024 水属性魔獣の暴走
逃げ惑うルコの人々の逆を行くように、街中を進みます。
港に向かって多くの坂や階段があるルコは、平時であれば観光も楽しめるような場所なのでしょう。しかし今は、我先にと逃げる人々と何度もぶつかってしまい、なかなか前へ進めません。
イザヤ様は身体能力を活かし、屋根から屋根へ移って移動しているようです。イザヤ様だけでなく、居合わせた冒険者と思われる方々も屋根の上を移動しています。
「東の方向に、次元の裂け目を確認!!」
かなり前の方から、イザヤ様のお声が聞こえました。
東。ルコから見たらウォルフォード辺境領の方角です。そちらを見ると、秋晴れの空に不釣り合いな青黒い裂け目を発見しました。
イザヤ様の声を聞いた誰かが、教会の鐘を鳴らします。カンカンカンと連続で鳴り響く鐘の音は、それだけ警戒しなければいけない事態ということでしょう。
警鐘を聞いた街の人々が、さらに恐慌状態に陥ります。先程までよりもさらに、他の誰よりも早く街を出ようとしました。
「きゃっ」
「大丈夫ですか!」
誰かに押されて転んでしまった女性の元へ行きます。膝を打ちケガをしてしまったようで、手巾を取り出して傷を保護しました。
女性に肩を貸し、外へ向かいます。
「ありがとうございました!」
「いいえ、お気になさらず。ケガの治療を受けてください」
何度もお礼を言ってくださる女性と別れ、わたしはまた街へ戻ります。
わたしはテイマーですが、まだまだ実戦には参加できません。
しかし、成り立てとはいえ、冒険者です。今の自分にできることをしなければいけません。
イザヤ様……。
街へ入ると、そこかしこから戦いの音が聞こえます。イザヤ様のお姿は見えませんでしたが、きっと前線で戦っておられるのでしょう。
尾がある、半分魚のような人型。巨大な亀に、先程も見たサグラン。裂け目からはさらに、鋭い牙を持った魚がいくつも落ちてきていました。
いずれの魔獣も目が赤く染まり、正気を失っているとわかります。断末魔が聞こえないのは、イザヤ様や居合わせた冒険者の方々の実力が高いということでしょう。
「きゃぁっ」
戦況を見守っていたら、すぐ横にあった建物を突き破るように青黒い巨大な亀が飛んできました。
足を止めていなかったら、その巨体に潰されてしまっていたことでしょう。
思わぬ所で命拾いしましたが、突然のことに驚いた心臓がバクバクと忙しなく動きます。
何度か深呼吸をしてから、避難が遅れている人の捜索を再開しました。
サグランの断末魔が引き金になったと思われる、水属性魔獣の暴走。
イザヤ様や居合わせた冒険者の方々の尽力により、すぐに収束しました。怪我人は多く出ましたが、死亡された方はいらっしゃらないようです。
今回は水属性の魔獣だけでしたが、イザヤ様方勇者様一行が戦ったのは魔王軍の魔獣。恐らく今日の騒動よりも多くの魔獣と戦ったのではないかと思います。
それはとても大変なことだと、今のわたしならわかります。国はもっと、イザヤ様方に感謝すべきだと思いました。
戦闘のため仕方無しの面はあると思いますが、水属性魔獣の暴走によりルコの街は壊滅状態に陥っています。
次元の裂け目の発生はすぐに国中に知らせが行くようで、王都や各街から支援物資や人員が届きました。
次元の裂け目発生後の復興作業は、冒険者にとっても良い機会だそうです。貢献度が高く、通常のクエストをいくつもこなしたような成績を冒険者証に記録できるようです。
通常は。
次元の裂け目の発生から三日。イザヤ様は無報酬で働き続けています。
木材を運び、石材を運び、働かれる方々に自費で食事を運び、息つく暇もありません。
そんなイザヤ様をお助けしたいのですが、拒否されてしまいました。関わりのない他人のように接せられると、どうすればいいのかわからなくなります。
というのも、イザヤ様はいち早くサグランを発見しました。その時点ですでにサグランは傷ついていたのです。
にも関わらず、イザヤ様がサグランに駆け寄ったことを目撃していた門兵の方の証言で、イザヤ様の実力不足とされてしまいました。
次元の裂け目から溢れた魔獣の討伐の様子を見ていたと思われる、他の冒険者の方々の証言はありません。絶対に誰かは見ていたはずなのに、誰もイザヤ様の実力に触れませんでした。
イザヤ様が、冒険者だから。
成績を残すための自作自演だと思われてしまったのです。
イザヤ様が、そんな姑息なことをするはずがないのに!
イザヤ様の身の潔白を証明しようと思っても、イザヤ様本人から禁じられてしまっています。
わたしは新人の冒険者。ゴールド級のイザヤ様に従うべきなのでしょう。
歯がゆいです。わたしは本当に、何もできないのでしょうか。
「エミーちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」
「あ、はい。今伺います」
わたしは冒険者としては新人なので身体能力が低く、積極的に復興作業に参加できません。
そのため、復興の働き手の皆様方の食事処となっているルコの冒険者ギルドの食堂で給仕係になっていました。
食堂の女将、コノル様に呼ばれ食堂の裏へ回ります。
用意されていたのは、籠に入っている大量のジャガイモ。これの皮剥きを頼まれました。
「量が多くてごめんね。ずっと立っていて疲れたでしょう? 休みながらで良いからよろしくね」
「かしこまりました」
コノル様が食堂へ戻っていきました。
ジャガイモの皮剥きは、得意な方です。自分で開墾した畑にも、よくいました。
「……そういえば、このジャガイモも青黒いのですよね。戦って勝つと通常の食材のような色になりますが」
気づかない内に魔獣と戦っていたのだな、と思いつつ、小型のナイフを動かします。
そこで、嬉しい変化に気がつきました。
テイマーになってから、<器用>が上昇しています。その数値分だけ、手早く剥けるようになっていました。
ボコボコとした表面でも、するすると繋がったまま皮を剥けます。途中で切れてしまうこともありますが、皮が繋がったまま全て剥けることの方が多かったです。
日常生活でも活かされる、ステータスの数値。
お母様は冒険者を下賤の人間だと言っていましたが、それは間違いです。むしろ積極的に、冒険者として活動すべきだと思います。
……貴族である以上、自分で料理はしないと思いますが。
そこまで考え、実は知らないだけで厨房で働く料理人の方も庭を整える庭師の方も、全ての人のレベルが高いのではないかと思いました。
上級者はステータスの数値が高く、だからこそ美味しい料理や美しい庭を造れるのでは。 冒険者証のように、簡単にステータス値がわかるようになったら便利な世の中になりそうです。
するりと最後の一つを剥き終える頃、コノル様が温かい飲み物を持ってきてくださったようです。
「……これは驚いた。エミーちゃん、ずいぶんと器用なんだねぇ」
「ありがとうございます」
湯気が出ているホットミルクを受け取り、褒められたこととは別に会釈をします。
このままここで働かないかと誘われましたが、断りました。
わたしは、イザヤ様と一緒に冒険者として活動したいのです。
そう。イザヤ様と一緒に。




