135 魔王様の右腕
ウォルフォードの魔の森に行くにあたり、最寄りのラゴサにも伝えた方が良いかと思い、冒険者ギルドへ立ち寄りました。
未だにギルド長様が見つかっていないらしく、兵士の方々が常駐しているようです。
新しいギルド長は、仮ということであの日兵士の方に抗議をしていた赤髪の受付の女性が務めているとのこと。
魔の森といえば、行方不明者も出る場所です。その場所の調査をしたいとウォルフォードに申告したそうですが、元実家は相変わらずのようでした。
二言目には、冒険者のような下賤の者とは話す価値がないと追い返したそうです。
魔の森へ単独で行くということを伝えると、女性からギルド長様の行方も一緒に捜してほしいと頼まれました。
快諾し、イザヤ様とウォルフォードの魔の森へ向かいます。
ステータス値も高く、血流操作を覚えた今となっては、移動することなど容易いです。
イザヤ様と一緒に魔の森の中へ入り、様子を探りました。
「……なんだか、サフンギがしおしおですね?」
「そうだね」
魔の森の領域に入った瞬間、襲いかかってきていた茸の魔獣方。それが今は、戦う意欲のようなものは感じるものの、覇気がありません。
見た目もげっそりとしていて、例えるならば栄養が不足しているかのような。そんな状態です。
サフンギの数はまだありましたが、苦戦する所ではありません。
イザヤ様と元教会の建物へ入ります。
前と同じように、玄関の絨毯はボロボロのままでシャンデリアにも埃が積もっていました。
「イザヤ様。右腕の調子はいかがでしょうか。今回は、奥の方まで見えているでしょうか」
「右腕は問題ないよ。それに、やっぱり魔王がいなくなったからかな。建物の中の様子が良くわかるよ」
「魔王様の右腕は、どこにあるのでしょうか」
「うーん……元魔獣発生地とは違って、この周囲はサフンギだけでしょ? それなら、住居用じゃなくて、元教会の方の敷地かも。偶然、魔王の力を抑えるような位置にあったかもしれないし」
「なるほど。では、そちらへ向かってみましょう」
玄関を抜け、左側の扉を開けました。
その先には廊下があり、さらにその先の扉を開けると教会に繋がるようです。
ここへ来るまでもボロボロでした。しかしそれ以上に、教会ということを表す鐘のある部屋まで行く階段どころかその周囲も、人が入れるような状態ではありません。
「……イザヤ様。恐ろしいことを発言してもよろしいでしょうか」
「い、いや、エミリア。止めておこう。もし幽霊が出ても、対処できないし」
青ざめたお顔をしているイザヤ様の言葉を尊重し、それ以上考えることを止めました。
人が入れないのに、あの日なった鐘の音のことは。
「エ、エミリア! 元教会とかなら、地下へ行く道もあるんじゃない!?」
「そうかもしれませんね」
教会の構造は、わたしもよくわかっておりません。
しかし、<∞>とほぼ四桁の幸運値を持つ二人が捜すのです。地下への入口は、すぐに見つかりました。
かつて教壇があったとされる場所の下に、朽ちかけた木の階段があります。そこを下がっていくと、やがて周囲は土となりますが手彫りの荒さはありません。
まるでこの先にあるものを祀るように整えられた洞窟は、確かに人が通っていた気配があります。壁がうっすらと淡い光を発しているように見えるのは、そういった技術でしょうか。
先人の方は、魔王様は神様と同等の力を持っているとわかっていたのかもしれません。
「イザヤ様。右腕の調子はいかがですか」
「ん、なんていうか……奥に向けると、脈打つみたいな感じがある」
「わたしも、右手首に熱を感じます。この先に、魔王様の右腕があるのでしょうね」
イザヤ様と進みます。
そしてようやく、洞窟の最奥に到着しました。そして、その壁の前に地面よりも少し高い位置に魔王様の右腕が置かれています。
「では、行きますよ?」
魔王様は、すでに現世にはいらっしゃいません。
ですので、右腕を破壊することによって恐らく、右手首に着けた腕輪にそのお力が行くと思うのです。
脆くヒビが入っているような気がしました。警戒をしつつ、わたしは右手で触れます。
すると、魔王様の右腕はサラサラと青黒い砂状になり、腕輪に流れていきました。
最後の一粒が腕輪に入ったかと思うと、腕輪から意思のようなものを感じます。それに従い左手を添えると、腕輪が形態変化しました。
まるでそういう道具を嵌めたかのように、右の手首から指先まで青黒くなっています。その部分だけ、魔王様が乗り移ったかのようです。
「……エミリア。右手、大丈夫?」
「はい。痛みはまったくありません。形態変化をしたようなので、もう一度試してみても良いでしょうか」
「うん。お願い」
青黒くなった右手を、イザヤ様の右腕に添えます。そして肩から指先へかけて撫でました。
「どうでしょうか」
「っ! すごい! もう慣れちゃってたから逆に違和感がある!」
興奮したように話すイザヤ様は、ローブの中から右腕を出しました。
腫れていたために窮屈そうだった袖に、余裕があるような気がします。
「良かった。腫れは引いたようですね」
「魔王の力は偉大だね。初めて感謝したよ」
「そうです……はっ。そうです、イザヤ様! こうして右腕を治せたということは、失われた感覚も取り戻せるのではないでしょうか!!」
「なるほど。試してみてもらえるかな」
「かしこまりました!!」
わたしは魔王様の力を顕現させた右手で、イザヤ様の鼻を触ります。
「どう、でしょうか」
「んー……この場所って、今特徴的なにおいってある?」
「え、えーと……」
洞窟の中にいますが、土臭さは感じません。どこかにおいの強いものはないかと捜しますが、この場にはないようです。
「申し訳ありません、イザヤ、様……!?」
振り返るとすぐそこに、イザヤ様がいらっしゃいました。
どうにか事故は避けられましたが、イザヤ様はなぜかわたしの首元にお鼻を近づけています。
「意外と覚えているもんだね。前も、こんな……」
「あ、あの……」
「あっ、ご、ごめんっ!! 出会った頃に嗅いだことがあると、お、思って!!」
イザヤ様は我に返ったのか、ザザッとものすごい勢いでわたしから離れました。
顔が赤いように見えるのは、気のせいでしょうか。
「ごめん!! 気持ち悪かったよね!? もうしない! 二度としないから、嫌わないでほしい!! というか、何でもするから、一緒にいることを許してほしい!!」
「ふふっ。イザヤ様、必死すぎませんか」
「だって!! エミリアと一緒にいたいし!! 嫌われたくないし!!」
これだけ必死になってくださるということは、イザヤ様との将来を夢見ても良いのでしょうか。
「……イザヤ様。すべてのことが終わったら、お伝えしたいことがあります」
「な、何を!?」
「優先順位を決めていきましょう。まず、ギルド長様の捜索。場所を把握してから、お兄様にわたし達の生存報告でしょうか。それから、陛下の所へ行った方が良いでしょうね」
「そ、そうだね!?」
左手をまた右手首へ当てると、顕現していた魔王様の力は腕輪に戻ったようです。
青黒い腕輪だけならば、普段はローブの中に隠れていますし、そこまで警戒されることはないと思います。
陛下と謁見するということは、ドニー様がしたことを報告することになるでしょう。その際、ドニー様のお墓についても相談してみましょうか。
まだ少々落ち着かれていないイザヤ様と一緒に、元教会がある建物から出ました。




