102 疑似デートの待ち合わせ
お兄様に恋人同士を演じることについて報告した後、それらしく見えるように早速王都の恋人方を観察してみようということになりました。
王家には、午後に訪問するため都合の良い時間を教えてほしいと聞きに行ってくださるそうです。
お兄様の発案により、同じ場所から行くのに待ち合わせるという、不思議な状態になりました。
イザヤ様が門の前で待ち、わたしが行くという設定のようです。
その距離ならば初めから一緒に行けば良いのではと思いつつ、お兄様が楽しそうでしたので提案に乗りました。
「では、お兄様。行ってきます」
「ああ。楽しんでおいで」
お兄様は、妹を恋人の元へ送り出す兄という役割のようです。
いえ、そのままなのかもしれませんが、なぜでしょう。少しむず痒いような気がします。
ひとまず、イザヤ様が待つ門まで向かいましょう。わたしは玄関から出て、整えられた庭を見ながら進みます。
わたしとイザヤ様は恋人同士……。確か、家族に認められた後の、初めてのデートとう設定でした。
世の中の恋人同士様は、どのような心境なのでしょうか。
これまで認められていなかったということは、隠れてデートをしていたのでしょうか。それとも、手紙のやり取りをしていたのでしょうか。
きっと、手紙を出すことも一苦労でしたでしょう。疑似両親は、他の誰かにわたしを嫁がせたかったのかもしれません。
なるほど、掴めてきました。
お兄様が考えた、「設定」の中のわたしは、現実のわたしと近いようです。それならば、恋人同士を演じる上で肩肘張らずにできるかもしれません。
両親に反対されていたものの、お兄様の説得により認められた関係。そして、認められてからの初めてのデート。
それならば、「わたし」はきっと恋人に会える気持ちを抑えられないでしょう。
少しでも早く会うために、少しでも長く一緒にいるために、きっと「恋人」に駆け寄るはずです。
頭の中で考えた物語を、自分のことのように考えました。すると自然に、駆け足になります。
走って、門扉を開けて、門柱の前にいた「恋人」を見つけました。
「イザヤ様!」
「エミリア!?」
わたしはイザヤ様に抱きつきました。そして「恋人」らしく、全身で両想いの幸せを噛みしめるように首元に顔を埋めます。
そして思わず、イザヤ様の香りを吸い込むのでしょう。
ふむふむ。今まで意識したことはありませんでしたが、イザヤ様からは森林浴をしているかのような清々しい香りがしました。
「……エミリア。やりすぎだ」
役として見届けたお兄様は、これからお城へ向かうのでしょう。
きちっとした格好をして、わたしをイザヤ様から引き剥がしました。
「あ、お兄様。行ってらっしゃいませ」
「いや、行くが。くれぐれも、やりすぎるなよ?」
「かしこまりました」
お兄様は不安げなお顔をされつつ、その場を離れました。
わたしは、イザヤ様に伺います。
「お兄様に言われた設定をわたしなりに解釈してみましたが、どうでしたでしょうか」
「そ、そっか。そういう役だからね」
「イザヤ様も、やりすぎだと思われたでしょうか」
「や、やりすぎというか……た、たぶん、もう少し控えめでも良いんじゃないかな。お兄さんの設定だと、ようやく両想いになれたぐらいだったよね?」
「ふむ……それは解釈違いでした。確かに、イザヤ様のようにも考えられます。かしこまりました。付き合ったばかりの二人ということにしましょう」
「そうしよう、そうしよう」
「では」
わたしは、右手をイザヤ様に差し出します。イザヤ様は、左手を重ねてくださいました。
付き合いたての恋人という設定で、且つ控えめ。わたしとしてはくっついた方が良いとのではと思いますが、それを、抑えないといけません。
繋がれた手を、見ます。
イザヤ様の手は大きく、最近は左で剣を振るっているからかできたばかりの剣胝がありました。
左手でイザヤ様の左手を持ち、剣胝の部分をなぞります。イザヤ様はこの立派な手で、剣を振るっているのですね。
「っ、エミリアっ。くすぐったいよ」
「あっ、も、申し訳ありません!」
イザヤ様が、息を詰めるかのように仰います。そのお声を聞いた瞬間、なぜか体が熱くなってしまいました。
恥ずかしくなり、とっさに手を離します。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
「は、はい」
イザヤ様に、改めて手を出していただきました。
わたしは緊張しながら自分の手を重ねます。先程よりも手が熱い気がするのは、どちらの熱でしょうか。
わたしと同じように、イザヤ様も緊張されているのでしょうか。
手を取っただけで、しばしの間イザヤ様と見つめ合ってしまいました。
いけませんね。これでは、王都の恋人様方を観察するという当初の目的を果たせません。
「イザヤ様! 行きましょう」
両想いになったばかりの恋人と、街へ行く。そんな設定を思い出しながら、イザヤ様の手を引きます。
イザヤ様も、設定を思い出したのでしょうか。破顔して、歩き始めます。
そのお顔は、反則だと思いますよ!!
えぇ、これは設定です。両想いになったばかりの恋人同士だと。
それはわかっているのに、イザヤ様の表情に心を掴まれてしまいます。
まるで、本当の恋人へ向けた笑顔のように思ってしまいました。イザヤ様が一途に思っているのは、わたしだったと勘違いしてしまいそうです。
イザヤ様は名役者ですね。
将来、イザヤ様が冒険者を引退して演じ手になることがあれば、最前列でそのお姿を見守りたいと思います。
名役者のイザヤ様にはもちろん、多くの支持者がいるのでしょう。当然、女性も。中には、イザヤ様の妻となるべく努力される方もいらっしゃるかもしれません。
「エミリア? どうしたの」
「……申し訳ありません。少々、お待ちいただけますでしょうか」
「気分が悪い? お兄さんの家に戻ろうか」
「い、いえ……」
わたしは、何度同じことを繰り返すのでしょうか。
イザヤ様がわたしの心を尊重してくださるように、イザヤ様の心はイザヤ様のものです。誰であろうと、介入することはできません。
それはわかっているのに、イザヤ様が誰かと家庭を営むと想像してしまうと、胸が痛くなります。
<健康>をかけ、痛みを取りました。
痛みは取れたはずなのに、気持ちが晴れません。
「エミリア、ちょっとごめんね」
「はいっ!? イ、イザヤ様っ!?」
蹲っていたわたしに声をかけると、イザヤ様はわたしを掬い上げるようにして抱き上げました。
突然のことに混乱し、とっさにイザヤ様の首へ手を回します。しかしそうすることでイザヤ様とお顔が近くなってしまい、恥ずかしくなってしまいました。
「イ、イザヤ様っ。下ろしてくださいっ」
「気分が優れない時は、無理に動かない方が良い。ベッドで休ませてもらおう?」
「い、いえ、あのっ、大丈夫ですっ! このまま何も成果がなく帰っては……」
「恋人の観察も大事だけど、エミリアの方が大事。設定を考えてくれたお兄さんには申し訳ないけど、帰ろう」
「ま、待ってください!」
わたしが強く言うと、イザヤ様は止まってくださいました。そして目が合うと、下ろしてくださいます。
「わたしは、できる限りイザヤ様と一緒にいたいのです! そのために、世の恋人様方を観察する必要があります! わたしは大丈夫ですので、行きましょう!」
一息に言うと、今度はイザヤ様が蹲ってしまいました。
隠されていない耳元を見ると、ほんのりと赤い気がします。
「イザヤ様? <治癒>をかけましょうか」
「い、いや……よしっ。お兄さんの設定通りに行こう!」
立ち上がったイザヤ様は、わたしの手を引かれます。
お顔が見えないのは残念な気もしますが、大樹のような焦げ茶色の髪の下のお耳がまだ、赤いような気がしました。
その様子を見て、もしかしたらイザヤ様は照れていらっしゃるのかと推測します。
わたしの言葉で、イザヤ様が照れたのだとしたら。
「っっっ!」
ぶわっと、頭から足の先まで熱波が通り過ぎたような気がします。頭が、じぃんと痺れているような気もします。
この気持ちは、一体何なのでしょうか。
わたしはまだ、自分の気持ちを定義できません。ですが直感で、イザヤ様から出されている問題の答えに繋がるような気がしました。




