103 街の恋人
イザヤ様と手を繋いで王都の中心街へ行くと、街は活気であふれていました。
新年が明けてそれぞれのお仕事が始まっていますが、ウォルフォードのように新年の行事があるのかもしれません。
お城が見える噴水広場には、様々な屋台が出ています。そこかしこから聞こえるのは、お客様を呼ぶ店員様のお声。そして漂う、食欲を刺激するような香り。
「賑わっていますね」
「そうだね。午前中しかないから、観察させてもらう人達を決めようか」
「そうしましょう」
観察されて喜ぶような方はいません。ですので、こっそりと横目に見るような感じで、恋人らしい恋人様方を捜します。
目についたのは、ローブで体を隠している男女のお二人。顔は出している状態ですが、そこはかとなく気品を感じられます。
ここは王都。もしかしたら貴族のお忍びデートかもしれません。
……エレノラ?
男女の内の、女性に既視感がありました。
しかしエレノラのように秋の空のような鮮やかな青い髪ではなく、炎のような赤い髪をしています。
それに、もしエレノラだとしたらありえない特徴に目が行きます。胸元の大きさが、とても自然に見えるのです。
もしあの女性がエレノラだとしたら、胸元に不自然なシワがあると思います。
もしかしたらエレノラかもしれない。そう思ったとき、お連れの殿方もボルハ様に似ているような気がしてきます。
ボルハ様は金髪と茶色い瞳をお持ちのお方。その色味が逆になっているだけで、本人とは言えないような気がするので不思議です。
エレノラは水属性。擬態を使えるかもしれません。ですがもし、擬態をしてまでデートをしているとしたら、それは邪魔をしてはいけないということになります。
小屋で過ごしていた、ウォルフォードの実家時代。
エレノラは、わたしに八つ当たりをするような姉でした。何だかんだいって、わたしとわざわざ話すために本邸から来ていたのです。
例えば、幼いあの日。エレノラすら来なかったら。
わたしはもっと違う性格になっていたかもしれません。
そう考えると、わたしの姉ですし、エレノラには幸せになってもらいたいものです。
もしあの女性がエレノラならば、幸せそうに見えます。ボルハ様を見て頬を赤らめるような表情なんて、見たことがありませんでした。
お忍びのデートの観察は、長いこと見ていたら護衛の方に目をつけられてしまいそうです。
早々に、次の候補者の方を捜しましょう。
次に目を向けたのは、大剣を持っている大柄の殿方。炎を宿した大地のような赤茶色の髪と瞳をされています。
その傍らには、少々怯えているように見える女性。金髪で茶色い瞳をされていることから、恐らく一の姫のソフィア様でしょう。
ソフィア様のすぐ横には緑の髪に一房の青い髪がある、緑の瞳の殿方もいます。他にも護衛やら侍従やらがいるように思いますが、その殿方は付き人とは違うように思いました。
こう、なんというか。その殿方とお話をするときのソフィア様の雰囲気が、柔らかくなるのです。
大剣を持つ殿方とは緊張しているような様子を見受けられますが、その殿方にはお心を許しているように見えました。
「エミリア。誰を見ているの」
「あそこの、大剣を持った方々です」
「あ。ゴライアスさんも来ているんだ。それなら、一緒にいるのはソフィア様かな」
「あのお方が、イザヤ様と一緒に行動していた勇者様なのですね」
「観察をしに来たけど、知り合いを見るってなると気が引けるね」
「では、他の方に目を向けましょう」
ソフィア様とゴライアス様はそのままのお姿です。変装もしていないのは、もしかしたら視察の面もあるかもしれません。
ゴライアス様と結婚されていますが、確かゴライアス様が婿に入ったはずです。ソフィア様は王族のままだと思います。
わたし達はソフィア様とゴライアス様から目をそらしました。
反対側にいたのは、真っ赤な赤い長髪を緩く巻き、立派なお胸をお連れの殿方の腕に寄せている女性。
女性の立派なお胸は、天然物でしょうか。腕に寄せられてさらなる隆起が確認できます。
わたしは思わず、自分の胸の下辺りに手を持っていってしまいます。
いえ、別に寄せてあげたいということではありません。こう、なんでしょうか。どういう構造をしているのかと考えてしまいます。
赤髪の立派な胸を持つ女性と一緒にいるのは、焦げ茶色の髪と瞳を持った殿方。どことなく、イザヤ様に似ているような気がします。
そのイザヤ様似の殿方は、鼻の下を伸ばしているように見えました。明らかに女性のふくよかな胸元にしか、意識が向けられていないような気がします。
いえ、羨ましくはないのです。ないのですが、わたしも女の性を持つ者。揺れる胸を持っていたらどれだけ人生が変わるのかと考えてしまうのです。
「エミリア? どうしたの? 何か、落ちこんでる?」
「い、いえ……わたしは、落ちこんでいるのでしょうか。落ちこんでいないとおもうのですが」
「ごめんね。何か、どこかを一点に見つめて考えているみたいだったから、落ちこんでいるのかなって思ったんだ。何か気になることでもあった?」
赤髪の豊満な胸元を持つ女性が、焦げ茶色の髪をした殿方とどこかへ行ってしまいました。
どこかイザヤ様と似た殿方だったからでしょうか。イザヤ様も、ああいった女性が好みなのかと考えてしまいます。
「……あの、イザヤ様」
「ん? どうしたの」
「その……えっと……」
イザヤ様はどんな女性が好みでしょうか。
その質問が、喉元まで出かかりました。
質問をしたとして、わたしはどうしたいのでしょう。イザヤ様は、ずっと一途に思っているお方がいらっしゃいます。その方が、イザヤ様の好みでしょう。
例えばそれが、わたしとは全く違う女性だったら。
ぐっと、胸元が苦しくなりました。
わたしはすかさず、<健康>を胸元にかけます。
<健康>はとても便利なスキルですが、根本的な問題を解決しないといけないでしょう。いつまでもスキルに頼っては、と思いつつ、それでも良いのかとも思います。
<健康>は、今のところ猫型友獣のみです。ガットは聴覚をするどくさせる友獣なので、進化させておくにこしたことはありません。
とはいえ、やはりイザヤ様の好みの女性はどんな方か気になるところ。
少しでも、寄せられれば。
……寄せられれば?
わたしは、何を考えているのでしょうか。
まるで、わたしがイザヤ様の好みになりたいと考えているような。
いえ、そうですよね。そう考えているから、好みが知りたいのです。




