、あまり目立った行動はできません。
それならば、目立たなければ良いのです。
わたしはどうやったら目立たずにイザヤ様を手伝えるか考えました。
冒険者としてもテイマーとしても経験の浅いわたしが思いつけることなんて、一つしかありません。
問題は、それを実行しても良いかどうか。
わたしは食堂の女将コノル様から、今日はもう充分働いてもらったよとお休みをいただきました。
わたしができるかもしれない方法のため、ルコの街を歩きます。
港に向かって傾斜があるルコは、石畳の歩道は幅が広くとられていました。階段や坂は狭いものが多いですが、港へ続く、真っ直ぐに見える坂だけは歩道と同じくらいの幅があります。
太陽の方角から考えると、朝日も夕日も海に沈む様子は見られないかもしれません。ですが、港の先は海です。遮るものが何もない道が真っ赤に染まる様子は、さぞ息を呑む光景になるでしょう。
「あっ……」
わたしのすぐ横を、イザヤ様が通り過ぎていきました。今は、瓦礫を運んでいるようです。
イザヤ様はわたしに気づいたでしょうか。それとも、気づいた上で他人のように対応したのでしょうか。
イザヤ様とお話できないと、気持ちも沈んでしまいます。
いいえ、このまま落ちこんでもいられません。
わたしは、わたしのできることを。
改めて決意し、港へ向かって歩きます。
すると、左の薬指――赤い指輪が光ったように思いました。確認してみると、赤い指輪には小さな赤い宝石がついていて、それが点滅しているようです。
人が来ないような影に隠れ、指輪を二回触ってファラを出します。
「え? 傷ついている魔獣の声が聞こえるのですか?」
ファラはわたしが言う前に、ローブの中に入ります。これで歩いていてもファラが見つかることはないでしょう。
ファラが示す方向へ進みます。
それは港の西側に続く道のようです。細い階段を下り、どんどん奧へ進みます。
一人分ぐらいしか通れないような狭い路地を抜けると、小さな埠頭がありました。住人の方が利用されるのでしょうか。
そろそろ日が沈みかけて来た頃、ファラが示す方向に何かが見えます。
数人の子供と、大きな黒い影。子供達は、黒い影に向かって何度も手や足を上げているように見えます。
近づくにつれ見覚えのある形になってきたそれは、青黒い巨大な亀の魔獣です。わたしは急いでその場へ駆け寄ります。
「何をされているのですか!!」
わたしが声をかけると、子供達は散り散りになって逃げていきます。そんな逃げ方をされてしまうと、誰か一人を追いかけることも難しいです。
わたしが追いかけないとわかると、子供達は周囲に落ちていた瓦礫の欠片を、亀の魔獣に投げつけてきました。
「止めてください!」
注意すると、わたしをからかうように笑いながら港を離れていきます。
魔獣とはいえ、生き物を苛めるなんて酷い子達ですね。
「大丈夫ですか」
この亀の魔獣は、どこから来たのでしょうか。甲羅の中に入って動かない様子は、人間に怯えているように見えます。
三日前に水属性魔獣の暴走があったばかりですが、この魔獣は影響を受けなかったのでしょうか。
コンコンと甲羅をノックしてみますが、反応がありません。硬いはずの甲羅はいくつも細かい傷痕があり、長い間子供達に苛められていたのだとわかります。
亀なので防御力はあると思いますが、どれほどのダメージを受けているかわからない以上、この場を離れられません。
「もうあなたを苛める悪い人間はいませんよ。安心して出てきてください」
コンコンと甲羅を叩きながら、怖がらせないように優しく話しかけます。
何度か繰り返している内に、ゆっくりと甲羅の中から頭を出してくれました。その首には、白い首輪のようなものがされています。
誰かに、飼われているのでしょうか。
「大丈夫ですか? 申し訳ありません。あなたのケガを治療できないのですが……海へ戻れば回復できますか?」
話しかけているときに手足も出してもらえました。甲羅の中に隠していたからか、柔らかそうな皮膚の表面に傷はないように思います。
青黒い亀の魔獣は、まるで懐いてくれたかのように、頭をわたしにくっつけてくださいます。その仕草が可愛くて、思わず頭を撫でてしまいました。
「ファラ、この子は何か言っているでしょうか」
質問すると、ファラは何もわからないというように左右に飛びます。
いじめっ子達はこの場を離れました。見たところ断末魔を上げるほどの傷は負っていないように思います。
「首輪をしているのなら、自由に動けないでしょうか。あなたはどこのお宅で飼われていますか。もしお家がわかるなら、そこへ行きましょう」
亀の魔獣は、この場から動きません。
苛められるようなことはもう起こらないと確認するまで、この子からわたしも離れられません。
どうすれば良いかと思っていたら、いつの間にか暗くなっていた埠頭の方へ、誰かがやってきました。
わたしはこの子を守るため、前に出ます。
「エミリア、そこにいる?」
近づいてくる人影から、聞き慣れたお声がしました。
ここへ来る前にすれ違っていましたから、街中で見かけないわたしを捜しに来てくださったのかもしれません。
安心したわたしが気を抜くと、今度はなぜか亀の魔獣が長い首を伸ばしてわたしを引き寄せます。
イザヤ様が近づいてきましたが、ピリッとした緊張するような空気を纏いました。暗がりでよく見えませんが、いつでも剣を抜けるような姿勢になっているようです。
「イザヤ様! お待ちください! たぶんこの子は、敵ではないです!」
「……どういうこと?」
剣から手を離したイザヤ様は、少し離れた場所から質問されました。
声が届くギリギリの距離のように思いますが、この距離がこの子の攻撃範囲なのでしょうか。
「この子は、子供達に苛められていました。そこへわたしが来まして、懐いてくれたように思います。なので、恐らく敵対はしていないかと」
「なるほどね。それなら、テイムできそう?」
「この子は首輪をしています。どなたかが飼われているのではないでしょうか」
「フスラン帝国ならテイマーがたくさんいるから、ありえるかもしれないけど……アラバス王国では、魔獣を飼うなんてできないと思うよ」
「それならば、この首輪は?」
質問をすると、イザヤ様は口を閉ざします。何か言いづらいようなことがあるのでしょうか。
「……サタルーガの甲羅の上に台をつけて、荷物を運んでいるのを見たことがある」
「それは、例えるなら馬車のような?」
「そうだね。でも馬は飼育できるし、魔獣じゃない」
「魔獣は、使役できるものなのでしょうか」
「できないと思う。普通は」
普通ではない状態。それが、この白い首輪なのかもしれません。
「この首輪を外せば良いのでしょうか」
「いや、それは止めた方が良い。たぶん、その首輪を外すと魔獣としての本能で暴れることになると思う」
「え゛」
「次元の裂け目から出てきた水属性の魔獣を討伐しているとき、違和感があったんだ。偶然居合わせたにしては、冒険者のレベルが高かったように思う」
「……もしかして、不測の事態があったときにすぐ対処できるように、とか」
「その可能性が高いと思う」
イザヤ様の実力と同等と考えると、水属性の魔獣が暴走しているときに断末魔が聞こえなかったのは納得できます。
「三日前の暴走で、ルコにいたサタルーガも暴走状態になって討伐された。その個体がなんでここにいるのかわからないけど、このままここにいても酷使されるだけだと思う」
「では、どうすれば……」
「エミリアに懐いているんだったら、ファラやルパみたいに、テイムできるかもしれない」
「確かに! この子は誰にも飼われていないし、テイムするのは助けるということですよね?」
イザヤ様が力強く頷いてくださいます。
わたしは、冒険者証を触りました。
明日、お昼更新あります。
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