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神父アルフォンソの宝剣

第84章

 急ぎ、馬をもう一頭迎えによこして欲しいという伝令をフィリップから受けた秘書館長レオナルドは、昼過ぎに司教館から戻ってきたフィリップ一行をヴァティカン宮の入り口にて待っていました。


 「猊下、お客様ですか? おやロバート殿ではありませんか。そちらのご婦人は・・アガタですね。」

 思わぬアガタの登場に驚いたレオナルドでしたが、実は何よりフィリップに相談したい心配事があったため、アガタのことは後回しにして、フィリップに問いかけました。

 「猊下、どちらにおいでだったのですか?」

 「いや、母の墓まで。そこでロバート殿とたまたまお会いして、司教館で一休みしていた。」

 「左様でしたか。実はあの宝剣の返還作業につきまして、猊下とご相談したいことがございまして。」

 「あの宝物庫のご遺体が抱えていた宝剣のことか?」

 「はい。」

 「わかった。夕餉の前に、時間をとろう。レオナルド、今晩はごく内輪の会食の用意をしてくれ。」

 「承知しました。ロバード殿ご婚約を機に大使を辞任され、皇帝陛下に呼び戻されたとは後任の大使殿から伺っておりました。」

 「ありがとう、レオナルド殿。辞任のご挨拶もきちんと出来ず、不義理をしてしまい、申し訳ない。」

 「あの、レオナルド様、ヴァティカンでは大変お世話になりましたのに、私もきちんとご挨拶できず・・・」

 ロバートに続き、慌てて挨拶するジュリエットに、レオナルドは思わず驚いて聞き返してしまいました。

 「ま、待てってくれ。アガタ、あなたは口をきけるのですか?」

 「はい、黙っていて、申し訳ございません。」

 「レオナルド、アガタが黙っていた理由はのちほど私が説明する。詳しい事情は晩餐のときにするからレオナルドも同席してくれ。まずはお二人の部屋を用意してくれないだろうか?」


 自分の立場と処世術をわきまえているレオナルドは好奇心を抑え、ただ「承知いたしました。」とだけ答えて、部屋と食事の用意を指示するために、その場を離れました。


 ロバートとジュリエットを部屋に案内した後、法王の居室に向かいながら、レオナルドはロバートとアガタの登場に驚きながらも、シチリアから届いた情報を、どうフィリップに切りだそうかと、悩んでいました。ロバートの婚約者がなぜアガタという名の唖の修道女見習いとしてヴァティカンにいたのかという疑問より、レオナルドの頭を占めていた問題は、あの遺体で発見された宝剣の持ち主であり、レオナルドのヴァティカン修行時代のメンターであったアルフォンソ神父と、現法王フィリップの母であるエレノアとの関係だったのです。


 若き日のレオナルドは、行方不明になる前日に、たまたまアルフォンソ神父と宝物庫前の廊下で会話をしていたのでした。宝物庫に保管してもらっていた剣を持ち出したいという依頼がアルフォンソ神父から当時の秘書官長に入り、当時、秘書館長の部下であったレオナルドがその対応をしたのでした。


 初老とはいえ、若い頃の鍛えた体躯を維持していたアルフォンソ神父は、医療知識と技術を有していたので、司祭でありながら教会軍の医療面で唯一無二の人材として一目置かれていました。ヴァティカン内の派閥争いや政争からは一歩引いていて、礼拝堂より教会軍の武器庫にいる時間のほうが長いような生活していたのです。司教に叙勲されながら、特定の担当地区は持たず、教会軍が遠征するときに司教の立場で従軍するという特殊な立場にいました。

 あの宝剣を宝物庫から出して、アルフォンソ神父に渡したのは、まさしくレオナルドだったのです。

 「護身用にちょっと必要になったんでね。2,3日の間だから。」

 それがアルフォンソ神父から聞いた最後の言葉になってしまいました。


 その頃、秘書館長から頼まれる用事に日々奔走していたレオナルドは、4,5日たってからやっとアルフォンソ神父が剣を戻しに来ていないことに気がつきました。そしてそのまま彼の行方は杳としてわからなくなってしまいました。


 十数年たって、アガタによってご遺体が発見され、ご遺体はフィリップによるミサの後、その晩に無事埋葬され、「そなたがご存じのかたなら、遺品をご遺族へお渡しして欲しい」というフィリップの指示で、レオナルドはアルフォンソ神父の実家と思われるシチリアの貴族の今の当主に連絡をとったのですが、何通も手紙を出してなかなか返事が来ず、返還作業が滞っていたのです。


 アルファンソ神父が、先代の当主の先妻の息子で、後妻との関係が上手くいっていなかったことはレオナルドも昔、本人から聞いていました。なので、『当主の証』である宝剣が誰に帰属すべきか、おそらく後継者問題でもめているのだろうと予測はしていたのです。

 何ヶ月かたって届いた返信は、現当主のはずのアルフォンソの父の後妻の子孫からではなく、庶出の息子からで「宝剣とともにアルフォンソの子が家督を放棄する誓約書をよこせ」という内容でした。

 その手紙によると、アルフォンソが家を出てからある女性と一児をもうけており、アルフォンソがローマ近郊に村に館を建て、その子を母親と一緒にそこに保護していたはずだ、書かれていました。その館の場所というのが、まさしくフィリップの母の墓のそばにあり、今は司教館となった、エレノアとエレノアの母の住んでいたところとしか考えられなかったのです。

 「フィリップ殿があのアルファンソ神父の孫なのか? もしかして現当主は病床にあり、私からの手紙を読む前に、庶出の息子が目を通して何か裏で画策しているのかもしれない・・・。いろいろとややこしいことになったな。」


 単に宝剣を返還するだけなら、その家の誰が所有者になろうとこちらは知ったこっちゃないと思っていたレオナルドでしたが、見方によってはアルフォンソ神父の娘であるエレノアの長男であるフィリップが宝剣の正当な所有者になる可能性も出てきたのです。もちろんフィリップは宝剣の所有など興味ないはずだと分かってはいましたが、フィリップの出自の秘密をシチリアの一貴族に明らかにするような愚策はできません。


 さらにやっかいなことに、あの宝剣は借金の担保になっていたようなのでした。あの宝剣はその昔、アルフォンソ神父のご先祖様がムスリムとの戦闘で奪い取った高価な宝石が象嵌されていた、大変価値のある宝剣だった、とシチリアからの返信には書かれていました。


 律儀なアルフォンソ神父が生まれた子どもが安全に暮らせる場所の確保と経済的な生活保障にかかるお金を工面するために、あの宝剣を担保に借金をしていたようなのです。その貸借契約書の写しが庶出の息子からの手紙に同封されており、宝剣を担保に金を貸した人物として、サンマルコ共和国の元首を輩出したこともある商人の名が書かれてありました。


 なぜ担保であったはずの宝剣が、金を貸したヴェネツィア商人のもとにではなく、アルフォンソ神父が所持してヴァティカンの宝物庫に預けていたのか、借金の返済は済んでいるのか? 未返済ならなぜ金を貸した商人は何も請求してこないのか?


 アルフォンソ亡き今、後々のトラブルとならないように、その金を貸したヴェネツィア商人の末裔に確認しなくてはならないとレオナルドは考え、調べたところ、そのヴェネツィア商人の孫が現当主としてキプロスのヴェネツィア商館長となっていたことがわかりました。


 現在、宝剣の正当な持ち主の名は、マリオ・フォスカリということになっていたのです。

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