129 ▲三年前の悪夢よりも……▲
三年前と同じように突然現れた、青黒い雲。
今回は、三年前よりもさらに大きく、紫電を伴う危険なものとなっている。
そう、報告を受けた。
前回と違うのは、王都を覆うような木の天井があるということ。これがあるだけで、三年前の悲劇は繰り返さないはず。
「皆様! 王都は崩れませんわ! 落ち着いてください!」
混乱している街に出たソフィアは、民に向けて叫ぶ。
しかしソフィアは連日ゴライアスに抱き潰されていたことで、喉を痛めていた。普段であっても、そこまで通る声ではない。
(わたしは王族なのに、なんて無力なのでしょう……)
落ちこんでいると、すぐ隣でガンッと大きな音がした。
横を見れば、ソフィアの夫であり元勇者のゴライアスが、身の丈ほどの大剣を地面に突き刺したようだ。
「お前ら、話を聞け!!」
張りのある野太い声は、民を萎縮させたものの、ゴライアスの方へ注目を集めた。そしてその注目は、隣にいる華奢なソフィアに移る。
「皆様。どうか落ち着いてください。現在、力のある方々が対処して下さっています。慌てることで怪我をすることもございますので、どうか、どうか落ち着いて行動されてください」
先程よりも小さな声だったが、ソフィアの声は民に届いた。
ソフィアの話を聞いた民達は、それぞれが自分のできる範囲で行動を始める。
ソフィアはずっと、ゴライアスのことがただ怖かった。力も強く、粗暴で、何度も寝室から逃げ出したかった。
しかし、ゴライアスはソフィアを助けてくれている。力のある勇者なのに、ソフィアの傍にいてくれていた。
「あの、ゴライアス様」
「なんだ」
「助かりました。ありがとうございます」
「いや……別に、どうってことはない」
言葉を濁さず真っ直ぐに伝えると、ゴライアスはまるで照れたようにそっぽを向いてしまった。
ゴライアスのそんな一面を見て、こんな親しみやすい相手だったのかと考えを改める。
姫と呼ばれるばかりで名前を呼ばれたことはない。しかしゴライアスとは夫婦だ。
これから、どこかで呼ばれるかもしれない。そうやって、夫婦としての時間を重ねていくのだろう。
そんな風にソフィアが思っていると、上空の一部空いていた穴から複数の魔獣が降りてきた。
直ちに王都内にいた冒険者達が対応にあたるが、その内の数体がソフィア達の元へやってくる。
ゴライアスも大剣を握るが、何度も握り直す。まるで、きちんと握れているかを確かめるように。
戦闘時の躊躇いは非常に危険だ。ゴライアスが素早く動かないと見たソフィアの侍医クラムは、ソフィアを守るように前に立つ。
「姫さま! お守りいたします!」
クラムは、風属性と水属性を持つ魔法使いでもある。二つの属性を組み合わせた複合的な魔法を放つ。
しかし、相手が悪かった。ソフィア達を襲った魔獣は人型魔獣と鳥型魔獣だ。風は打ち消され、水魔法だけ当たる。
複合的な攻撃が当たっていれば、勝てたかもしれない。しかし風を打ち消された水魔法は、決定打にならなかった。
「カッカッ」とまるで笑い声のような声を出すサペリカと、無言のサゴイル。どちらも、苦しそうな顔をしている。
クラムが再び魔法を放とうとしたとき。
「耳を塞げ!!」
ゴライアスが大声で指示を出した。クラムはとっさにその指示に従ったようだ。しかしソフィアは、なぜそうするのかという疑問が先だってしまい、行動が遅れた。
「ソフィア!!」
初めて名前を呼ばれた。そんな感想を持ってしまっていると、ゴライアスが強引に抱きついてくる。
緊急事態に何を、と抗議する間もないまま、耳を塞がれた。
「カッカッカッ……」
独特な鳴き声が聞こえ地響きすら感じた頃、他の冒険者がやってきて魔獣達を倒していった。
ソフィア達の元に来た魔獣達で、侵入した魔獣はすべて討伐されたらしい。
「姫さん、声は聞こえるか。周囲は見えるか。においは、わかるか」
「え、えぇ……何も問題はありませんわ」
「味覚は今はわからないとして、触覚も失っていないか」
「えぇ。わたしは何も……まさか、ゴライアス様は」
「問題ない。姫さんに被害が出てないなら良かった」
そう言うと、ゴライアスは危なげな足取りでソフィアから離れた。
その後。
三年前の悪夢よりも強大な力は、いつの間にか感じなくなっていた。
ソフィアは、目の前で奇跡を見る。
三人の虹色の人、オレンジみのある白い魔獣達が、一人の女性の指示に従って王都を回っていた。
戦禍を被っていた崩れかけの建物が瞬時に直り、怪我をして傷ましそうな顔をしていた民は元気に立ち上がり。
どこにあるのかも把握していない魔塔が崩れたと誰かが言うと、一瞬で姿を消し。
女性と行動を共にするように動く男性は確か、三年前にゴライアスと一緒に魔王軍の魔獣を倒した冒険者だ。
城へ戻る最中も、女性と男性を見た。
まるで何人もいるのではないかと思えるほど、何度も。
東の屋根の上、西の石畳の上。五階建ての建物の階段で見たと思ったら、すぐ横を通り過ぎていった。
女性と男性は、行動する度に民から感謝の言葉を言われている。この行動は、称賛に値するだろう。
ソフィアは王である父にきちんと報告しようと決め、城へ戻った。
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