127 魔王様、降臨。
「あっは! ぼくの仮説は、正しかった!!」
時折ゆらりと揺れるように見えるこのお方は、ここに存在しているのでしょうか。
逞しい体つきをしている殿方の、青黒い長い髪が風になびいています。服はボロボロで、腰元の部分しか服として機能していません。
……この殿方は、あの島で見た方です。
以前見たときのように右腕はないようですが、左手と右足の親指はあるように見えました。
わたしの推測が正しければ、このお方は魔王様。あの島に、封印されているはずです。
「さあ! 今こそ検証の時だ!!」
ドニー様は興奮してわたし達のことが目に入っていないのか、手にしていた白い首輪を魔王様へ投げます。
しかし魔王様と思われる人型が揺れると、その首輪はすり抜け、弧を描いてドニー様の手元へ戻ってきました。
「くっそ! 何でだ!? どうしてすり抜ける!?」
悔しそうに自信の爪を噛むドニー様は、何やらその場で仮説を立て始めたようです。ぶつぶつと言っていますが、早口すぎて聞き取れません。
「わかった! 実体がないんだな!? そうしたら……ああ、くそっ。ここにレタかエミリアがいれば、検証できるのに!」
レタリア様を連れてこようとしたのでしょうか。
ドニー様がその場から動こうとして、わたしを視界の隅に入れたようです。
「エミリア! ちょうど良かった! ぼくの検証に付き合ってよ!」
満面の笑みを浮かべたドニー様は、指を弾く動作をしながらわたし達に近づいてきます。
そのため、安易にドニー様の申し出を拒絶できません。拒絶したら最後。ドニー様によってイザヤ様が殺されてしまいます。
かといって、怪しさしかない検証に付き合うつもりもありません。
どうするべきかと考えていると、魔王様もわたしに近づいてきました。
とっさに、イザヤ様がわたしの前へ立ちます。しかし魔王様は、まるでイザヤ様なんてその辺の葉っぱと同等のように、軽く腕を振っただけで薙ぎ払ってしまいました。
イザヤ様を死なせないため、わたしはすぐに物理的距離を縮めます。そして、<治癒>をかけようとしました。
「っ!?」
突然、息が苦しくなりました。
まるで体の内側からあふれ出る魔力に反発するように、体が熱くなっています。少しでもその熱を放出しようと、四つん這いになって息を吐きました。
こんなときこそ、イザヤ様に教えていただいた血流操作では。
そう思った瞬間から、全身の血流を体内の熱を抑えるために操作します。
ようやく体内の熱を下げられたかと思った瞬間、左手首につけていた冒険者証がパキンと割れました。
しかしそれと同時に、わたしの中で不思議な力があふれてきます。まるで偉大なる力を得たかのような、そんな万能感。
すっと立ち上がると、あのドニー様が腰を抜かしました。
「エミリア……?」
イザヤ様が、意識を取り戻したようです。意識を取り戻したのなら、もう大丈夫。
わたしはイザヤ様を背に守りながら、ドニー様を見ました。
そして、指輪やアロイカフスに入っているすべての友獣方を呼び出します。ずっとメタン湿地に待機してくれていた、ファラも参戦してくれました。
「滅せよ」
わたしが発言したはずなのに、わたしではない誰かが発音したかのように、声が重なって聞こえました。
そんな不思議な音に乗せられた指示を受けた友獣方が、ドニー様に襲いかかります。
9900万のステータスを持ったファラ、ペリカ、メシュ。それに、他の友獣方。
わたしの指示を受けた友獣方の攻撃を、ドニー様が防げるわけがありません。
ドニー様が持っていた白い首輪も一瞬で丸焦げとなり、灰となって風に飛ばされていきました。
その光景を見ると、急に体の力が抜けます。
「エミリア!!」
がくんっと頽れそうになったところを、イザヤ様が抱き留めてくださいました。
わたしは<∞>のステータス値で、絶対に体調不良にならないはずなのに、体が熱いです。熱のせいで、視界がぼんやりとしてきました。
「エミリア! エミリア!!」
イザヤ様が、ルーガに<治癒>をするように言っているような気がしました。
ダメですよ、イザヤ様。
テイマーでないと、ルーガに指示を出せません。
「エミリア! 駄目だ! 目を開けて!!」
目を閉じようとしたとき、青黒い靄が東の方へ飛んでいくのが見えました。




