120 スカディの汚染源
地下への入口は、内部からしか開けられないようになっているようです。
改めて自己紹介し合いまして、スカディのギルド長様のお名前はオービ様だとわかりました。オービ様はくるくるとした髪が特徴的な、水属性持ちの方ですね。
話をしようとしたらオービ様がやたらとへりくだってわたしよりも低い姿勢を取ろうとしましたので、三人が地面に座る形を取っています。
「オービ様。あれから魔獣方の発生頻度はどうでしょうか」
「相変わらずです。一度大きな音がしてからは何となく気配は薄れましたが」
「オービ様は、メタン湿地の状況をご存じでしょうか」
「ここと同じように、無限に魔獣が湧くところですよね」
「一応、その場所の原因を排除できました」
「おお! さすがは神です!」
キラキラとした目を向けられ、まるで崇拝されるように拝まれ、わたしは居心地が悪くなります。
「オービ様。わたしは神様ではありません」
「わ、わかりました! 崇拝されるのはお好みではないということですね。では真名ではなく、エミー様と呼ばせていただきます」
「……えぇと、それでメタン湿地のことなのですが、そこに汚染源と思われるものがありました。スカディは魔獣の湧き方がメタン湿地と似ています。なので、この場所にも汚染源があり、それが原因で無限に湧いてくると考えています」
「なるほど! エミー様のご慧眼、感服するばかりです」
「……それで、概ねの場所を特定しました。地面を掘り進める、道具はあるでしょうか」
オービ様はわたしの話を聞くと、地下にある貯蔵庫らしき扉を開けます。そしてすぐにスコップを一つ持ってきてくださいます。
そのスコップを、躊躇なくイザヤ様に渡しました。
「エミー様。特定された場所はどこか示してください。僕の水魔法で土壁を柔らかくします」
「それでは、オービ様が疲れてしまいますので……」
「いいえ! やらせてください!」
やる気に満ちあふれているオービ様を、頼ることにしました。
イザヤ様と一緒に穴を掘り進めます。
途中、イザヤ様と交代やオービ様の休憩を提案しましたが、オービ様に却下されてしまいます。
そして二言目には、わたしが出るまでもないと一蹴されてしまいました。
わたしだけが楽をしていることに罪悪感がありましたが、イザヤ様もオービ様の意見に賛同しています。
お二人に感謝しつつ、感染源があると思われる方向に掘り進みました。
「はぐあっ!」
「オービ様!?」
ある程度進んだところで、オービ様が急に喉元を抑えました。そして口の端から泡を出し、気絶してしまいます。
「イザヤ様は平気でしょうか」
「問題ないけど、ちょっと右足の親指に違和感があるかな。エミリアは?」
「わたしは、何も」
「一旦、掘り進めるのは止めよう。オービさんを安全な距離まで運ばなきゃ」
「そうですね」
イザヤ様がオービ様の腕を取って肩にかけ、掘り進めた場所から離れます。
地下への入口がある鉄の扉の下辺りまで戻りました。
オービ様の人格に影響してしまうかもしれませんので、オービ様を横にしてもらった場所から離れて<治癒>をかけます。
これで、そのうちオービ様も目を覚ますでしょう。
「イザヤ様。親指の違和感というのはどういうものでしょうか」
「んーなんていうか……右足の親指のつけ根だけが、ぎゅうっと搾られているみたいな」
「え゛。それはかなり痛くないでしょうか」
「うーん……痛くは、ないんだよね。本当に違和感だけっていうか……あ、そうだ。この妙な違和感。初めてじゃないなって思ったけど、右腕の時とそっくりだ!」
「右腕というと……ウォルフォード領内の魔の森でしょうか」
「そう。そこの、建物で感じた違和感と一緒だ!」
魔の森での出来事。
サフンギという茸の魔獣が大量発生し、逃げこんだ先の元教会だった建物は、玄関先以上にはわたししか行けないという場所でした。
あのときと同じ違和感ということは、あのときと同じようにイザヤ様にだけ影響がでてしまうということです。
「イザヤ様が違和感だけで、オービ様が気絶する。この、違いは」
「たぶん、ステータス値じゃないかな。エミリアとドニーさん以外で、ステータス値は負ける気がしないから」
「なるほど。ヨークボ様の人格改変と、イザヤ様の復活。それもステータス値という予測を立てていましたからね」
ステータス値が元々高くないとダメなのか、それとも後からステータス値を上げても人格の復活が成るのか。
それはそれで検証してみたら今後の参考になると思いますが、今はスカディの汚染源についてです。
「魔の森のときのようなことがあれば、またイザヤ様だけ動きづらくなってしまいます。右足の親指ということであれば、何かと負荷がかかるところですよね? そこが右腕のように腫れてしまうと、イザヤ様が冒険者を引退しないといけなくなってしまうかもしれません」
「それは困るな。まだ、人々を苦しめる魔獣を管轄している、魔王を倒してない」
イザヤ様のお話を聞いていたとき、ふと疑問に思ったことがありました。
「イザヤ様。以前のメタン沼や、スカディや魔の森には汚染源があるから魔獣方が湧くのだと思います。ですが、他はなぜ湧くのでしょうか」
「確かに、謎だよね。養獣場に関しては、白い首輪の影響で動物的繁殖をしていると思うけど、そもそもどうやって発生しているんだろうね」
「ルパは畑を作ってくださいますが、なぜルパが耕すと野菜系の魔獣方が出てくるのでしょうか」
「もしかして、発生原理は同じ……?」
レタリア様という存在がありますが、あのお方は特殊です。大量に発生させたとしても、各地での魔獣発生に関われないでしょう。
発生源があると思われるのは、魔の森とスカディ。そして発生源を除去した、メタン沼。
三箇所の内二箇所が西寄りにありますが、魔の森は北東。
ウォルフォードから近い街はラゴサ。他に東にある街は、燃えてしまったアンシアだけです。
そう考えると全体的に西寄りに街があり、そこで魔獣方が発生していると思われます。
アンシア出身の冒険者の方もいますが、あくまでも故郷という感じでしょう。
「メタン沼は深い水の底にありました。そしてスカディも、地下。恐らく魔の森の汚染源も地下にあると思いますが……すべて、地上よりも下にあるのではないかと」
「汚染源がある箇所は無限に魔獣が湧き、それ以外のところは浸出している……って感じなのかな」
右腕、右足の親指。そして、メタン沼で見えたのは人の手のようなもの。
それが左手だったと考えると、その組み合わせには覚えがあります。
「……イザヤ様。以前訪れた島で、魔王様と思われる方が封印されているとお話しましたよね?」
「うん」
「そこで目撃された方の喪失部位が、汚染源で生じる違和感の部位と一致しているのです」
「えっ!? それなら、ここにあるのは魔王の右足の親指ってこと!?」
魔王様と思われる方は、封印されていました。
魔王様といえば、強大な力を持つお方。魔獣を管轄しているということは、膨大な魔力を持っているでしょう。
そんな方の封印。一筋縄ではいかないと思うのです。体の一部を他の場所に持っていくことで、あの地で封印できたのではないでしょうか。
「……なぜアラバス王国が選ばれたのかはわかりませんが、ラエビア聖国とは地続きです。隣国のフスラン帝国よりもさらにその先の国へ、と思ったのではないでしょうか」
「当時の人が何を思ってそうしたのかはわからないけど、確かにそれなら理由ができる」
「魔の森で発生する魔獣が、サフンギだけなのはもしかしたら……上に、元とはいえ教会があるからではないでしょうか」
「教会といえば、神様の領域。なるほど、魔王とは反対の性質の神様の建物だからこそ、弱いサフンギだけが大量発生しているのか」
仮説は立ちました。
しかし、イザヤ様に影響が出てしまう以上、このまま調査はできません。
「イザヤ様。ドニー様の術を解かないと、わたしだけで対処ができません。メタン沼のように見通せませんので、ここは一度退きましょう。壁は修繕しましたしドニー様の術は破っていますので、ひとまずは問題ないはずです」
「そうだね。王都の門にも、ここの壁にもドニーさんの仕掛けがあった。もしかしたら何度も次元の裂け目が発生している街にも、仕掛けられているかもしれない。それを解きに行こう」
イザヤ様と相談して結論を出しました。
掘り進めた穴は、<修繕>をかけて戻しておきます。
まだオービ様は意識を取り戻していないようでしたが、呼吸を確認し、問題ないと判断しました。
地下道を進み、スカディからビリアへ向かいます。




