110 公開処刑。
翌朝。
「イザヤ君、エミリア。おっはよー! 聞いたよ? 君達、恋人同士になったんだって? ぼくってば、恋のキューピッドじゃん!」
上機嫌すぎるドニー様が、朝からお兄様の屋敷に押しかけてきました。
もはや、ドニー様がわたし達の情報を把握していることに驚きません。
「……ドニー様。何かご用でしょうか」
「ご用も何も、二人を特等席へ連れて行ってあげようと思って!」
「特等席?」
「そう! 公開処刑の様子がよく見える場所に、ね?」
にーっこりと笑うドニー様は、すべてのことが思い通りになると信じて疑わないのでしょう。
わたし達も、朝早くに起きて相談をしましたが、救出方法は見つけられていません。このまま、ドニー様の思惑通りに進んでしまうのでしょうか。
「ドニー様は、なぜギルド長様を……」
「え? あいつは餌だよ?」
「餌って……ギルド長様が、ドニー様に何をしたのでしょうか」
「いやー、本当はエミリアだけ欲しかったんだけどね? エミリアを得るためにはイザヤ君をなんとかしないといけない。でもイザヤ君ってば、ちゃんと強いからさ。だったら、って思ったんだ」
「そんな理由で……」
「いやー。ぼくは運が良いね! 冤罪でも何でも良かったんだけど、一応、ちゃんとした罪もあって」
あっけらかんと言ってのけるドニー様は、本当に手に負えません。
ステータス値としては、<∞>のわたしが有利でしょう。ですがドニー様は、それを上回る技術を持っています。しっかりと対策をしなければ、何も抵抗できません。
「じゃあ、行こうか! ぼくの名前で観覧席を予約してあるから、処刑の場所がよく見えるよ!」
公開処刑とはいえ、観覧席があるとは。
以前ドニー様から、子供の頃にも公開処刑を見たことがあると伺いました。そのときは、もしかしたら遠くの方から見たのかもしれません。
よく見えなかったから、魔法に傾倒したのではと考えました。そうでなければ、元々人間性に難ありのような人だということになってしまいます。
まるで子供のように無邪気なドニー様を擁護するわけではありませんが、そう思いたいです。
「恋人同士になったんだから、二人は手を繋いでついてきて!」
ドニー様から出された注文に応えつつ、わたしとイザヤ様はドニー様が準備されたらしい馬車に乗り込みました。
そして、公開処刑の会場だという城内の鍛錬場へ行きます。
昨日お城の中を案内されましたが、デートという名目でした。処刑場の案内などしないでしょう。
もし昨日の内に場所を把握していれば、何かできたかもしれません。そう思うと、歯がゆいばかりです。
ドニー様に案内された場所は、鍛錬場に特別に設置された観覧席。処刑場の正面に当たる部分です。
最上段には王族の方々の席ということでしたが、誰もいらっしゃいません。
一段目の席も、わたし達だけです。
公開処刑は公開ですので、一般の方々もいらっしゃいます。その方々は、処刑場の周囲を囲むように盛り上がっていました。
こう言ってはなんですが、なぜ人が死ぬというのに盛り上がれるのでしょうか。生死に関わることを、娯楽だと思っているのでしょうか。
観客の方々の反応に憤っていると、どっと会場が沸きました。
両手を縄で拘束されているギルド長様が、兵士の方々に連れられてきます。胸元にはカメオが見えました。シャミー様が仰っていた物でしょうか。
処刑される、ということで、特別に装飾品が許可されたのかもしれません。
「っ……」
ひび割れた眼鏡をかけたギルド長様が、わたし達を発見しました。まるでわたし達を安心させるかのように見せてくださった笑顔に、胸が苦しくなります。
ギルド長様は、やはりお優しい。ご自分の命が終わる瞬間まで、年下のわたし達に心配かけまいと振る舞ってくださいます。
ギルド長様の処刑は、断頭台で行われてしまうようです。もしかしたら、鍛錬場が選ばれた理由なのかもしれません。
断頭台で処刑が実行されれば、少なくない血が流れます。鍛錬場であれば、すべての血を洗浄できなくても問題ないのかもしれません。
結局、何もできないままギルド長様の死を見送るしかないようです。
自然と、イザヤ様と繋いでいた手に力が入ってしまいました。イザヤ様も、そんなわたしの手を握り返してくださいます。
ギルド長様が断頭台に上がり、その時を待たなければいけません。なんて、つらい時間なのでしょうか。
「っ……」
ダンッと、刃が落とされた音がしました。
わたしはギュッと目を瞑って顔をそらしてしまいます。
ですが、どうにもおかしいです。処刑が済んだと思われる瞬間から、違うざわめきがしています。
恐る恐る目を開けると、断頭台の上には何もありませんでした。
そう。
ギルド長様の両断されたお体も、血だまりもなかったのです。
まるで、ギルド長様が一瞬でどこかへ消えてしまったかのように。
呆然とするのは、わたしだけではありません。イザヤ様も、ドニー様も、その他の方々も。
誰も彼もが、突然消えたギルド長様を不思議に思っていました。




