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好事、魔多し

第85章

 「マリオ・フォスカリ殿でしたら、先月までキプロスから一時帰国されていらしたはずです。そのときジェローム様あての婚約のご報告のお手紙を託しましたので。今度はいつ帰国されるかは・・・。キプロスでは商館長が、サンマルコ共和国大使を兼任されていますし、直接お会いする機会はなかなか難しいかと存じます。マリアンヌ様を通じて手紙をお届けすることは可能かと思いますが、個人的に帰国予定を教えていただくこともちょっと難しいかと。すぐに問い合わせてはみますが。」


 その日の晩餐は、親子名乗りをしたフィリップとジュリエットの再会を祝す暖かで和やかなものになるはずでしたが、秘書館長レオナルドからのアルフォンソ神父の宝剣に関する情報で、今後の方向性を決める重要会議のような緊張感のあるものとなってしまいました。


 晩餐前にレオナルドの報告を聞いたフィリップが、自分自身の出生の秘密に直結する問題だったことから、遺体を発見した娘のジュリエットにも話しておくべきだと考え、レオナルドから説明をさせることにしたのです。フィリップからジュリエットが実はキプロス王嫁いだサンマルコ共和国の養女だったと明かすと、レオナルドは驚くと同時に、彼女の教養や思慮深さに改めて納得したのでした。 

 レオナルドはジュリエットに、猊下からあなたのご出自や、これまでの来歴を伺っております、と断ってから事の経緯を話し始めました。そして宝剣の現在の所有権者と思われるキプロスのヴェネツィア商館長の名が出ると、ロバートもジュリエットも、よく知っている人物だと声を上げたのでした。


 「アガ、いやジュリエット殿、できれば手紙ではなく、やはり直接お話したい。お伺いした限りでは、マリオ・フォスカリ殿は元首殿からの信頼も厚く、思慮深くて高潔な方だと思われる。正直に事情をお話して、この問題を解決したい。当時の事情をどこまでご存じか今は分からないが、商人の家で貸借関連の情報をおろそかにしていたとは思えない。」

 「すぐにマリアンヌ様に打診してみます。あのご遺体を私が発見したことが、なぜか偶然には思えません。」

 「私も個人的にマリオ・フォスカリ殿におかげでキプロス王をお会いすることができ、ジュリエットと知り合うことができました。今回私を信頼してお話してくださったことは、私とジュリエットの間だけで共有することをお誓いいたします。それにしても、あのご遺体が、ジュリエットの曾祖父に当たる方かもしれないとは・・・。」

 「ありがとう、ロバート殿。フォスカリ殿への借財をこちらで返済し、宝剣はシチリアにお返ししたいと考えている。法王庁としては先方の後継者争いに関わるつもりはない。借金が弁済されれば、おそらくフォスカリ殿はご納得されると思う。関係者の誰も遺恨を残すことなく穏便に事を納めたい、というのが猊下のご意見だし、私もそれが一番と思う。」


 しばらく黙って皆の話を聞いていたフィリップでしたが、遠くを見つめるような目で語り出しました。

 「私は若くして僧籍に入った身であるし、たとえ相続権があるにしてもジャンカルロもこの宝剣を所有する意思も関心もないだろう。ただ、祖父アルフォンソの持ち物だったとすれば、きちんとシチリアのご出身の家に戻してあげたい。当主の証といわれるものなのだから。きっと大切にされていたのだと思う。

 しかし私と同じように僧籍に入った祖父としては、自分の娘を秘密裏に、かつ安全に大切に育てるために、どうしてもまとまったお金が必要だったのだろう。引き継いだ遺産としては、この宝剣しか手元になかったのだろうし。なぜ担保として差し出したはずの宝剣がヴァティカンにあったのかは謎だが、もしかしてマリオ・フォスカリ殿には何か事情が伝わっているかもしれない。

 祖父アルフォンソの尽力で私の母エレノアは大切に育てられ、やがて領主の正妻として迎えられた。その結婚生活が幸せだったかどうかは、私には何も言えない。ただ、そのおかげで今ここに私が存在している。きっと母は、ただただ自分の子どもや孫たちが、幸せな人生を送ることを望んでいたに違いない。そして今、ジュリエットの姿を天国から見て、母はきっと喜んでいるだろう。」


 ここでジュリエットは今しかないと勇気を出して、フィリップにあのお願いしたのです。

 「あの、お父様、ひとつだけお願いがございます。お父様からどうしてもいただきたいものがございます。」

 「ん? 何かな、ジュリエット。私個人は残念ながら宝剣はもちろん金銀財宝もお城も・・」

 「お父様から、結婚の祝福をいただきたいのです。ぜひ婚礼の儀式の司祭を、お父様にお願いしたいのです。」

 「ジュリエット・・・それは・・・」


 予想外のお願いに、とまどうフィリップでしたが、レオナルドがすかさず声を上げました。

 「それは妙案ですね!なるほど。表向きは教皇猊下が自分の姪の婚礼を祝福することになる。ロバート殿にすれば、社会的身分の格式も上がるし、ジュリエット殿の出自にとやかく言う人達を黙らせることもできる。政治的には神聖ローマ帝国との関係改善を国内外にアピールできるし、サンマルコ共和国は感謝こそすれ、反対する理由は何もない。」

 「あの、レオナルド様、私はただ、父上に・・・」

 「わかっているよ。そんな思惑など考えず、純粋に父上に祝福されたいだけでしょう?もちろん国家的行事ではなく、身内で行う祝宴だ。でももうあなたは、一修道女見習いから、そういった影響を考えるべき重要人物になったのですよ、いえ戻ったというべきでしょうか。」


 レオナルドの口添えで、ジュリエットは念願だった「法王猊下に婚礼の司祭をしていただく」という最高の約束を得ることができ、幸せで舞い上がりそうな気分になりました。翌朝さっそくマリアンヌあてに、商館長と秘書館長の秘密裏の交流の可能性を打診する手紙を早馬で送り、ロバートの邸宅に戻る帰途にヴェネツィアに立ち寄って状況を聞くつもりでした。


 幸せの絶頂のときに限って、どうして悲しい出来事が襲ってくるのものなのでしょうか


 夢のような気分のままで立ち寄ったヴェネツィアで、ジュリエットはまるで夢から覚め厳しい現実世界に引き戻されたのです。

 自分にとって、もう一人の“父親”であるジェロームの暗殺の噂、そして元首リッカルドの病状が回復する見込みがない状態であることを、マリアンヌから告げられたのでした。


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