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新たな不安

第81章

 「ロバート、あなたはまだジュリエットに、フィリップの娘だと知っていたとは話していなかったのね。キプロスからの帰国の船での約束を守ってくださっていたのね。」


 マリアンヌがエレノアとの関わりを説明する長い話を終えて、ジュリエットに疲れた様子のマリアを寝室まで送り届けるようにお願いした後、二人きりとなったタイミングで、そうロバートに切り出しました。


 「マリアンヌ様とのお約束もありましたが、プロポーズの前に知っているということを告白しようかと迷いました。しかしただでさえ当時、私に皇帝陛下からいただいた縁談話があることを彼女が気にしていたこともあり、正式な親のいない自分はふさわしくないと受け入れてくれなかった。さらに私が彼女の父親が誰であるか知っている、などと告白しようものなら、ジュリエットの性格から、彼女は完全に身を引いてしまったでしょう。まずは私のほうから、皇帝陛下からの縁談が破談になりそうであることを説明し、ジャンカルロ殿に養父となっていただく計画を話しました。それから法王猊下に還俗のお願いに伺ったのです。アガタの還俗を。そこまで決まってしまえば、彼女も安心してくれるだろうと考えました。」


 「フィリップが知らないのは当然として、ジュリエットは、あなたがフィリップの娘だと知ってしまったら、この話が解消されないかとずっと怯えているみたい。私からあなたが知っていることをジュリエットに伝えましょうか?」


 「ジュリエットを不安にさせてしまい、申し訳ありません。私も、ジャンカルロ殿がジュリエットの養父になってくださると確約がとれたら、私からきちんと知っていることを告白するつもりでした。間違ってフォーフェンバッハの手に渡ってしまったエレノア様の遺言状の内容を勝手に読んでしまったことは若気の至りでした。あのときはフォーフェンバッハの悪事の証拠を探しだそうとしている中で、エレノア様の遺言を見つけて内容を勝手に読んでしまったことは今でも恥じています。見つけた遺言はジャンカルロ殿にお返ししましたが。ただ、そのときは遺言に書かれていたフィリップ殿とマリア殿の娘と、キプロスで出会ったジュリエットが同一人物だとは全く思い至りませんでした。出会ったときはマリアンヌ殿の弟子といわれていたので、キプロス王の妻とさえ最初思わなかったくらいです。あの二人の関係は夫婦というより親子のような空気感でした。」


 「そうでしょうね。実際、ジェロームは夜伽を命じていなかったから。ジュリエットを娘のように気遣ってくれていたの。」


 「キプロス王宮の薬草園で彼女と話しをしたときから、なんとなく気がついていました。キプロス王が私に、彼女の脱出協力を依頼されたとき、頭の中で完全にピースがつながったというか。なぜそんな秘密裏に、かつスルタンを裏切ってまで彼女を助ける理由は何なのか。サンマルコ共和国の養女の身分だとは存じていましたが、それだけではない何かを感じました。キプロスの帰国の船上で、あなたとお話ししたときは、ああ、やはりそうだったのか、と。」

 「でも、あのときはお互い、無事に帰国できることで頭がいっぱいだったわね。」

 「はい、それにあのときはまだ、私自身もジュリエットに特別な感情を抱いているけではありませんでしたし。」

 「では、帰国してから、あなたの気持ちに変化があったのね。」

 「産みの母親がマリア殿であることは、私の父の看護をしているときにジュリエットが告白してくれました。その頃には、正直私はジュリエット自身に心惹かれていましたから、彼女の出生など、気にしなかったというか・・・。本当にフィリップ殿が父親なのだと改めて確信したのは、彼女がヴァティカンで法王猊下に仕えているとわかったときです。突然行方をくらましてしまった彼女を偶然見つけて、なぜヴァティカンにいるのだと考えたときに、ああ、やはり父親のそばにいたかったのか、と。ただ、彼女はアガタという偽名を使い、唖の人間と偽っていた上、私には法王猊下には秘密にしてほしいと懇願してきたのです。そのとき、フィリップ殿はジュリエットに会ったことがなく、それどころか自分の娘の存在すら知らないのだと理解したのです。」


 「ええ、知らないのは今やフィリップだけかも知れないわね。生真面目なフィリップのことだから、娘がいると知っただけで、姦淫の罪の意識からまたヴァティカンを辞して放浪の旅に出てしまいかねないわ。だから皆、フィリップの耳には入らないようにしてきたの。それにもうひとつ、エレノア様が異端のカタリ派の頭首の娘だということも。それがフィリップを悩ませることになるということもあるし。」

 そこまで会話がすすんだところで、ジュリエットが戻ってきました。


 「さあロバート、ジュリエットに話して頂戴。あなたが知っているジュリエットの重大な秘密を」

 「え? マリアンヌ様、それは、私から・・・。」

 動揺するジュリエットにロバートは微笑みながら言いました。

 「ジュリエット、あなたの全ての過去を受け入れると言っただろう?信じていなかったのかい? さ、あなたの叔父上であるジャンカルロ殿に会って、養父になっていただこう、それからあなたのおばあさまであるエレノア様のお墓に報告に行こう。」


 ジュリエットは「黙っていてひどいわ、ロバート」とうれし涙を目にためながらロバートの胸をたたいて抗議し、ロバートは「ごめんごめん、君が知るずっと前に、エレノア様の遺言を読んでしまったんだ。」とジュリエットを優しくハグし、髪を撫でながら謝り続けました。

 その微笑ましい光景を眺めながら、マリアンヌがやっと、エレノア様との約束を果たせる日が来たのだとしみじみと実感したのです。


 ジュリエットはこのとき初めて、本当に心から幸せをかみしめることができました。そして改めて強く、父であるフィリップに、ロバートとの婚礼の儀式を父が司祭として執り行ってほしいと思ったのです。


 翌日、ジュリエットがジェロームあての婚約報告の手紙を書いたあと、ロバートとジュリエットはジャンカルロの屋敷に向けて出立しました。マリアンヌはジュリエットの手紙を持ってリッカルドのいる元首宮に戻り、治療しながらリッカルドに別荘での経緯を詳しく話してから、リッカルドの前で、一時帰国中のマリオ・フォスカリにジュリエットの手紙を託したのでした。


 「お手紙確かにお預かりしました。キプロスに戻り次第すぐにキプロス王にお渡ししたいと存じますが、状況によっては時間がかかるやもしれないことをお許しください。」

 「フォスカリ殿、何か問題でも?」

 「私の杞憂であれば良いのですが、スルタンの兄弟間の争いの矛先がキプロスに向かう可能性があります。」

 「それは、ジェロームが争いに巻き込まれているということ?」

 「まだどうなるか情勢がはっきりしないのですが。」

 「マリアンヌはここで聞いたことは決して口外しないと信用している。フォスカリ、マリアンヌに簡潔に状況を説明してあげてくれ。」


 そこでマリアンヌがフォスカリから聞いた話はこうでした。

 キリスト教国との交易で繁栄しているキプロス王ジェロームが再びキリスト教に改宗するつもりだ、との噂がスルタンの耳に入ったというのです。後継者争いをふっかけたスルタンの弟が、兄との争いに敗れて逃亡した先で、せめてキプロス島くらいは自分のものにしようという流した根拠のない噂だったのです。しかしジェロームは申し開きのために、自らスルタンが滞在しているコンスタンチノープルに向かわざるを得なくなっったのですが、スルタン弟はイエニチェリを使ってコンスタンチノープルを往復するジェロームを船で暗殺する計画があるらしい、と。イスラム国内の争いに、サンマルコ共和国は手が出せない。事態がどう動くか静観するしかないと。


 「あの用意周到で冷静なキプロス王のことです。うまく立ち回るとは存じますが、相手はイエニチェリ軍の特殊部隊。失地回復に焦っているスルタンの弟もこの陰謀がばれたら、と強引なことをしかねない状況です。」


 ジュリエットとロバートとの結婚という幸せな気分だけに満たされていたマリアンヌの心の中に、どうしようもない不安が広がっていったのでした。


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