126 王都を覆う巨大な次元の裂け目。
紫電を伴った青黒い雲は、むくむくと大きくなっています。
王都の方へ雷が落ちると、さらに大きくなったような気がしました。
「イザヤ様っ! このままでは、落雷による火災が発生してしまいます!」
「でも、木の要塞を解いたら、もっと王都に被害が出ちゃうかもしれない」
「どうしましょう!? 出した後は普通の木なので、雷耐性なんてありません!」
イザヤ様と相談している間にも、青黒い雲はさらにむくむくと大きさを増しています。
まるで夏の雲のように高さが出ている青黒い雲は、その高度を徐々に下げてきているような気がしました。
カッと紫の稲妻が落ちたかと思うと、青黒い雲から魔獣が降り始めます。
圧倒的な数の魔獣が王都へ降り注ぐ様子は、まるで悪夢を見ているかのようでした。
もし、今。
イザヤ様との間に物理的な制限がなければ。
友獣型のお力を借りて、あの場の魔獣を一掃できるというのに。
「イザヤ様。三年前は、どのように戦ったのでしょうか」
「前は規模が小さくて、出てくる魔獣を全て倒せたんだ。でも、今回は……」
「あっ!!」
イザヤ様と話していると、青黒い雲が一瞬晴れました。風魔法を使っている方がいらっしゃるのでしょうか。
その時機は、多くの魔獣方が討伐されているように思います。
「皆様、戦っておられるのですね。わたし達は、何ができるでしょう」
「ねえ、エミリア。<発育>ってさ、重ねがけはできないのかな」
「と、いうと?」
「王都は今、エミリアのスキルで天然の要塞ができているでしょ? 材料は、木。火属性の攻撃や雷が落ちたら燃えちゃう。でも、エミリアが重ねがけできたら、材料は木でも頑丈にできるんじゃないかな? ルコとか他の街で、エミリアが<修繕>をかけたからなのか、頑丈になっていたじゃない?」
「イザヤ様もそう思っていらしたんですね!」
一度<修繕>をかけたことで、建物が頑丈になっていたとしたら。王都の入口は、このまま守られるはず。
問題は、どこから重ねがけをするかです。
天然の要塞の中心からできれば良いですが、そこからだと全体を把握しきれません。
全体を視野に収められるようにしなければ、脆い部分から崩壊してしまいます。
「っ! イザヤ様! 鞄の中から、できるだけ多くの布を出してもらえますか!」
「布? わかった」
イザヤ様は疑問に思いつつ、斜めがけ鞄から多くの服やら天幕やらを出してくださいました。
ドニー様の術が発動しない範囲で、なるべく広範囲の地面を覆うように並べてもらいます。天幕は組み立てず、大きな布として扱いました。
そして天幕の下に潜り込み、左の中指を二度触ります。
ルパが出てきました。
「ルパ。木に育つ種がないかどうか、地中を<宝検知>してください」
<是>
わたしの指示を受けたルパは、広げられた布の下を探ります。
<幸運>が作用したようです。ルパが見つけたと教えに来てくれました。
ルパの先導の元、その種が埋まっている場所まで行きます。
ルパを指輪に戻し、上の布と周囲の布をイザヤ様に回収してもらいました。
立ち上がり、周囲を窺います。
王都の入口から、少し南に行った場所のようでした。
わたしはその地面に向かって、<発育>をかけます。
「イザヤ様! 一気にいきますので、わたしに掴まってください!」
「わかった!」
地面に膝をついていたわたしを抱き込むように、イザヤ様に抱きつかれます。
思わずビクッとしてしまいましたが、すぐに切り替えました。今は、最大の有事を乗り越えなければいけません。
<発育>をかけた地面には、すぐにぴょこんっと双葉が生えました。
かと思うと、すぐに成長していきます。わたし達が二人乗っても折れないような、大樹になりました。
わたしは<発育>を重ねがけします。すると一回り大きくなったらしい大樹が、ぐっと上に伸びました。
何度か重ねがけすると、王都全体を見渡せるほどまで伸び、天然の要塞と枝先が繋がります。
見渡せるようになると、また青黒い雲が晴れたような気がしました。
しかし先程と違うのは、晴れたと思った青黒い雲が、まるで周囲の雲を集めるように渦を巻き始めたことです。
このままでは、巨大な青黒い竜巻が王都を襲うことになってしまいます。
「<発育>!」
スキルを使いました。ですが広範囲すぎて、すぐにその効果がわかりません。
そのため、わたしは何度も<発育>を使います。
「っ!?」
<発育>の重ねがけの効果が出たのでしょうか。
一瞬、足場としている木の葉が揺れ、すべてなくなりました。かと思うとすぐに、伸びた枝同士で絡むようにがっしりとした枝組みの床が現れ、それを覆うように葉が茂ります。
ぎゅっと圧縮されたのでしょうか。葉が茂る前の木の色が、不透明な黒になったように見えました。濃褐色になったとも思えます。
枝組みの床の先。青黒い竜巻の足先の方に、魔獣方があふれていました。
イザヤ様と進み、普通の地面と何ら変わりない木の上を走ります。
大量の魔獣方を討伐しながら中央に近づいていくと、薄い緑色のような膜が見えてきました。そこに、誰かいらっしゃるのでしょうか。
疑問に思っていると、その膜の中から周囲に風魔法が放たれました。
膜の周辺にいた魔獣方が、一掃されます。
「イザヤ様っ!」
枝組みの床の上にある、緑の膜。そしてその膜から放たれる、圧倒的な風魔法。
わたしはとっさに、イザヤ様の前に立って庇いました。
風魔法は、わたしを起点に二股に分かれて飛んでいきます。
「エミリア、ありがとう」
「いいえ、お気になさらず」
わたしはすぐに、<気配探知:対空気中>を発動して確認しました。解除のし忘れがないように、すぐに発動を終了させます。
「……この先に、ドニー様がいらっしゃるようです」
現場の状況。そして確認した、ドニー様の魔方陣。
ドニー様の足下には、複雑な絡み方をした枝組みの床がありました。
<発育>が届く前は、もしかしたらそこに大きな穴が開いていたのかもしれません。ドニー様の魔法で足場を作っていたのでしょうか。
ドニー様の魔法に巻きこまれないよう慎重に近づいていくと、ドニー様の狂喜じみたお顔がわかるようになってきました。
その手には、白い首輪があります。
「さあ! さあ! そろそろ来るはず!!」
何が来るというのでしょうか。
ドニー様は興奮したように空を見上げながら叫ぶと、また風魔法を放ちました。
イザヤ様を守りつつさらに近づくと、王都を覆うほどの巨大な竜巻が、その足先の方へ凝縮していきます。
「えっ!?」
「ようやく来たみたいだね!!」
わたしの驚きと、ドニー様の興奮された声が重なります。
巨大な竜巻が凝縮されてできたのは、見覚えのある人型でした。




