運命の巡り合わせ
第83章
「そこにおられるのは、ロバート殿でいらっしゃるか?」
ロバートとジュリエットが同時に振り向くとそこに、召使いも連れずに地味な法服を身にまとっているフィリップがいたのでした。
「猊下! 何故ここに?」
「アガタ? そなたこそ何故ここに? そ、そなたは口がきけるようになったのか?」
フィリップを見つめたまま硬直してしまったジュリエットのかわりにロバートが口を開きました。
「法王猊下、私がアガタをここに連れてきたのです。彼女は」
「いいの、ロバート。全てお話しなければならない時がきたのだわ。エレノア様の前で。」
ロバートが言い訳をしようとしたところを制止して、ジュリエットは覚悟を決めたしっかりとした口調で言いました。
「猊下、あなた様を欺いていたことを心からお詫びいたします。お許しいただけるとは思っておりません。ただ、お話を聞いていただければ幸いです。わたしの名前はアガタではございません。本当の名はジュリエットと申します。エレノア様は私の祖母なのです。今日はおばあさまに婚約の報告に、ロバートとともに参りました。」
「そなたが、私の母エレノアの孫? どういうことだ?」
「申し訳ございません。マリアンヌ様から決して素性を明かしてはならないと。もし明かすようなことになったら、二度とお父様に会えないようになると言われて、今まで黙っておりました。」
「よく分からないのだが、そなたの父親というのは? ジャンカルロか?」
「いいえ、違います。ジャンカルロ様ではごさいません。」
「それは、つまり・・・まさか!? そんなことが!? では、そなたの母親はマリア・・・?」
その質問に泣きながら頷くジュリエット。フィリップがショックを受け、動揺し、激昂するか失望するか、いずれにせよ自分の存在を否定するかもしれないと覚悟したのです。
ところが、衝撃を受けたもののフィリップは意外にもすぐ冷静さと落ち着きを取り戻しました。
「そうだったのか・・・そうか。最近またドロテア殿の夢をよく見るのは、そういうことだったのか。。。実は昨晩は母も夢に出てきて、母が晩年に過ごした家で、母とドロテア様と私の三人で楽しく思い出話をしている夢をみたのだ。ふと今朝思い立って、一人でここにやってきたのだよ。そうか、そういうことだったのか。ドロテア様が引き合わせてくれたのだな。」
一人納得したようにつぶやくと、フィリップは落ち着いた表情でジュリエットに言いました。
「ロバート殿、そしてアガタ・・・ではなくジュリエット、あなたがたから詳しい事情を聞く前にまずは一緒にあなたのおばあさまに報告しよう。きっと天国にいる母が、ドロテア様にもこの婚約を伝えてくださるだろう。」
エレノアが晩年に済んでいた家は、今は司教館になっていて、フィリップが墓参に来る度に立ち寄っていたのですが、フィリップはそこへ二人を案内し、ゆっくり話を聞くことにしました。
ジュリエットは自分の生い立ちをすべて素直に順序立てて、フィリップに話しました。修道院で育ったが、マリアンヌが母のように自分を気に掛けてくれて、導いてくれていたこと。幼い頃からマリアンヌから薬草治療の手ほどきを受けていたこと。マリアンヌに勧められてジェローム王の妻としてキプロスに行くことになり、キプロス王は父親のようにかわいがってもらったこと。ロバートと出会ったのはキプロスの王宮で、戦争に巻き込まれないために公式には処刑されたという発表の裏で密かにキプロスからヴェネツィアに帰国するときに、ロバートが護衛として付き添ってくれたこと。無事帰国してから、マリアンヌから自分の出生の秘密を聞かされたこと。母マリアに会ったときは実感が湧かず、自分の存在がかえって母を苦しめているのではないかと感じてしまったこと。そしてマリアンヌのかわりにロバートの父親の最後を看取ったこと。そのあとにロバートの告白を受けたこと。
「ジュリエット、そなたロバート殿の好意を分かっていて、なぜヴァティカンで修道女見習いになってまで私の所にきたのかな。」
「私は公では存在するはずのない人間となっていました。でもどうしても、本当の父上にお会いしたかったのです。幼い頃から母親のようにマリアンヌ様が気に掛けてくださいましたので、ほとんどさみしさを感じたことはございませんでしたが、父親という存在は想像するしかありませんでした。私にとってはずっと憧れの存在だったのです。そしてキプロスのジェローム様のもとに輿入れしたとき、彼は私をまるで娘の導き守るように接してくださいました。私が寂しい思いをしなくて済むように、私が夢中になれることを続けられるように、いろいろと気遣ってくださいました。王宮内に特別に薬草園を造園してくださり、私が作る治療薬を王宮の侍医に意見を伺うことができて、とても参考になりましたし、私の薬の改良品を作ると、いつもご自分で試して褒めてくださいました。おそらく私は、ジェローム様に父親に対する敬愛のようなものを感じていたのだと思います。私は“ああ、父親とはこのような人なのかしら“などと空想しておりました。運命のいたずらで母国も戻り、マリアンヌ様から本当の父の存在を知ると、どうしてもお会いしたくなって、マリアンヌ様にお願いしたです。」
「なるほど、あなたはヴェネツィア大使の推薦でいらしたのだったね。ということはリッカルド殿もご存じということか。父親である私だけが知らなかったのか・・・。いや父親であることすら、娘がいることさえ知らずに今日まで・・・。」
「猊下、申し訳ございません。欺すつもりなど全くございませんでした。ただ、父上にお会いしたい、少しの間でよいからおそばにいたいと・・・。」
しばらくの間じっとジュリエットを見つめたあと、フィリップの声は、父親のそれと変化していました。
「うん、わかっているよ。私だって娘がいるとわかったら、一目でもいいから会いたいと思っただろう。偽名を使ったのも、口がきけないということにしたのも、用心としてマリアンヌの指示なのだろう? 私はあなたを知らないが、もしかしてあなたを知る誰かとヴァティカンで会ってしまう危険性を考えたんだね。」
「実際、私がすぐ見つけてしまいました。私にとっては幸運な驚きでしたが。想いを告白した途端、どこかに消えてしまった相手です。どんなに質素な修道女見習いの格好をしていても、すぐわかりました。」
ロバートの言葉を聞きながら、フィリップは誠意を込めて自分に仕えてくれたアガタとの日常をしみじみを思い出していました。
「そうか、そなたが私の娘か。あの宝物庫のことでは、いろいろつらい思いをさせてしまったね。でもあなたと過ごした時間は、私にとってはかけがえのない、穏やかな癒やしのときだった。」
「猊下・・・」
「私を父上と呼んでみてくれないか?」
「では、私を娘と認めてくださるのですか?」
「もちろんだよ、こんなかわいらしい娘を持てて、私はとても嬉しい。もちろん公表できないが、私はこれから毎日、神に罪の許しと感謝の祈りをささげようと思う。ジュリエット、おめでとう。式ではあなたの父親の役割は果たせないが、遠くからあなたの幸せを祈っているよ。」
「父上・・・・ありがとうございます。」
「ロバート殿、あなたならきっと大切にしてくれると信じている。」
「はい、猊下、承知いたしました。」
「これでドロテア殿の約束を果たせたのかな、私は。」
しばらく目を閉じ、フィリップは、独り言のように語り出しました。
「それにしても不思議なものだ。運命の巡り合わせとでもいうのかな。私がフォーフェンバッハに欺されて幽閉されていなければドロテア殿から遺言と指輪を託されることもなかったし、キプロス王ジェローム殿との密談会見がなければロバート殿と会うこともなかった。ロバート殿がフォーフェンバッハの悪事を暴こうとキプロスまで行ったことで、ジュリエットと出会い、ジェローム王が戦争に巻き込まれないようにジュリエットを逃がしてくれて、そして私の側に来てくれたジュリエットがヴァティカンでロバート殿と再会した。そして・・・今、私の母が晩年を過ごしたこの館で三人で話をしているとは。
ここは、私の母エレノアの母親、ジュリエットあなたにとっては曾祖母が暮らした家でもあるのだよ。母エレノアは、ここで生まれ幼少期を過ごしたらしい。」
「そうなのですか。古いけれど、とても居心地のよい館ですね。」
「そう、あなたの祖母であるエレノアは、自分の父親を最後まで知らなかったようだ。母と召使いたちと暮らしていて、たまにやってくる大人の男性が父親なのだとなんとなく感じていたらしいが、名前さえうろ覚えで、どういう立場の人間なのか、何をしている人なのか、決して教えてもらえなかったそうだ。そして13歳ごろに突然、とある貴族の家に養女に出されてしまったという。父親からも母親からも引き離されてしまったんだ。しばらくは母と父に会いたくて、毎日隠れて泣いていたそうだ。
ジュリエット、どうしても父親に会いたかったと言ってくれたとき、自分の少女の頃のことを私に話してくれたときの、母エレノアのさみしそうな顔を思いだしてしまったんだよ。」
その日は、フィリップに熱心に招待され、ロバートとジュリエットはヴァティカン宮で一晩滞在することになりました。その滞在中に、まるで運命の巡り合わせの続きかのようにエレノアさえ最後まで知ることができなかった父、フィリップの祖父のことが分かったのです。
<ご参照>
スピンアウト作品
シンデレラの母の告解 https://ncode.syosetu.com/n4243iy/
ジェロームの半生 https://ncode.syosetu.com/n2058ix/




