第5話 脅した結果……
———スレ民共……俺はやってやったぞ。やってしまったぞ、もう泣きそうだ。
爆弾をこれでもかと見せつけ、ついでに作りすぎた小さな爆弾を手に持ったままの俺。
もちろん実際に爆破させる気はないが、自己防衛にもなるはずだ。
まぁ代償に胸中で怒りにも似た感情と俺の人生終わったという絶望感がせめぎ合っており、情緒不安定気味だが。
「さぁ、どうするレティシア!? 俺はどうせ終わりだし、このまま自爆して全員巻き込んでも良いんだぞ!!」
俺は泣きそうになるのを必死に抑えて脅す。
この際若干声が震えているのは許してほしい。
そんな既に体力ミリの俺を他所に、少し遅れて固まっていたレティシアが動き出したかと思ったその時。
「———ふふっ、あはははははははっ、あはははははははっ!」
突然噴き出すように笑い始めた。
なんなら目尻に涙すら溜まっているほどの爆笑っぷり。
…………えっと。
「……は、話を聞いてましたか? 俺を婚約者にしないと爆破すると———」
「もちろん……ふふっ、聞いていたわよ……。でも、あ、あまりにも予想外で……ふふふっ、あはははははははっ」
この人、巷では冷徹令嬢などと呼ばれているんだってよ。
実際つい先程までは本当に冷徹だった———はずなんだけどなあ……。
んーー……どう考えても冷徹じゃなくない?
この人人生賭けた俺の決死の行動に大笑いしてるんだけど。
まさか本気で脅しに掛かったのに笑われるとは思ってなかった俺は、爆弾を手に持ったままオロオロ。
もはや脅しどころの騒ぎじゃない。
「あの……偽物だと思ってます? そう思ってるなら考えを改めた方が……」
「別に思ってないわ。入学試験で不正をして、いざ呼び出されたと思えば告白する人が今更そんなことをするわけないじゃない」
それはそうだ。
こんなにやらかしてんのに、今更そんな安全マージンとる奴ならそもそもやらかしてないもんね。
「じゃあなんで……」
反射的に口を衝いて出た俺の言葉に、レティシアが笑うのをやめて考え始める。
その表情はどこか悲しそうというか寂しそうというか……諦観にも似た表情だった。
「そうね……私にも分からないわ」
「え? わ、分からない?」
分からないとはどういうことでしょうか。
悪いけど、女子……ましてや国の中でもトップクラスの地位を持つ貴族令嬢の考えなんて俺には分からないからな。
察しろとか間違っても言わないでください。
「強いて言うなら……吹っ切れた、のかもしれないわね」
「しれないって……そんな曖昧な」
「曖昧でいいじゃない。私だって分からないことくらいあるわ。だから———本当の私は貴方が思っている人じゃないかもしれないわよ?」
そう自嘲気味な響きを持たせるレティシア。
俺はその言葉に何も言えなくなった。
…………。
僅かな逡巡のあと、そっと爆発しないように爆弾をポケットに戻す。
「あら、もう爆弾は良いの?」
「もう良いです。フリージング公爵令嬢様は、持ってても全然怖がりませんし。俺の方が怖いですし。それより……俺の処罰をお願いします」
諦めが肝心というが、今の俺はまさにそんな状態だ。
最後にこの世界でもゲーマー達にも『冷徹』と呼ばれる女の子の冷徹以外の部分が見れただけ良しとしよう。
それはそれとして、レティシアに婚約者がいることを黙っていた、尚且つ、こんな頭のおかしい脅しをさせたスレ民達だけは絶対呪ってやる。
「処罰?」
「そうです。処罰を告げるためにお呼びになったのですよね? さっき脅しておいてどの口が言ってんだって話ですが、なんでも受ける覚悟です」
無敵の人というより人生諦めた俺は、大人しく床に座り込む。
もはや此方に抵抗の意志はない。
そもそも奇跡みたいな2度目の人生だ。
少し死ぬまでの時間が長くなったと考えれば悪くもない。
早く煮るなり焼くなり首を切るなりしてくれ。
なんて覚悟ガンギマリ状態の俺に対して。
此方を興味ありげに見下ろしていたレティシアが、プッと再び噴き出した。
「ふふっ、やっぱり面白いわね貴方。貴方みたいな人、初めてよ」
「俺みたいな人が何人も居たら、世のお偉いさん達は仕事を放棄するでしょうね」
少なくとも俺は丸投げして逃げる自信がある。
「自分を良く客観視できてるじゃない。とてもさっきまで私を脅していた人とは思えないわね」
「……それはそれ、これはこれです」
「まぁ良いわ。それで……処罰って言ったわね」
まるで今から考えるといった風にゆっくりと瞼を閉じるレティシア。
その端整な顔や銀色の長いまつげをぼんやりと眺めていると。
「決めたわ、貴方の処罰は———」
目を開いたレティシアが言葉を紡ぐ。
いたずらっぽく、それでいて僅かに期待を篭めた笑みを浮かべて。
……なるほど、分かったことが1つある。
「———私を、アルベルト殿下から奪ってみせることよ」
俺、既に取り返しのつかないことをしでかしてたんだわ。