6
男は怪訝な顔を見せる。ギョロッとした両目の眼光鋭く、修羅場を幾つもくぐり抜けたようなそんな雰囲気だ。顔のシワは深く、無精髭には白髪が混じっている。
「……そうですね。人間の皮を被った化け物には沢山遭遇しましたし」
男は大きな声で笑う。店内には3人しかいない。お洒落なBGMなど皆無だ。その笑い声はオペラ歌手のように響きわたっていた。
「あなた、分かってるやん。何個か修羅場経験済みやな」
純は苦笑いを浮かべた。瓶ビールをグラスに注ぎながら違和感に気づく。
『この人、さっきから、あんさんとかあなたとか毎回違うよな……』
「大将! 今日は気分ええわ。冷酒もう一本!」
「ゲンさん、もうやめとき。飲み過ぎや」
「飲み過ぎやあらへんがな。ワシの金やがな。何しようとほっといてんか!」
「毎回ツケやがな」
大将は頭を撫でながら渋々冷蔵庫から冷酒を取り出して男の前に置いた。純は、次の呼び方がまた違うものなら、一言言ってやろうかと考えていた。“あんさん”からはじまった違和感、こちらでは所謂『ベタ』というものなのか、突っ込まずにはいられなくなっていた。東京でずっと生きてきたが、こんな感覚は本当にはじめての経験だった。
「ところであんさん、初めて見る顔やね」
「いや、一周回ちゃったよ」
男は下を向いて肩を揺らしながら噛み殺すように笑っている。純はまた初めての経験に戸惑っていた。この言葉に出来ない感覚の正体は“高揚感”であろうか──。とてつもない快感と共に天にも登るようなそんな味わった事のないものだった。
「自分、めっちゃオモロいわ! わての伏線に気づいてたんやな」
「わてっ!」
“わて”とか使う人に出会った事もなかったし、純はその言葉だけを強く発した。
「あかん。めっちゃオモロい。キレキレやわ。わてお腹が捩れる」
「わてっ! 2回目!」
大将までも吹き出して笑っている。この男の言った事を説明しただけでこれだけ笑わせる事が出来るのかと目から鱗だった。しかもここは笑いの本場である大阪である。
「大将、この若者に冷酒やって」
「ゲンさん、冷酒タダやないんやで。イキって言うてるけど」