渦巻く腹
「二組のあまねちゃんが入院したんだって。」
四年生の頃隣の席だった高崎天音が入院したのは夏休みの少し前のことだった。
どこにでもいるふつうのむかつく女子で、俺が持っていたキャラクターもののお便りファイルを「だっさ。」と言うようなやつだった。
「ね、だいすけくん知ってた?」
「知らね。」
今の隣の席のうざい谷村まといは聞いてもないのにベラベラと喋り出す。
「事故とか事件じゃないんだって。お腹が痛くて、救急車で運ばれたんだって。お母さんが言ってた。きっと変なもの食べたりしたのかもね、って。でも、あまねちゃん以外の家族はなんとも無いから、きっとアリかがかけた呪いなんだよ。私さ、見ちゃったもん。あまねちゃんがアリの巣を掘り返すの。やめなよって、怖いじゃんって言ってもあまねちゃん笑ってアリのお腹潰してた。」
なんてバカバカしいんだろう。アリが呪いなんてかけられるはずがない。
アリの巣を掘り返したことなんかより、日頃からこそこそと噂話をするあの腹黒さがお腹にたまって腹痛を起こしたんだろう。
「うるせぇな、アリがそんな能力持ってるわけねーじゃん。あいつが腹黒いからだよ。いつも悪いことばっか言ってるから腹が痛くなったんだ。」
「腹黒いって、なに?」
「知らね。」
まといの話に付き合ってると貴重な休み時間が減ってしまう。そう思って俺は教科書やノート、筆箱を引き出しにしまい込むとさっさと梅原浩司のところへ行った。
隣のクラスの女子が入院したなんて話に、この時はまだ興味がなかった。
「こうじ、サッカーしよう。早くしろよ、行くぞ。」
こうじは鉛筆を筆箱に付いた鉛筆削りでぐるぐると回しながら削っていた。
「待って、今鉛筆削ってるから。」
ジャ、ジャ、ジャ、と削り、鉛筆を取り出して芯の尖りを確かめ、もう一度削りはじめた。
「俺先行ってるから。あとで来いよ。」
待てなくなった俺はこうじの席を離れようとする。
「わかった、もう終わるから待って。」
鉛筆を左から短い順に並べてある中で一番右に削りたての深緑をしまい、パパパッと教科書たちを片付ける。
ボーッとしたところのあるこうじだけど、動きは俊敏だ。
「早く行かないといいボール取られちゃう。」
「そうだね。急ごう。」
小走りで行ったからいいボールをゲットできた俺たちは、他のクラスのやつとも一緒に楽しくサッカーすることができた。
休み時間が終わる前の予鈴が鳴ると、二組の花井昇太が
「もうやめようぜ、教室帰ろう。」
と言って汗を袖で拭った。
「そうだな、こうじ行くぞ。」
ゴールキーパーをしていたこうじにそう大声で呼び掛ける。
こうじは他の奴らとPKをしていて俺の声を聞いてなかった。
「そう言えばさ、うちのクラスのあまねっているじゃん?」
しょうたは足元の地面を蹴りながら言った。
「入院したんだっけ。」
「知ってたのか。誰から聞いた?」
デブのしょうたは俺より高い目線から息を弾ませながらたずねてきた。
「隣の席のまとい。」
「俺の母ちゃんあまねの母ちゃんと仲いいから聞いたんだけどさ。」
ふーっと息を吐き出してから、しょうたはこう言った。
「あいつの腹の中から、人間の髪の毛と歯が出てきたんだって。」