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宝物庫その3

第94章

 秘書館長レオナルドに案内された宝物庫で、フォスカリは見事な宝剣の実物をじっくりと観賞していました。事前の手紙のやりとりで「おそらく儀式用の芸術作品のような宝剣」とは知っていたものの、これほどのものとは、と感動してしまったのです。


 「素晴らしいものでしょう?100年以上前のものと思われますが、細工も実に見事です。一度だけアルフォンソ神父が、埋め込まれた珊瑚の一部欠けてしまっていたので、そこだけカーネリアンに付け替える修理に出したことがあったのですが、それ以外は作られた当時のままでしょう。イスラムの金細工師のレベルは、相当なもののようですね。」

 「いや、これほどのものとは。確かに家宝とするにふさわしいものですね。もちろんベレッツァ家にお返しください。父にとってアルフォンソ神父は命の恩人。もともと彼へのお礼として援助したのですから。」

 「しかし、その資金の一部で建てた館は、今司教館となっております。せめてその分は、ヴァティカンからフォスカリ家にお返ししなければならないと存じます。」

 「それには及びません。もともとベレッツァ家とフォスカリ家の問題ですので。」

 「しかし・・・」

 「では、その代わりに、アルフォンソ神父のことについて教えていただけないでしょうか?」

 「私が知っている範囲でよろしければ」

 「アルフォンソ神父のご遺体とともに宝剣を見つけたのはジュリエット様ということでしたよね。」

 「ええ、私の指示で、この宝物庫を整理していたときに、たまたま隠し扉を見つけて、そこで・・・」

 「いえ、なに、純粋な疑問なのですか・・・。なぜアルフォンソ神父はそこにいたのでしょう?そこに自ら隠れていたのか、何者かにそこに閉じ込められたのか?」

 「それは・・・私にも謎なのです。今、ここの管理責任者は私ですが、私も宝物庫の奥に隠し部屋があることなど知りませんでした。」

 「神父が行方不明になったのも,かなり前のこととおっしゃっていましたよね。」

 「はい、15年以上前になるかと。」

 「そうですか、そのころのアルフォンソ神父の役割は」

 「すでにご高齢ではありましたが・・・身体も鍛えていらっしゃったので健康でお人柄もよく、教会軍つきの軍医のという特別な立場でいらっしゃったので、人の恨みを買ったり、ヴァティカン内の勢力争いに巻き込まれるようなこともなかったはずなのですが」


 初対面の二人でしたが、気が合ったのか、そのまま陽が落ちて暗くなるまで、二人でアルフォンソ神父にまつわる話を続けていたのでした。


 その晩、マリオ・フォスカリに宝剣に関する所有権放棄の書類に署名をしてもらったことで、レオナルドはやっと宝剣をベレッツァ家に送り準備が整いました。とはいえ、大変高価な品であることから、できればベレッツァ家の人間がヴァティカンまで受け取りに来て欲しいというのが本音で、その旨をしるした手紙を自分の執務室で、ベレッツァ家の現当主にあてて書いていたときに、扉をノックする音が聞こえました。扉を開けるとそこに簡素な普段着に戻ったジュリエットが立っていました。

 「ジュリエット様、どうかされましたか?」

 「明日にはここをたたなければなりませんので、お世話になりましたレオナルド様にも一言ご挨拶したくて参りました。」

 「ロバート殿は?」

 「今、猊下たちとお話しております。」

 秘書館長の前ではフィリップのことをつい「猊下」と呼んでしまうジュリエットに苦笑しながら、

「そうですか。どうぞこちらにお座りください。」と椅子を勧めました。


 「あの、敬語ではなく、アガタとのときと同じように接していただいたほうが、私も楽ですので・・。」

 「そうですか?では昔のように筆談いたしましょうか?」

 懐かしいレオナルドの態度に嬉しくなったジュリエットは、気になっていたことを率直に尋ねてみました。

 「ずいぶんと長い間、フォスカリ殿とお話されていたようですが・・・。」

 「ああ、あなたが偶然見つけた宝剣のことですよ。アルフォンソ神父のことは聞いていらっしゃいますよね。」

 「ええ、式の少し前に、猊・・父からの手紙で知りました。ご遺体を見つけたときも、何か因縁のようなものを感じていたのですが、まさか私の祖父だったとは・・・。」

 「私は若い頃から、アルフォンソ神父に大変お世話になっていたのです。彼が行方不明になったときは、何かの事件に巻き込まれたのか、誘拐されたのかと思っておりました。まさかヴァティカン宮の中にいらっしゃったとは。」

 「祖父は、どのような方だったのですか?」

 「私がお会いしたときは、すでに司教というお立場で、しかし長い間教会軍の軍医という特殊なお立場でもございましたので、いつでも従軍できるようにと、お体を鍛え、司教にふさわしかぬ強靱な肉体をお持ちでした。」

 「あの宝剣はご実家の家宝だと伺いました。それがなぜフォスカリ様が関係されたのですか?」

少し込み入った話ですが、と前置きし、レオナルドはアルファンソ神父とマリオ・フォスカリの父との関係を説明したのです。


 「そうだったのですね。屈強な体つきの神父さまのもつ宝剣、似たような話を聞いたことがございますわ。でもなぜそれほどの方が、宝物庫の隠し部屋などに長い間閉じ込められてしまったのでしょうか?」

 「それが私にも・・・宝物庫の奥に隠し部屋があることなど私も聞いたことがなかったので。」

 「あの・・・実は、ちょっと思いだしたことがあったのですが・・・宝物庫の整理がほぼ完了し、修理に出していた宝物を整理していたころ、毎週金曜日にロバート殿との外出許可をいただいていたので、二度ほどロバート殿に市内の金細工師の工房に伺ったことがあるのです。そこの工房の先代のご主人、かなりご高齢の方だったのですが、その方が『ヴァティカンの宝物庫には、自分が昔修復したものがたくさんある、それは宝物庫の秘密の場所に隠してあるのだ』と私に話しかけてきたことがあったのです。そのときはロバート殿の用事が済むのを待っている私を楽しませるために、おとぎ話のようなものをしていたと考えていたのですが。」

 「ああ、私がロバート殿に、その金細工師の工房紹介したのだよ。私はもともとあのあたりの職人の家の出身なのでね。それこそ、先代のご主人が現役のころ、アルフォンソ神父もあの宝剣の修理をしたいといってきたときにも同じ工房を紹介したことがある。宝剣の装飾についていた紅珊瑚がとれかかっていて、カーネリアンか何かに付け替えだのだ。そう、今あなたが今かけているネックレスと同じような紅珊瑚の・・・・おや?」

 「この紅珊瑚のネックレスは、昨日マリアンヌ様から結婚のお祝いにいただいたものです。もともとはエレノア様がお持ちになっていたものだそうです。」

 「いや、まさしくそれは、宝剣から取り出した紅珊瑚で作ったネックレスだよ。そうか、やはりあなたはアルフォンソ神父の孫娘なのだね。これは驚いた!」

 「あの宝剣につけられていた紅珊瑚・・・」

 「いや、本当にアルフォンソ神父は、君がみつけてくれるのを、じっと待っていたのかもしれない。あの秘密の隠し部屋で。」

 「そうなのでしょうか? ではあの部屋はアルフォンソ神父が作った部屋だったのでしょうか?」

 「一人で作れるようなものではないだろう。もしかしたら、職人たちとか教会軍の誰かに手伝わせて密かに作られたのかもしれない。可能性があるとするならば、いざというときのために法王猊下を避難させるための部屋として。実際過去には、暴徒と化した申請ローマ帝国軍の兵士たちが乱入したこともあったのだから。」


 そこまで話して、ふとレオナルドはかつて教会軍の総司令官であった、ある人物を思い出したのでした。


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