016 テイマー登録
ギルド長様に外されたフードの下のイザヤ様は、敵意剥き出しの鋭い眼光をギルド長様に向けます。
ですが、どこか親しいからこそできるような空気を感じました。
ギルド長様はイザヤ様にもお茶を出し、自分の分も注がれてから長椅子に座ります。
「それで、天使ちゃん。名前を聞く限りウォルフォードのお嬢様だと思うんだけど、どうして冒険者に?」
「あ、えっと、今、家を出ていまして、一人で生きていく術を得るためにここへ」
「天使ちゃん、お嬢様なんだから冒険者みたいな粗っぽい職業を選ばなくても良くない?」
「えっと、まず、この場をお借りしてお詫びします。ウォルフォード家が冒険者様方を蔑ろにしてしまい、申し訳ありません。冒険者様は平和を守ってくださるお方です。粗っぽい職業などではありません」
「ウォルフォード領は冒険者が行きづらいけど、別に気にしなくて良いよ。ウォルフォード領に行くのは特別な依頼があった時か、フスラン帝国へ行く時ぐらいだから」
ギルド長様がわたしのことを天使ちゃんと呼ぶたび、イザヤ様が拳を握りしめます。よっぽど、その呼び方を聞くことが嫌なのでしょう。
これ以上握るとイザヤ様の手が傷ついてしまうと思い、わたしはそっと手を添えます。
「イザヤ様。力を抜いてください。傷ついてしまいます」
「天使ちゃんは、本当に天使だねえ」
ケラケラと笑うギルド長様を、わたしは畏れ多くも睨みつけます。
「ギルド長様も! イザヤ様の様子を見ればその言葉を嫌がっているとわかるではないですか! なぜイザヤ様を苛めるのですか!」
「ははっ。これは逞しいお嬢さんだ」
「エミリア……」
イザヤ様に名を呼ばれて冷静になったわたしは、しおしおと小さくなります。
わたしは今、イザヤ様と一緒にいます。わたしがおかしな行動を取れば、イザヤ様も笑われてしまうということを失念していました。
「まあ、叱られちゃったしイザヤをからかうのはこれぐらいにしておこうか」
ギルド長様は、イザヤ様が冒険者になった頃からの付き合いなのだと話してくれました。
冒険者になれるのは、早くても十才なのだそう。そのときからの付き合いということならば、親しいのもわかります。
「それで、受付であった騒ぎのことだけど」
「あ、あの、イザヤ様からはテイマーも職業としてあると思うと伺ったのですが、なぜあんなにも笑われてしまうのでしょうか」
「それはね、テイマーが不遇の職業だからだよ」
ギルド長様は、テイマーのことを教えてくださいました。
テイマーとは、魔獣を従える職業のこと。
しかし魔獣は、アラバス王国では討伐すべき対象。
そして、冒険者にとっては自分の実力を測る標的になってしまっていると。
「そのお話は、あの場でもどなたかがされていました。それは、どういうことなのでしょう」
「それはね……」
ギルド長様は言います。
魔獣が死ぬ間際、断末魔を上げるのだそう。その断末魔は全ての魔獣が出すのではなく、力不足で一撃で仕留められなかったときに発せられるもの、ということらしいです。
そしてその断末魔を聞いてしまった瞬間、五感のどれかが失われてしまうのだそう。
「……だから、力試しなのですね」
「そう。魔獣はあくまでも力の指針。それを従えて一緒に戦おうなんて人はいないんだ」
「でも、魔獣にだって良い子はいます!」
「お嬢様なのに、まるで魔獣のことをよく知っているみたいに言うね」
ギルド長様の言葉を受け、イザヤ様を見ます。イザヤ様が頷いてくださったので、わたしはフードを取りました。
その、瞬間。
以前のイザヤ様のようにギルド長様の纏う空気がピリッと緊迫したものになりました。
「大丈夫です。このサファッラは敵じゃないです」
「は? どういうこと?」
「この子は、わたしが十年前に助けました。それからずっと一緒にいてくれています。受付での騒ぎのときは、恐らくフードの内側にくっついていたのでしょう」
「魔獣が、意思を持っているということか……」
「十年間で一度も、この子が火の粉? を散らしたことなんてありません」
話し終えると、ギルド長様は信じられないというようなお顔をされます。
ですがイザヤ様もすでにご存じだったことで、この話が嘘ではないと思ってくださったようです。
「……なるほどね。だから、テイマーになりたいんだ」
「はい。調教だとか、従えるだとか、そういった強制的な関係性ではなくて、友として一緒にいたいんです」
「かつてテイマーは、従えた魔獣を自分の色に変化させていたらしい。青黒くない色にするからこそ、テイムできている別の存在になった。しかし、お嬢さんは青黒いまま親しくなっている。これは、世間を揺るがす新事実だ。魔塔には?」
「ばれていないと思います」
「わかった。それならイザヤ、お前が守り抜け。一緒にいたいならな」
「当然です」
イザヤ様とギルド長様が、わたしにはわからないお話をされています。
すぐに冒険者登録をしよう、と部屋を出ていったギルド長様は、片手で抱えられるような箱のようなものを持って戻ってきました。
その箱のようなものは、ちょうど腕が収まるような窪みがあります。そして窪みの横に、小さな穴もありました。
ギルド長様は、その穴に赤褐色の棒を入れます。
「お嬢さん。ここに腕を置いてもらいたいんだけど、利き手は?」
「右です」
「それなら、左腕を乗せて」
ギルド長様のご指示通り、わたしはその窪みに腕を置きました。
すると、箱のようなものがブルッと揺れます。その動きに驚いていたら、いつの間にかわたしの手首に赤褐色のブレスレットがついていました。左の手首に、隙間なくぴったりと。
「すごい……魔法みたいです」
「これも魔塔の魔術師が開発した、魔術道具の一つなんだ」
魔術道具というのは、ほんの少しの魔力があれば動かせる道具だよ。
そんな説明を受けているとき、わたしはギルド長様の失敗を発見してしまいました。
ブレスレットのプレートを見ます。
「あの、ギルド長様。わたしの名前の部分がエミーになってしまっています」
「ああ、それはわざとだから気にしなくて良いよ」
「えっ……ですが、これは身分証の役割も兼ねるはずです。偽称してはいけないと思います」
「エミリアという名前を、エミーにするぐらいだったら何も問題はないよ。愛称だとわかるし、なんだったらもっと特殊な名前をつけている人もいるし」
わたしが首を傾げていると、ギルド長様が教えてくださいました。
世界一の冒険者、プラチナルゴールド、世界を統べる者等々。
ちなみに、一度名前を決めたら等級が変わるまではずっと同じ名前が冒険者証に登録されるらしいです。
だから、ブレスレットを新調するときは計画的に、ということでした。
わたしの冒険者登録が終わりましたが、イザヤ様がギルド長様に視線を向けます。
「……イザヤは駄目だ」
「おれも当事者ですよ?」
イザヤ様はにっこりと微笑みます。
イザヤ様は真面目な方なので騒ぎの責任を取るということかもしれませんが、その微笑みはプラチナ級という等級を捨てたがっているように思えました。
イザヤ様の訴えに、ギルド長様はかなり悩まれているようです。
「……まあ、冒険者ギルドの決まりだからな。国から要請されてプラチナ級になっているが、ギルドの決まりを優先させてもらおう。以前の記録から達成数が引かれても、すぐに実力で上がるだろうしな」
「何を言っているんですか。等級を下げるんです。ゴールド級を取り立てぐらいにしてもらわないと」
イザヤ様はにこにことしたお顔のまま、ギルド長様に要請しています。先程のささやかな仕返し、というところでしょうか。
「……まあ、エミーのこともあるし、すぐに上がらない方が良いか。ちょっと待ってろ。材料を持ってくる」
そう言って、ギルド長様は部屋を出ていきます。
その間に、イザヤ様が軽く説明をしてくださいました。
冒険者証を手首につける魔術道具は、手首の部分の脈で個別に識別ができるそうです。そのため、降格となったとき対応する罰の分だけ数を引けるのだそう。
この魔術道具はさらに素晴らしい性能を持っていて、この冒険者証をつけたときから選択した職業になれるらしいです。
明日、お昼更新あります。
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