021 ウォルフォード家本邸
そこそこ長めの文量です。
夜が明け、朝になりました。
今日も天幕の外からイザヤ様が鍛錬をされているお声が聞こえます。
鍛錬の邪魔をしないよう、天幕の中からこっそりと様子を窺います。
「はっ、せいやっ!」
掛け声の度に剣が振り下ろされたり、薙ぎ払われたりしています。その度にビュンッと風を斬る音がしました。
こうして、イザヤ様は努力を惜しまず、冒険者としての等級を上げたのですね。
わたしもできることを捜さなければ。
寝ている間もわたしの頭の右上にいたファラを指に乗せ、何ができるかと問いかけます。
すると魔獣のときと変わらず、火の粉を散らせるというような意思を感じました。
火の粉は細かく小さなものですが、一箇所に集中させたら火魔法のように使えないでしょうか。
わたしは天幕から少し離れ、道端に生えていた短い雑草にファラを放ちます。
「ファラ、火の粉を出してください!」
ファラはわたしの言葉通りに動き、雑草の上部に火の粉が当たります。
しかし植物が持つ水分で消されてしまうほど小さく、とても攻撃向きではありません。
「ファラ。今度は火の粉を一箇所に集めてください」
ファラから、わかったと肯定する意思を感じました。
ファラはわたした指定した雑草の周囲をぐるぐると周り、火の粉の渦を作ります。すると、今度は雑草が燃え始めました。
「あっ、お水をっ」
火がついてしまってから焦っていると、いつの間にか訓練を終えていたイザヤ様が水筒の水をかけてくださいました。
「ありがとうございます」
「すごいね、エミリア。今見てたけど、この感じだったらファラも参戦できるかも」
「わたしもその可能性を感じました。ですが、こうして後のことを考えて水を用意しておかないと火事を起こしてしまいますね」
「そこは追々、って感じかな。乾燥したところだったら、砂とか土とかかけても火を消せると思うし」
「課題はまだまだたくさんありますね」
「そうだね。でもまずは、エミリアの可能性を確認するために、サタルパの所へ行こう」
イザヤ様と一緒に天幕へ戻ります。今日は片付けをほんの少しですが、手伝えました。
そして、ウォルフォード家へ向かいます。
本邸へ到着すると、門の前に見たことのある白馬の馬車が止められていました。やはり、我が家へ来ていたようです。
このまま正面から行くのは、さすがにまずいでしょう。わたしは奧の小屋にいると思われているはずなので。
守衛さんに見つからないようにイザヤ様と歩き、小屋に近い入口へ向かいます。
そこで、問題が発生しました。出るときは梯子を使いましたが、入るときは鍵がないといけません。
すると、イザヤ様がわたしに背を向けてしゃがみました。
「イザヤ様?」
「おれがエミリアを背負って塀を乗り越えるよ」
「いえ、ですが……以前背負っていただいたときにおつらそうでした」
「うっ……それは、ごめん。おれの理性がやばかった」
「理性?」
「と、とにかく、今日は大丈夫」
イザヤ様をいつまでもしゃがませたままではいけません。わたしは声をかけながら、イザヤ様の背中に乗ります。
イザヤ様はわたしを背負うと、まるでちょっとした段差のように、ぴょんっと塀も乗り越えてしまいました。見せていただいたステータスを考えたら納得できます。
わたしもゴールド級になれば、イザヤ様のように身軽に動けるようになるでしょうか。
「ほら! 私は問題ないですわ!!」
小屋へ向かう途中、本邸の方からエレノラの声が聞こえてきました。
以前エレノラに見られていてジェイコブさんを失ってしまう結果になりましたが、外まで聞こえるような大声を出すなんてエレノラらしくありません。
何かあったのでしょうか。
気にはなりましたが、今の目的はサタルパのテイムの可否。そちらを優先します。
畑へ近づくと、わたしの気配を感じ取ってくださったのか、戦友がポコポコポコッと土を盛り上げて近づいてきました。
日陰になる場所へ移動するとサタルパもついてきてくださいます。そして、にゅっと見慣れたお顔を地面から出しました。
「……」
イザヤ様を、サタルパがじっと見ています。そんなサタルパを、イザヤ様も見つめ返します。
サタルパが警戒するように、イザヤ様の周囲の土を盛り上げました。その動きを見たイザヤ様が、さっとその場を離れます。
その瞬間。サタルパが盛り上げた土の中央に穴が開きました。
こんな挙動は初めて見ましたが、恐らくこれがサタルパの戦い方なのでしょう。
「イザヤ様。早速試してみます」
「わかった」
声をかけると、イザヤ様はわたしの横へ来ようとされました。しかしサタルパが穴を掘り、イザヤ様をわたしに近づけさせないようにします。
そのやりとりを続けると小屋の周りが穴だらけになってしまうと思い、冒険者証を触ります。するとまた、<テイムしますか>と表示されました。
半透明の板のようなそれは、質問文を表示しながらサタルパの動きに合わせて移動します。このまま動かれてしまうと、文字に触れません。
そこで思いつき、試してみます。
「<テイムします>」
声に発してみると、サタルパの頭上に表示されていた文が<テイムを完了するには、名前をつけてください>に変わりました。
わたしはすぐに、名前を決めます。
「あなたはルパ。サタルパの、ルパです」
ルパと名前を決めると、ファラのときのように強い光りを発しました。そして、左の中指に指輪がついた感覚になります。
その部分を触れると、イザヤ様を落とし穴に落とそうとしていたルパが消え、中指に黒い指輪が現れました。
「イザヤ様、ルパもテイム成功です」
「それは良かった。エミリアは貴重な存在の可能性が広がったね」
早速ルパも技能牧場でやってみようよ、というイザヤ様の提案を実行しようとしたとき。
聞き慣れた声が近づいてきました。
「あーもう! どうしてわたしの魔力が少ないなんて疑われないといけないのよ!」
きっと、これまでの通りわたしに八つ当たりをしに来たのでしょう。
エレノラは迷いなく、まっすぐこちらへ向かってきます。
「エレノラ、待って!」
「は? なに勝手に私の、きゃぁっ」
先程までイザヤ様を落とそうとしていたルパの落とし穴に、エレノラが足を取られました。幸いにも穴は小さく、窪みに足を引っかけ転倒した程度で済んだようです。
「ちょっと! そんなところにいないで、私、を……」
エレノラが叫んぶように張っていた声をしぼめます。わたしの隣に男性がいると気づいたようです。
「ちょっと、そこのあなた! 私を抱き上げる許可を与えるわ。わたしを助けなさい」
「断る」
「はぁ!? 私が許可を与えているのよ!? さっさと助けなさいよ!」
訴えを聞いたイザヤ様は、ゆっくりとエレノラに近づいていきます。そして手前でしゃがみました。
「ウォルフォード嬢は土の上に横たわるなんて初めてのことでしょう。さぞ、おつらいでしょうね?」
「そうよ! さっさと私を助けなさいよ!」
「だが断る」
「はぁ!?」
イザヤ様はすっきりとしたお顔をされ、エレノラの傍を離れます。
イザヤ様から拒絶されたエレノラは自力で立ち上がりました。イザヤ様の手を借りなくても問題なかったようです。
エレノラはわたしが見たこともないような豪奢なドレスを土で汚され、怒りを覚えているのでしょう。わなわなと体を震わせています。
「何事ですか」
エレノラが大声で話していたので、さすがに本邸までその声が届いてしまったのでしょう。お母様を先頭に、お父様、長兄のセイン兄様、そしてボルハ王太子殿下までやって来てしまいました。その後ろには、我が家の騎士たちもぞろぞろといます。
お母様の声が聞こえた瞬間、エレノラは泣いているように見せました。そしてお母様の胸元で言います。
「お母様! あの男を処分してください! 私、あの男に汚されたの!!」
「エレノラ! その言葉は訂正してください! イザヤ様は無実です!」
汚された、だなんて、まるでイザヤ様が悪人のようです。
エレノラは勝手に転んだだけだというのにあんまりです。
わたしは訂正を求めましたが、ウォルフォード家でわたしの発言力なんてあるわけがありません。
さらにこの場には、一番いてほしくなかった、王太子ボルハ様がいらっしゃいます。
「君の顔、どこかで見たことがあるね」
「どこかではありません! イザヤ様は、アラバス王国を救った英雄様です! 王太子殿下様が、そのことを知らないわけはありません」
「確かにね。でもごめん。僕、興味がないことは覚えないんだ」
「なっ……」
ボルハ様の発言に驚いていると、お母様がエレノラをお父様に預けて前に出ました。
「……エミリア。ウォルフォード家は、ようやく夢を叶えたのです。あなたに邪魔される筋合いはありません。よって、ウォルフォード家から追放します! 今後、ウォルフォードの名を語ることを禁じます。どこかでその名を出したと判明したら、その命はないと思いなさい」
あのまま言い争いをしていたら、ウォルフォード家が王家に敵対すると思われても否定できませんでした。
お母様の発言は、わたしを追放することでウォルフォード家の外聞を守ろうとしたのでしょう。
小屋から近い扉の鍵が開けられます。
こうしてわたしは、ウォルフォード家から追放されました。
020を超えました。
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テイムリング装着状況:
左薬指、赤い指輪inファラ
左中指、黒い指輪inルパ




