013 お金のお勉強
付き合いたての恋人作戦。
結論からすると、作戦を実行できたと言えるのは、ローブを買うときぐらいでした。
道中でわたしを捜しているような人物はおらず、店に行くまでに誰もわたしの髪を二度見する方はいらっしゃいません。
わたしは有名だと思っていましたが、実はそうでもなかったということでしょうか。
わたしに許可が出ていた交流は、パーティーに参加する方のみ。それはつまり、貴族だけということになります。
であるならば、外に出たことがなかったから知らなかっただけで、以外と波風が立つことなく過ごせるのかもしれません。
わたしはイザヤ様に借金をするという形で、フード付きのローブを買っていただきました。着るのは六才の頃以来ですね。
イザヤ様は贈ると言ってくださいましたが、そこまで甘えてはいけません。
ちなみに、ローブはイザヤ様と同じ黒色で女性ものです。お値段は、銀貨が三枚ほど。
その価値はまだ勉強していないのでわかりません。
顔を隠すことに成功したわたし達は、何食わぬ顔をしてラゴサへ向かっています。
ウォルフォード領内からラゴサへは、馬車で半日ほど。歩く場合は途中で一泊しなければいけません。
乗合馬車という選択肢もありましたが、なるべく人の目につかないように移動するということになりました。
現在は、秋の青空の下、野営ができる場所まで歩いている最中です。
これから冒険者になるのだというワクワク感と、イザヤ様を早く冒険者業に戻して差し上げねばという義務感で燃えています。
「良いお天気ですねぇ……」
「驚くぐらいゆっくりできるねえ……」
イザヤ様は、わたしの歩く速度に合わせてくださいます。
のんびりと歩きながら、流れる雲を見る。なんて贅沢な時間でしょうか。
イザヤ様は何度も、わたしに疲れていないかと聞いてくださいます。
十年間、体力をつけてきました。そのおかげで、野営地まで一度も止まることなく進めたようです。
街道から少しそれた場所で野営すると決まりました。イザヤ様が準備をしてくださいます。わたしはその間、イザヤ様が出してくださった硬貨とにらめっこをしなければいけません。
手伝うよりも、まずお金を見ていてと言われてしまいました。
地面に並べられたお金は、四種類。
事前に説明を受けた名前は、左から白金貨、金貨、銀貨、銅貨です。
大きさは白金貨が一番大きく、銅貨が一番小さい。大きさが、そのままお金の価値になるのでしょう。
わたしが今来ているローブは、銀貨三枚分の価値があります。三番目に価値が高いお金を三枚です。
……今さらですが、服はこのぐらいのお値段なのでしょうか。少々、お高くないですか。
「エミリア。準備できたよ。硬貨を持ってきてもらえるかな」
「かしこまりました」
お金を拾い、イザヤ様の元へ行きます。
イザヤ様は食事の支度もしてくださったようで、赤茶色の板が数枚、お皿の上に置かれていました。
「これは?」
「干し肉しかなくてごめん」
「ほしにく……干した肉ですね? ありがたくいただきます。干し肉はどのようにして食べれば良いでしょうか」
「特に作法はないよ。囓って、引きちぎるだけ」
そう言い、イザヤ様は早速手本を見せてくださいます。干し肉を引きちぎるときのイザヤ様は、どこか野性味の溢れるお姿でした。
白い歯を見せて食べるなんてこと、今まで一度もしたことがありません。
少しドキドキしますが、これも冒険者になるための小さな一歩。挑戦あるのみです。
「んんんっ……」
「エミリア。無理しなくていいよ」
わたしは今、どんな顔をして干し肉を引きちぎろうとしているのでしょう。イザヤ様が慌てたようにお言葉をかけてくださいました。
「冒険者になるのです。これぐらいのこと……」
イザヤ様のように片手で持って挑戦していましたが、この干し肉。なかなか手強い相手のようです。
わたしは両手で干し肉を持ち、ぐっと引っ張りました。
そしてようやく、干し肉を分断することに成功したのです。
口の中に広がるお味。これが、お肉なのですね。
わたしは初めて食べるお肉の味を堪能するため、何度も何度も噛みしめます。
何度も、何度も。
何度も、何度も?
干し肉は手強い相手です。何度噛んでも、まだ口の中にいます。だいぶ柔らかくなってきました。あともう少し。
ゴクンと、干し肉を飲みこんでしまいました。
残念。
もう少し小さくしてから飲みこみたかったです。
次こそは、と、手に残っていた干し肉を食べます。しかしまた、希望の大きさになる前に飲みこんでしまいました。
干し肉。思い通りにはいかない相手です。
「もう一枚食べる?」
「いいえ。一枚で充分です。何度も噛んだからか、お腹が満たされているような気がします」
「それは良かった」
イザヤ様は、ごく当たり前のように一度口に入れると、すぐに干し肉を引きちぎります。
これが、男女の力の差。いいえ、プラチナ級と冒険者になりたがっている人間の差。
精進あるのみですね。
食事が終わり、次はお勉強の時間です。
イザヤ様からご指示をいただき、空になったお皿の横に価値の高い順に並べていきます。
「うん。合ってる。それじゃあ次は、具体的な価値から教えるね」
そう言うと、お皿を片づけたイザヤ様は斜めがけ鞄から小袋を取り出し、複数枚のお金を並べます。
枚数を数えると、白金貨以外は十枚ずつ並んでいるようです。
「銅貨が十枚で銀貨一枚の価値になって?」
「銀貨が十枚で金貨一枚の価値になります!」
「正解。そんな風に十枚で次の硬貨の一枚分になるんだ」
「……ということは、今わたしが着ているローブは銅貨が三十枚分の価値ということになりますね?」
「そうそう。エミリアは理解が早いね」
「それならば、イザヤ様が持っているあの鞄の価値は……」
イザヤ様は、白金貨が五枚分と言っておりました。
と、いうことは。
「銀貨が百枚分!? え、このローブが、えぇと……」
「三十三枚は買える計算になるね」
「こ、高級品ですねっ!?」
「その分の価値はあるけどね。冒険者は、何かと荷物が多くなりがちだから」
「なる、ほど……。とても勉強になりました」
「座学はあくまでも知識。ラゴサに行ったら、お店で実践してみよう」
「うっ……。わたしにもできるでしょうか」
「大丈夫。エミリアの理解力があれば問題ないよ」
「イザヤ様の期待に添えられるよう、頑張ります」
わたしは冒険者になるための気合を入れ直しました。
その後は、イザヤ様に奨められて天幕の中へ入ります。
てっきりイザヤ様も一緒に寝るのだと思いましたが、待てども天幕の中にはわたし一人。
外へ出ると、イザヤ様は天幕の前に座っていました。
「イザヤ様? 寝ないのでしょうか」
「魔獣が出るかもしれないからね。おれが見張っているから、エミリアはゆっくり休んで」
「ですが、それだとイザヤ様が眠れません」
「おれ一人だったら、結界石を置けるんだけどね。その子に影響が出ちゃうでしょ?」
イザヤ様は、わたしの相棒の青黒い蝶にまで配慮してくださいます。
わたしはイザヤ様から学ぶ身。師が起きているのに、眠りこける弟子がどこにいるのでしょう。
「それならば、わたしもイザヤ様と起きています」
「駄目。エミリアは女の子なんだから、しっかりと睡眠を取って」
「師弟の間に、性別なんて関係ありません。むしろ師であるイザヤ様に寝てもらい、弟子であるわたしが起きていないと!」
「でも、エミリアはまだ魔獣に対してどう戦えばいいかわからないでしょ?」
「うっ……それは確かに」
「おれのことは気にしないで寝て良いよ」
「イザヤ様の邪魔にならないよう、お言葉の通り眠らせていただきます……」
「うん。おやすみ、エミリア」
「おやすみなさいませ、イザヤ様」
わたしは後ろ髪を引かれる思いで天幕に戻り、せめて翌日に疲れを残すことのないようしっかりと寝ることにしました。
明日、お昼更新あります。
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