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第4話 開いた口が塞がらない

「———ふぅ、危ない危ない……死ぬ前にアニメ見ようと思ったら、危うく時間に遅れるとこだったぜ……」


 こんな時まで俺の時間を奪うとは、やはりアニメは恐ろしい。

 

 俺は肩を上下させて荒く息を吐きながら、目の前のえげつないデカさの邸宅を見上げる。

 大きさは……大体国会議事堂くらいか。

 それでいて国会議事堂にはない華やかさというか煌びやかさで、何処か別次元の存在感を醸し出していた。


「いやデカいしギラギラ過ぎな。ほんとにこれが一個人の家なのか……?」


 一国の王様の家と言われても驚かないぞ。

 本当に全身に爆弾巻いておいて良かった。

 

 俺は驚きや羨望を通り越してかえって冷静になった頭で思いつつ、バカデカい門の前に立っている門番的な兵士に声を掛ける。

 

「すみません。フリージング公爵令嬢様の御命令でやって来ました、アルト・バーサクです」

「あぁ……君がお嬢様に呼ばれた客人か。良いぞ、入れ」


 門番の兵士が槍を退けて門を開く。

 断罪されに来たというのに何もないことに肩透かしを食らう。

 ただ、不思議に思いながら中に入っても、執事やメイド達からも何故か丁寧な扱いを受けるではないか。


 どうやら俺は、彼らの中では『レティシアの客人』という扱いになっているらしい。

 本当は、ただ処罰を受ける大罪人と大して変わらないんだけどな。


 俺は、物凄い居心地の悪さと今後の人生の暗さに歩くたびにテンションを下げながら、50代くらいの執事に案内されるがままについて行く。


「此方にお嬢様がいらっしゃいます。どうぞごゆっくり」


 ごゆっくり死ねと?

 とんでもない爺さんじゃないか。


 豪華絢爛な廊下を数分移動した末に、執事が1つの扉の前で止まり、恭しく頭を下げながら言った。

 そんな執事の言葉を脳内で勝手に変換して憤慨しつつも、直ぐに冷静になって、大人しく扉の前で3回ノックする。

 するとまるでいつ来るか分かっていたかのように声が聞こえた。


「———時間ピッタリね。早く入りなさい」

「は、はい……!」


 あぁ……遂に俺の人生の墓場へと歩みを進めないといけないのか……。

 ところで全身爆弾男となっても怖いのですが。


 緊張気味な俺は、汗ばみ震える手でゆっくりと扉を開ける。

 そこには———。



「———ようこそアルト・バーサク君。早く話を始めるわよ」



 先程生徒会長室で会った時のような制服姿ではなく、白と青のドレス姿(最近の令嬢の流行りのファッション)のレティシアが高そうな椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいた。








「———それで……あれはどう言うことなのかしら?」


 そう言って、始めよりは幾分かマシになったレティシアの瞳が向けられる。

 対する俺は、まるで蛇に睨まれた蛙のように全身に冷や汗をかきながら問い返した。


「あ、あれとは……こ、告白のことですか?」

「当たり前でしょう? あのような場で告白するなんて普通はありえないわよ。何なら貴方は悪いことをして呼ばれているのだから」


 ごもっともな意見だ。ぐうの音も出ない。

 でも俺も絶対ヤバいとは思ってたんです。


 そう言いたいのは山々なのだが、安価で決まった以上逆らえないし、俺の意思ではないとバレれば告白も嘘だとバレてしまう。

 そうなったら最後、いよいよ俺の人生はお先真っ暗だ。

 ならば突き通す他ない。


「で、ですがっ! あれが俺……私の本心であり、不正を行った動機なのです! 確かに私のような弱小貴族で魔法もロクに使えない愚図など貴女様には路傍の石ころと変わらないでしょう。———しかし! 私はなんとしてもこの気持ちを伝えたかったのです! 自分の気持ちに区切りをつけるためにも……!!」


 俺は僅かに乱れた息を整えつつ、そっとレティシアを覗き見る。


「ふぅん…………で?」


 冷たい瞳、平坦な声色。

 スッと俺の首元に死神の鎌が添えられた気がした。


 おかしい、必死な感情は籠もってたはず。

 でも全く響いてない。怖くて泣きそうだ。

 

「確かに貴方の熱意は伝わったわ。でも貴方も知っているでしょう?」


 ……ん??


「し、知っている? な、何をですか……?」

「……は? 貴方……もしかして知らないの?」


 僅かに驚いた様子でパチパチと目を(しばたた)くレティシア。

 信じられないと言わんばかりだ。


 だが、知らないものは知らないのだ。

 この世界がゲームの世界と類似していると知ったのだってついさっきだし。

 

 なんてオロオロする俺を見て、本気で知らないと伝わったのか、レティシアは頭が痛いとばかりに眉間に手を当てつつため息を零した。


「はぁ……まさか貴族なのに知らない人がいるなんて思わなかったわ」

「えっと……」

「良いわ、可哀想だし教えてあげる」


 そこで1度話を区切ったレティシアは、少し考え込む素振りを見せたのち、ハッキリと告げた。




「———私、婚約者がいるの。相手は……アルベルト殿下よ」




 …………はい?

 いや、えーっと……はい?


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことで、衝撃のあまり声も出ず口をパクパクさせることすら出来ない。

 身体は鉛のように重く固くなった気がした。


 しかし、そんな身体とは別で、俺の頭は一周回って酷く冷静になっていた。


 うん、まぁそうだよなー、公爵令嬢だし婚約者くらいいるよなー。

 相手が王族でもなんらおかしくないよなー……ははっ。


 訂正。冷静になったのではなく現実逃避を開始していた。

 が、直ぐに思考は現実逃避を諦めてグルグルと回り始める。

 

 待て待て。

 つまり俺は、婚約者の目の前で告白をしたとんでもなく無礼極まりない人間の屑ってことで合ってるか?

 もしかして、俺が知らない間に俺が思ってた以上にとんでもないやらかしをやっていたってことか?


 理解すればするほど現状が詰んでいることに気付く。

 冷や汗とか震えが止まらない。


 そうだ、スレ民達はこのことを知ってたのか?

 ……いや絶対知ってたな、間違いない。


 きっと今頃、俺が居ないスレ内はさぞかし大盛り上がりを見せているだろう。


 ふ、巫山戯やがって……くそっ、絶対に許さねぇ……死なば諸共、アイツら全員末代まで呪ってやるぞオラァッ!!

 てかもう死ぬならヤケクソだ……ッ!

 

 俺は溢れそうになる涙を押し込めるように目を伏せたのち。


「……衝撃なのは分かるわ。でも貴族ならこれくらいのことは知ってて当然———」

「レティシア様」


 覚悟を胸に、彼女の言葉を遮ってバッと制服をはためかせると。





「———これは爆弾だ! 俺を拘束しても、魔法を使っても爆発する! 俺を婚約者にしてくれないなら……この館が世界から消えることになるだろうなっ! さぁどうする!?」





 晴れて、不正入学者から———大罪人へとジョブチェンジした。

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