122 ルコの実験場。
ルコへ入ったわたし達は、真っ先に埠頭を目指します。ですが街中でイザヤ様に背負ってもらうわけにはいきません。
お互いに被害が出ない距離を保ちながら、埠頭へ急ぎます。
現在、ルコでは復興がすでに終わっているようです。わたしが<修繕>をかけたことで、街の防御力のようなものが上がっているのでしょうか。
「エミーちゃんとイザヤくんじゃないか! 良かったね、再会できたんだ」
冒険者ギルドに併設されている食堂の女将コノル様のご子息、ソトム様と遭遇してしまいました。
いえ、<気配消散>時に見てはいますし、時機が違えばお話を弾ませたいのですが。
今は、ルコに仕掛けられていると思われるドニー様の術を解かなければいけません。
長引かせるわけにはいかない、と思っていると、イザヤ様が急に背後から抱きついてきました。
「こういうことだから」
「おー! 良かったな、イザヤくん」
ソトム様は爽やかな笑顔を浮かべ、離れていきます。<気配消散>でお姿を拝見したときも、イザヤ様と親しくしているように見えました。
最初の次元の裂け目発生後、落日の余映を見たときに言われた言葉は、ソトム様のご冗談だったようです。
ソトム様の姿が見えなくなると、イザヤ様はすぐにわたしから離れ、直角に腰を曲げました。
「急に抱きついてごめん!!」
「い、いいえ。お気になさらず。こ、「恋人」ということですよね?」
「そう。恋人であれば、二人きりにしてもらえるかなって思って」
イザヤ様が仰っているのは、「恋人」なのか、それとも本当の恋人なのか。どちらでしょうか。
たぶん、きっと、恐らく、わたしとイザヤ様は両想いのはず。その確認をするために告白したいですが、今はそのときではありませんね。
「イザヤ様。埠頭へ行きましょう」
頷かれたイザヤ様と一緒に、亀型友獣をテイムした小さな埠頭まで行きます。
ルコの街の道幅は以前と変わりませんが、白い首輪をつけているサタルーガはいません。 白い首輪はドニー様が作り出しているかもしれないと考えると、使役される魔獣方は少ない方が良いです。
埠頭に着いてから、<気配探知:対空気中>を発動しました。
周囲を窺いましたが、特に術の気配はありません。
予測を違えてしまったのかと思っていると、埠頭から見ると右、東の方に、何かしらの反応がありました。
イザヤ様にも伝え、そちらへ向かいます。
進んでいくと、ルコの街の東境が見えてきました。これ以上先は、崖があるのみ。
崖、ということですぐに思い立ちます。
すでに死にかけている蟹型魔獣が、崖の下から登ってきたと。
この先に、絶対に何かある。
そんな確信を持って注意深く観察していると、東境の壁の下から魔力を感じました。
「イザヤ様。この、壁の下のようです」
「壁の下か……今日はもう遅いし、今は冬だ。明るくなってからまた調査をしよう」
「今の内に、どうにか調べられないでしょうか」
「そうしたいのは山々だけど、暗いと何があるのかわからない。ドニーさんの術を、甘く見ちゃいけない」
「そう、ですね……。明るい日差しの元で、また調べましょう」
イザヤ様の意見を受け入れ、<気配探知:対空気中>を解除し、わたし達はルコの宿を捜します。
翌日。
しっかりと七時間の睡眠を取るようにしたわたし達は、昨晩見つけた東境の壁の前に行きました。
明るい日差しの元で見ると、昨晩はわからなかったことが見えてきます。
東境の壁。崖からの落石防止も兼ねているのか、そこそこ高いです。ですが、手をかけられそうな窪みも見えました。
ドニー様は風属性を持っていますから、わざわざ街に来てここを越えないでしょう。ですので天然の腐食だと思いますが、わたし達にとっては幸運でした。
窪みに手をかけ、壁を越えます。
壁の反対側に降りると、そこには波に浸食されたと思われる洞窟がありました。ルコとの境も、浸食されたのかもしれません。
イザヤ様と一緒に、奥へ進みます。
ピチャン、ピチャンと、時折水が垂れる音がしました。ここはただの洞窟なのかも。そう思っていると、人工物を発見しました。
洞窟からさらに東へ進める、鉄の扉を。ところどころ錆びているようですが、場所から考えると腐食が進んでいません。
<気配探知:対空気中>を発動します。もう見慣れてしまった、ドニー様の魔方陣を発見しました。
扉全体と、取っ手に施されている魔方陣を壊し、鉄の扉に手をかけます。
「待って。おれが先に行くよ。エミリアは、戦える子を準備して」
「かしこまりました」
イザヤ様が愛剣に手を添え、中の様子を伺っています。
わたしは狭い場所でも機動力がありそうな、蛇型友獣、猫型友獣、それに犬型友獣を出しました。
後衛から援護ができるよう、<気配探知:対空気中>を発動したままイザヤ様の後に続きます。
ギギギッと軋むような音がした扉を開けると、その先には実験場のような場所がありました。
広大な空間の中に、その床面を占めるような魔方陣。
大きくくり抜かれた、海と繋がる出口。
空間の端には机があり、岩壁には棚もあるようです。その棚には、見覚えのある白い首輪がありました。
魔方陣がやけにはっきり見えると感じるのは、床面が紫に変色しているからでしょうか。
「……たぶん、ドニーさんはここでどれだけ魔獣を傷つけたら瀕死になるか調べていたのだと思う。一撃で討伐できればそのまま消えるだけだけど、刃物で傷つけると、魔獣は紫の血を出すんだ」
「なんて酷いことを。魔獣とはいえ、生きているのです。確かに、魔獣は暴れることもあります。ですが、命を弄んで良い理由にはなりません」
「エミリア。この場所がまた使われないように、徹底的にドニーさんの術があるところを壊して」
「かしこまりました」
<気配探知:対空気中>は発動したままでしたので、イザヤ様からの依頼は即座に達成できました。
魔獣を使役する白い首輪も、ここにある限りはすべて破壊します。これで、ドニー様の野望を少しでも阻止できれば良いのですが。
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「ごふっ」
アラバス王国内に仕掛けた罠を次々と発動させ、計画のために動いていた矢先のこと。魔塔にある竜舎でサラーゴに魔力を注いでいる時、ドニーは急に吐血した。
白い首輪をつけているサラーゴが、ドニーを心配するかのように窺っている。
(何が起きたんだ!?)
ドニーは健康体である。突然吐血をするようなことなど、ありえない。
例えば、各地に仕掛けた罠が強制的に解除されない限りは。
エミリア達が動いていることを把握していないドニーは、現状を知った。もう、魔塔からルコの実験場へ魔獣を送れない。
(あっは。エミリアってば、本当に困った子だ。殺してしまうのは惜しい存在だよ)
できれば、エミリアで様々な実験をしたい。しかしそれにはイザヤが邪魔で、最近は副魔術師長の小言も増えた。
手に入れられない玩具は、壊してしまえば良い。いや、壊さないといけない。余計な邪魔が入る前に。
(各地の魔方陣が破られたってことは、もう次元の裂け目を利用できないか……)
サラーゴに注ぐ魔力は、まだ足りない。成竜にならないと、魔王の元へは行けないのだ。
まだ、時間はあると思っていた。しかし、ドニーの予測よりも遥かに早く、エミリアが自分の力を使いこなしている。
イザヤと離れられないようにして、行動に枷を与えているのに。
「仕掛けておいて良かった、か……」
ドニーは自分の野望を叶えるため、リンウッド辺境伯領へ行った。
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