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出来ないくらいがちょうどいい

私は典型的なダメ息子であった。

「いつまで家にいるつもりですか」

「私が言った人と結婚すればよかったのです」

大学を卒業し働きもせずフラフラしている私に怒る母。こんな時、私ができるのは虫のように息を潜めてただただ無になることだった。


「出ていきなさい」

「月並みの幸せを願っています」

ああ、今度こそダメだな。そう思った時だった。

「昼から月見とは洒落混んでるな」

ケラケラと笑いながら父が部屋に入ってきた。

「父さん…」

「あなた、茶化さないでください。私はこの子のためを思って」

「まあまあ、生きてさえいてくれればいいじゃないか」


厳格な母と違って父はいつだって寛容であった。

大学に3年続けて落ち、結局目標の大学とは違う大学に行くことになっても

「人生とはそういうものだ。中々思い通りにいかないだろう?」

と笑った。

無論母は激怒し、私を厳しく折檻したが。

「いいかい、晴輝。人間、出来ないくらいがちょうどいいんだ」

私のことを愛して、理解してくれたのは父しかいなかった。





父が死んで、家に私の味方が居なくなった。母は以前にも増して結婚を勧めてくるようになった。私はお前を愛しているから。幸せになって欲しいのだ。死ぬ前にお前の幸せな姿を見たい。母のよく回る口は堂々と虚無を吐き出す。私を家から追い出そうとしていた人とは思えない変わりようだ。

でもまあ、そうも言われると結婚しといた方がいいのかなと思う訳で。特にこだわりもない私は母の言う通りに結構した。

嫁に貰ったつる子は大層立派な人間であった。誰もが羨むような完璧な妻。主人を立て、家のことを完璧にこなし、近所付き合いも軽々とこなす。私には勿体ない妻であった。

最初は完璧なつる子がありがたかった。完璧でありながら出来損ないの私に対しても対等に接してくれる。むしろ主人だからと私の顔を立ててくれる。こんな素敵な妻を貰えるだなんて私はなんて幸せ者なのかと思っていたのだ。

だが、だんだんつる子のそばに居ると息が詰まるようになってきた。つる子が完璧であればあるほどに息が詰まる。自分の中に隠していた醜さを無理矢理さらけ出される感覚がするのだ。

つる子と離れたくて家に帰るのが遅くなった。つる子に対して冷たい態度をとるようになった。それでもつる子は完璧なままであった。

すると、今度はそんなつる子が恐ろしくなった。なにか別のもの、私とは違う生き物に見えて仕方がない。私にはつる子が理解できなかったのだ。




そんな時だった。つる子が浮気をしたのは。


酷く安心したのだ。

完璧な妻も人間だったということだ。

妙に清々しい気持ちで帰った私は妻に向かって高らかに宣言した。

「つる子、お前は立派だよ」

「晴輝さん、何を仰ってるんですか?」

「つる子、つる子、私はお前のことが大好きだ」

「まぁ、今日はどうしたのですか」

「私は、浮気をしたお前が大好きだ」

その瞬間、つる子の顔が凍りついた。

私はつい吹き出しそうになるのをこらえる。

「怒って、らっしゃるんですか?」

「まさか」

「だからこんな、酷いことを?」

「酷いってなんだ。私はつる子を褒めているのだぞ」

「怒ってらっしゃるんでしょう」

「だからどうしてだ」

「浮気をして責められど、褒められる筋合いは無いからです」

「私は心からつる子のことを褒めている」

「その理由がわからんのです」

「私はつる子のことを私とは違う次元の存在だと思っていた。いつでも完璧なつる子は私とは違うのだと。理解出来ないでいた。でも、違ったんだ。つる子、お前も人間なんだ。私と一緒だ。それが嬉しいのだ」

つる子は理解できないものを見る顔で私のことを見た。ああ、完璧なつる子。お前もそんな顔をするんだな。

分からないか。


下を見れば楽になる。人を見下せば楽になる。




「やっぱ人間、出来ないくらいがちょうどいいんだ」

言葉に込めた想いを正確に伝えることって難しいですよね。

最後までお読み下さりありがとうございました。

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