祝宴での会話
第93章
結婚をした二人と参列者は、その晩はヴァティカン宮にて、ささやかな祝宴を行うことになっていました。
これもジュリエットの希望で、格式張った祝宴ではなくアットホームな雰囲気の小広間での会食には、秘書館長のレオナルドも参加していました。そこでサンマルコ共和国元首の名代として参加していたマリオ・フォスカリがジュリエットに、レオナルドを紹介して欲しいと頼んでいたのです。
「レオナルド殿、先日はご連絡ありがとうございます。マリオ・フォスカリでございます。」
「ああ、あなたが! ジュリエット様から少し話しを伺っておりました。お会いできて光栄です。」
「こちらこそ。早速ですが、お問い合わせいただいた宝剣の件、二人でお話しする時間はございますでしょうか?」
「もちろんです。このあとにでも宝物庫にご案内いたしましょう。そこで詳しくお話できればと存じます。」
同じ会食の場で、マリアンヌとカルロスも久しぶりの会話をしていました。
「やっと肩の荷が下りたというのかしら。エレノア様との約束を果たしたという思いでいっぱいよ。」
「式の最中はあまり元気がなさそうなので心配していたよ。リッカルド殿のこともあったし、大変だったね。」
「リッカルドにも見せたかったわ。ジュリエットの幸せそうな姿を。」
「若い二人はまぶしいくらいだな。前途洋々で・・・・」
「どうしたの、カルロス。あなたこそ、元気がないみたい。マリアエレナ様のことはとても辛かったでしょう。でもまだまだ幼い双子もいるのだから、老け込むにはまだ早いわよ。」
「いや、申し訳ない。祝いの席だった・・・」
「心配事?トラブル?どうせあなたのことだから、そのうち話し出すんでしょう?」
「いや、その・・・アランのことなんだ。」
「え?今日の結婚式に参列できなかったのは、数ヶ月前から航海に出ているからではないの?」
ジュリエットに一方的に恋をして、失恋してしまったアランはその後、衝動的にポルトガルの王子が提督となる船に乗り込んで、大西洋の航海に出て行ってしまっていたのでした。
「マリアエレナがいたら、決してそんなことは許さなかっただろうな。でも失恋の痛手を何とかしてやりたくて・・・。双子の面倒を見られるわけでもなし、まだ正式に皇帝陛下に仕える身でもない、中途半端な状態だったから、海に出ることを許したんだよ。でも、航海に出てわずか半年で下船して、先月戻ってきたんだ。」
「え? どこか怪我でもしたの?」
ふとジェロームのことを想い出し、マリアンヌは慌てました。
「いや、体調が悪いんだ。おそらく船上生活で、食事が合わなかったんだろう。塩気の多いものばかりの上に、ラム酒が水代わりだ。」
「それはおそらく、腎がやられてしまったのではないかしら?慣れない生活でストレスも溜まっていったのでしょうし・・・」
「もちろん医者にも診せたのだが、マリアンヌ・・・・」
「わかっているわよ。しばらく私が治療と看護しましょう。」
「済まない! 本当に助かる。さすがに双子の乳母には頼めず、困っていたんだ。」
「はいはい、昔なじみのよしみで、特別手当で受けてあげるわ」
「本当に本当か?」
「ええ、本当はジュリエットの結婚を見届けたら、旅に出ようかと思っていたんだけど・・・」
教会での結婚式が始まる前、フォスカリの姿を見つけたとき、マリアンヌはそっとジェローム王の状況を聞き出していたのでした。命は助かったが、大きな怪我をしたという噂を聞いていたので、できればキプロスの王宮で治療をしてあげたかったのです。
「優秀な医師がついておりますので、ジェローム王のお体は心配ございません。それに、今はあなた様がキプロスにいらっしゃるのは危険ですし、彼も我が国の人間に対しても一定の距離を取らざるを得ない微妙な状況です。実は、ここだけのお話ですが、私は近々、正式にキプロスの商館長の任が解かれて母国に戻ることが決まっております。いざという時、あなたを個人的にお助けできなくなります。」
そうフォスカリに諭されて、マリアンヌはキプロスに行くことはきっぱりと諦め、アランの治療に専念することにしました。リッカルドを看取り、ジュリエットを花嫁として送り出した今、何かをしていないと心にぽっかりと大きな穴が空いてしまう気がして怖かったのです。




