ひとつの大団円
第99章
時は、ジュリエットとロバートの婚礼が行われた晩に戻ります。
ジュリエットとロバートの婚礼の祝宴のあと、フィリップは新郎新婦とマリアンヌの4人で、改めて二人の生い立ちや今までのいきさつ、そしてフィリップがフォーフェンバッハの監視下のもとに幽閉されていたときのドロテア様とのやりとりといった話を語り合っていました。
「二人の出会いは天国にいるエレノア様とドロテア様の策略だったのかしら? これは半分冗談だけと、半分本気。私はきっとエレノア様に踊らされていたかもしれないわ」
とマリアンヌが言い、フィリップも
「では私はドロテア様の掌の上だったのかもしれないな。」
と返すと、ロバートが
「私がジュリエットの心をつかんだ努力は評価していただけないのですか?」
と、わざと悲しそうな顔をしたので、一同笑ってしましました。
「ところで、マリアンヌ。あなたはずっとリッカルド殿の介護をなさっていたのですね。これからは、どうするのですか?」
「カルロスからスカウトされましたわ。アランの介護に来て欲しいと。」
「アラン? まだ若いのに介護だって? どうしたんだ?」
「慣れない外洋航海に出て、体調を崩してしまったようなの。」
「戻ってきていたのか。しかしアランは何でまた、海に? ポルトガル王とは知己があったわけではないだろうに。」
「それは・・・ここにいるジュリエットに振られてしまった失恋の痛手を癒やすために・・・」
「えっ? マリアンヌ様、変なことおっしゃらないでくださいな。私、そんなこと、身の覚えはございません!」
「そうね。ジュリエットはキプロス脱出のとき、それどころではなかったですもの。でもロバート殿は気づいていらしたでしょう?」
「ええ、まあ・・・。帰りの船でのアラン殿のご様子は・・・」
「そうだったの? 帰りの船ではロバート殿が私の話しを聞いてくださって、私とても落ち着くことができたことは覚えております・・。」
「あのときは、ジュリエット様に安心していただかなくてはと。」
「あら、ロバート殿もあのときからジュリエットに好意を持られたと思っていたのに。」
「あ、もちろん、可愛い方だとは思っておりました! ただ、あのときはキプロス王の妻というお立場だと理解しておりましたし、よこしまな思いなど・・・。」
「そう。ではいつからジュリエットに恋心を抱いたのかしら?」
「いえ、ですからその、」
「じゃあ、ジュリエットは? いつからロバート殿のことを?」
マリアンヌのからかいの矛先が自分に来たので、ジュリエットは
「そう、ちょっとレオナルド様にご挨拶に行って参ります!」
と顔を赤らめたまま、部屋を足早に出て行きました。
ジュリエットが中座するとマリアンヌは真面目な顔に戻り、フィリップにリッカルドからの手紙を渡しました。
「リッカルド殿から私に?」
「リッカルドの最後の告白です。彼に頼まれて私が書き取りましたが、内容について何も言えません。ここにすべて書いてあります。」
「今ここで、読んだほうが良いのだろうか?」
「それは、後でお一人のほうがよろしいかと。」
「そうか。わかった。それで、マリア殿はお元気なのか? 式に参列もできないほどご体調が悪いとは・・」
「心の支えであるリッカルドを失ってしまいましたから・・・。ただ、ジュリエットの結婚には本当に喜んでおりましたわ。そして私に、体調が戻ったら、新しく事業を始めたいとおっしゃっていました。」
「事業?マリア殿が?」
「はい。もともとヴェネツィアには孤児達の自活を目指す慈善事業が盛んなのですが、薬剤師の勉強をする学校を立ち上げたいと。いずれ私にそこの校長をして欲しいと話されました。お気持ちが前向きになられていらっしゃるご様子で、私も安心いたしました。」
「それはよかった。私にとってもリッカルド殿は、若い頃から数少ない信頼できる相談相手で、彼にずっと支えてもらってきた。彼がいなくなって、サンマルコ共和国との個人的な繋がりが途絶えてしまったのはとても残念だし、心配だ。」
「それは、心配なさる必要はないかと思いますわ。きっとリッカルドに劣らぬ、信頼できる方が次の元首に就任されるかと。」
「そうだといいが。」
―フィリップ、もう時期元首となる方とお会いになってますよ。-
マリアンヌはそう心の中でつぶやいて、フィリップに退出の挨拶をしてから法王の私室を後にし、自分に用意された部屋へと向かいました。
そして同じころ、レオナルドは一人で自分の執務室で、ベレッツァ家の現当主への手紙を書き終え、やはり同じように自分の居室へと向かっていました。
マリアンヌとレオナルド、不思議なことに、この二人はこの晩、床に就く前に、それぞれ同じような気持ちになり、同じようなことをしようと思いついたのです。