012 追跡の有無を確認するために
「イザヤ様。外套はございますか」
「外套? どうしてまた?」
「あるならば、着てもらえないでしょうか」
「うん? わかった」
わたしからの提案を受けたイザヤ様は、天幕に置いていた斜めがけの鞄の中から外套を取り出しました。
イザヤ様の黒い外套は、フードがついておらず、膝ぐらいまで丈があります。体にぴったりと合っていてあまり余裕はないように見えますが、必要な時間は一瞬です。
恐らく、大丈夫なはず。
「エミリア? 着たけど??」
「では、失礼します」
「何をおおおん!?」
イザヤ様は驚かれるときに、面白い声を出されますね。
わたしはイザヤ様の外套の中に入り、すぐに出ました。
「完璧です。この作戦で行きましょう」
「ええと?? エミリア、説明してもらえるとありがたいんだけど……」
「題して、『付き合いたての恋人』作戦です!」
「ちょ、えっ? 待って。理解が追いつかない。どういうこと??」
「つまりですね、それらしい人物が見えたときに、わたしがイザヤ様の外套の中に隠れればいいと思うのです!」
「いや、いやいや!? ちょっと待って!? 他に方法はないかな!?」
イザヤ様は右を見たり左を見たりして落ち着きません。お顔も赤いように思えます。
きっと、イザヤ様は簡単に女性と密着するような殿方ではないのですね。
「申し訳ありません、イザヤ様。先に何をするのか伝えてから行動すべきでしたね」
「いや、それもそうなんだけど……えっと、そもそも、作戦名みたいなことにはならないと思うんだけど??」
「では、実践してみましょう。あ、奧から来るお方はどこかで見たようなー」
わたしはイザヤ様の外套の中に隠れます。
「イザヤ様、今です! 恋人役であるわたしを他の誰にも見せないような嫉妬深さを出し、外套の上からわたしを抱きしめてください!」
「いや、無理!! 恥ずかしすぎる!!」
「イザヤ様、人間はどんな状況でも慣れることができる生き物です! 練習あるのみです!」
「そ、そんなこと言っても……」
わたしは外套の中から、イザヤ様を見ます。目が合ったイザヤ様は、バッとお顔をそらしてしまいました。
「良いですね、イザヤ様! 初々しい感じが出ていますよ!」
イザヤ様のやる気を引き出すため応援してみましたが、失敗です。
イザヤ様はわたしから離れると、頭を抱えてしゃがみこんでしまいました。
「名案だと思ったのですが……ダメでしょうか。この行動ができれば、ウォルフォード領内で買い物をするときにも利用できると思ったのですが」
わたしはやはり、常識が欠如していますね。
イザヤ様のようなお優しい方は、連れ添う相手がいてもおかしくはないの、に?
わたしは重大なことに気がつきました。
イザヤ様の元へ行きます。
「申し訳ありません、イザヤ様。イザヤ様の帰りを待つ方がいらっしゃいますよね!? その方からしたらイザヤ様の不貞を誘うようなもの。家庭崩壊をさせたいわけではないので、別の作戦を考えましょう」
「……いや、それは別に問題ない。というか、誰とも付き合っていないから気にしなくて良いよ」
「それは良かったです。悪女にならなくて済みました。しかしそうだとしても、他の作戦を考えないといけないですね。イザヤ様は、どうすれば良いと思いますか」
問いを投げると、イザヤ様は気合を入れるように自分の両頬を叩きました。少し痛そうな音です。
「イザヤ様? どうされましたか」
「わかった! エミリアが言う作戦を実行しよう」
「ありがとうございます! ですが、ご無理をしてはいませんか」
「ん、それは大丈夫。おれ自身の気合の問題だから」
「気合??」
何やらよくわかりませんが、作戦を実行できるようです。
わたし達は天幕など野営した現場を片づけます。イザヤ様が持つ斜めがけの鞄の中に、次々と物が吸い込まれていきました。
「これは、魔法の鞄ですか」
「そんなようなものだね。無制限じゃないけど、ある程度の物は入るかな」
「すごい……冒険者、という感じがしますね」
「とは言っても、そんなすぐには持てないけどね。ゴールド級に上がったとき、自分へのお祝いに買ったんだ」
「ちなみに、おいくらですか」
「白金貨五枚分」
「しろきんか……?」
「ウォルフォード家でも見たことないかな。一番価値の高い硬貨だよ」
「こうか……?」
イザヤ様に教えてもらっても、ぱっと思いつきません。
首を傾げているわたしを見たイザヤ様が、驚愕というようなお顔をされます。
「もしかして、お金がわからない?」
「あぁ! 『こうか』とは、お金のことなのですね!」
「え……まさかとは思うけど、買い物をしたことがない?」
「そうですね。そもそも本邸の敷地から出たのは裏の林ぐらいですし、六才の祝福の後はより厳しくなりましたし」
「……そうか。エミリアはウォルフォード家のお嬢様だし、買い物は全て商人が家に来るんだ。それで硬貨のやり取りがないまま、買い物をするんだね?」
「エレノラはそうだったのではないでしょうか。わたしはそもそも、そう言った機会に恵まれませんでしたから」
イザヤ様が、優しげな表情をされます。
「でも、ちょっと待って。宿屋に泊まっていたよね? そのときはさすがに、見ているんじゃない?」
「ウォルフォード家に請求してくれとお父様が言っていました」
「なる、ほど……。確かにお嬢様だとそういうものかもしれない」
「これからは、お金を知らないままではいけませんよね。イザヤ様。わたしに『こうか』のことをご教授ください」
「うん……それは最初に教えるよ」
「ありがとうございます」
こうしてわたし達は、ウォルフォード領内から脱出するために動き出しました。
本日、もう一つ更新します。




