4
元はもっと濃い紺色の暖簾だったのだろうか──経年劣化で、灰色になっている。お客さんがくぐりすぎたのか、暖簾の真ん中あたりは擦り切れてボロボロになっていた。ステンレス製の引き戸は半分はガラスで店内の様子がよく見える。
「お客さん1人です!」
無理矢理中に押し込められらたが、冷気に包まれている店内に生き返った。L字カウンターの向こうに店主らしきお爺さんが透明のグラスとビール瓶を持ってこちらを見ている。
「いらっしゃい! ビールやろ? ビールやんな?」
「あっ、いや、その……」
栓抜きでビール瓶のふたを開けて目の前に置かれた。
「はいグラスね」
「あっ、ありがとうございます」
有無を言わさぬ早業でビールを注いでくれる店主を見た。歳の頃は70代ぐらいだろうか、少しだけ死んだおじいちゃんに似ていた。白髪の角刈りが妙な説得力を醸し出している。
「うちは何でも美味いで! マカロニサラダ食べるか?」
「はっ、はい。それで」
「はいよ!」
純を引きずり込んだおばあちゃんはまた外に出ていった。あの歳だと相当堪える暑さだ。年老いた自分がこの炎天下の中働けるのかと考えたが、先の事などもうどうでも良かった事を思い出した。
「酒やっ! どぶろくやっ!」
1番奥に折りたたみの椅子に座っている一人の男が気になっていた。見るからに世捨て人のように見える。いや、世捨て人だと純は確信していた。何故なら、自分もまたその世捨て人であるから──。類は友を呼ぶではなないが、同じ匂いがした。
「もうやめとき。ゲンさん、今日も飲み過ぎや」
「なんぼも飲んでないやろがい。どぶろくや!」
「いや、うちどぶろく置いてないし。知ってるやろ? 何年ここで飲んどんねん」
純は目を合わさないように店の外を見ている。首元がヨレヨレの黒いTシャツに灰色の作業ズボン、おそらく90年代初期のそんなに強くなかったプロ野球チーム“東京エレファンツ”の帽子を深々と被っている。黒のキャップにエレファンツのロゴであるオレンジ色の象の足の裏がいかにも低迷期を象徴している。現在はオレンジ色の帽子に筆記の“E”の文字だけというシンプルでいかにも強そうなものに変更されている。実際強いからそう見えるのかもしれないが──。
純は子供の頃から大のエレファンツファンだ。ファンクラブに入っていたほどの筋金入りだ。だが、ライバルチームの本拠地である大阪ドンキーズのお膝元で、ある意味レアなキャップに出会えた事が不思議で仕方なかった。