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婚約報告

第80章

 リッカルドを休ませた後、マリアンヌは元首宮の中の、かつてキプロスから帰国したときに滞在した部屋でジュリエットとロバートとゆっくり話すことにしました。


 このときまだ、ジュリエットはなぜヴァティカンに修道女見習いとしてフィリップに仕えさせてもらったのか、ロバートに詳細を告白していなかったのです。もともとロバートはフィリップを母の恩人と感謝している経緯を毎週のデートの際に聞いていたので、自分がフィリップの娘であることをロバートが知っても嫌悪感を抱かれることはないだろうとは思っていたのですが、改めて話して彼が婚約を解消するかもしれないと、心の奥底で怯えていました。真実をどう話せばよいか自分一人では結論が出ず、自分よりロバートとの付き合いの長いマリアンヌに相談してから決めようと考えていたのです。


 ロバートが、マレーネあてに手紙を書くために席を外した隙に、ジュリエットはマリアンヌに相談したのでしたが、予想外の話に大きく動揺してしまいました。

 「ロバートは、すでに知っているわ。キプロス王との事はもちろん、あなたが誰の娘かもわかった上でプロポーズしたのよ。だから安心して良いのよ、ジュリエット」

 驚愕で声の出ないジュリエットに、マリアンヌは言葉を続けました。

 「ロバートに、秘密だったあなたの父親の事を教えたのは誰でもないの。彼は偶然、あなたの祖母であるエレノア様の遺言を読んでしまったの。」

 「マリアンヌ様、それはどういう…」

 マリアンヌは、エレノアの遺書が手違いでフォーフェンバッハの手に落ちてしまったこと、ロバートが、フォーフェンバッハの母への仕打ちに対する復讐心から、悪事の証拠を探す過程で、読んでしまった事をかいつまんでジュリエットに話しました。

 「ロバートは、若気の至りとはいえ勝手に人の遺書を読んでしまったことを、とても恥じているわ。だからあなたには何も知らないそぶりをしているだと思います。だから黙っていたことを許してあげて。」

 「フォーフェンバッハというのは、確かキプロスで牢屋に捉えられた…。そうだったのですね。そこまでの因縁が…。」

 「ロバートにとっては心身喪失するくらい辛い記憶だったから、母上をめぐる事件は、あなたには詳しく話していなかったのでしょうね。」

 「分かって良かったです。マリアンヌ様。私、勇気を出して、ロバートに私の出生について話さなければならないのですね。本当に幸せになるのは、ロバートには隠し事をしたくないですし、ロバートの辛い過去にもきちんと向き合いたいと思います。それに、この結婚を親族全員から祝ってもらいたいと思うのは私の我が儘でしょうか。明日にでも私の産みの母であるマリア様への報告はロバートと一緒に行くつもりです。私が幸せになる姿を見てくだされば、マリア様の気鬱の状態もきっと良くなると思います。」

 「ええ、それはきっとそうね、ジュリエット。私も同行するわ。」

 「ヴァティアンにいたとき、フィリップ殿から若かりし頃の恋愛を聞きました。あれはマリア様とのことだと確信しております。娘のようにかわいがっていただいた猊下に、あなたの娘は幸せになりますと、どうしてもお伝えたいのです。猊下は喜んでくださらないのでしょうか? 私、密かに憧れておりました、ロバートとの婚礼の儀式を父が司祭として執り行ってくれないかと。」

 「ジュリエット・・・。フィリップはまだ知らないのよ。娘がいる事さえ。」


 そこまで話をしていたときに、ロバートが戻ってきたので、ジュリエットはそこで話をやめ、とりあえず翌日は、ジュリエット、ロバート、マリアンヌは一緒にリッカルドのブレンダ運河沿いにある別荘へ、マリアに婚約の報告をするために訪れたのでした。


 ジュリエットの予想通り、マリアは婚約をとても喜び、ロバートが困ってしまうほど何度「娘を宜しくお願いします。」と嬉し涙を流しながら頼んだのです。ヴァティカンに出発する前には自分の存在が産みの母マリアを苦しめているのではないかと感じていたジュリエットも、自分のことでこんなに喜んでくれるのかと感激し、一層、父フィリップにも娘であると名乗り出て、ロバートとの婚約を告げたくなってしまいました。


 二人の馴れそめを知りたいというマリアからの言葉に、マリアンヌがキプロス脱出の際に、キプロス王から直接ロバートにジュリエットの護衛を頼まれたという経緯を話し始め、ロバートが話しを引き継ぎました。

 「船の中でジュリエットと話す機会もあったのですが、無事ヴェネツィアに戻ることで頭がいっぱいでしたし、私もとあることでキプロス王からの恩義を感じておりましたので、そのときは大切なご婦人をお守りする臣下のような気持ちでおりました。複雑なお立場であることは承知しておりましたし。」

 「そう、あなたが命がけで娘を、ジュリエットを無事に連れ帰ってくださったのですね。」

 「いえ、すべてジェローム王が準備を整えてくださいましたし、マリアンヌ様もいらっしゃったので。帰国後、重篤だった私の父の看病と看取りをジュリエットにしてもらってからでしょうか、その頃から私の気持ちがはっきりと変化したのだと思います。しかしそのときはまだ私の一方的な気持ちだけで。親しくなったのは、ヴァティカンで彼女に再会して以降です。とある事件がきっかけで。」

「とある事件? ヴァティカンで何か事件に巻き込まれたの、ジュリエット。私も聞いていないわ。」

「マリアンヌ様もリッカルド様のご看護で大変なときと思いまして、ご心配をかけたくなくて、連絡せずにおりました。」


 ここで、ジュリエットとロバートは二人で交互に話を補足しながら、あの宝物庫にかかわる一連の出来事を話しました。


 「そうだったの。私が昔、唖の女としてヴァティカンに潜入したこときは宝物庫には出入りしたことが無かったし、謎の隠し部屋なんて全く聞いたことがなかったわ。私がいたころは突然行方不明になったなんて話はなかったし、私が去った後の話でしょうね。」

 「私が法王猊下にジェローム様からの贈り物を保管させて欲しいなんて、差し出がましいお願いをしたばかりに・・・・」

 「でもその宝剣を抱えたご遺体は、ジュリエットが発見してくれたおかげで無事埋葬されたわけだし、盗難事件に巻き込まれた結果、ロバート殿とローマでも親しくお付き合いできたわけでしょう? ジェロームはあなたがキプロスから戻って修道女見習いになどなると思っていなかったでしょうから、着用する機会があるとこの素晴らしいヘアピンを贈られたのだろうし。それにしてもロバート、このジェロームからのヘアピンに合わせて、真珠の婚約指輪を用意するなんて、素晴らしいわ。」

 「ジュリエットの過去をすべて受け入れた上でのプロポーズだと、分かっていただきたかったのです。」

 「ありがとう、ロバート殿。私は表だって娘の母親として祝福できない身の上ですが、産みの母として、娘をどうか、どうかよろしくお願いします。」

 「はい。ジュリエットと二人で幸せになります。」


 そのロバートの言葉に、何かを決心したような表情をしていたジュリエットはマリアンヌに尋ねました。

 「マリアンヌ様、私からジェローム様に婚約の報告をしたほうがよろしいのでしょうか? 贈り物のお礼もまだ出来ておりません。」

 「そうね。リッカルドに頼めば確実に手紙をお届けできると思うわ。彼ならきっと祝福してくれるはずよ。ジャンカルロ様のお屋敷に養父のお願いに上がる前に、お手紙を書いておけるかしら?」

 「はい、それに、よろしければ、ジャンカルロ様に養父になっていただくご了承を得られたら、ジャンカルロ様の母上であり、私の祖母でもあるエレノア様のお墓にもご報告に伺いたいのです。勝手なことを言い出してごめんなさい、ロバート。よいでしょうか?」

 「もちろんだよ。」

 「お母様、伺ってよろしいでしょうか? エレノア様がどんな方だったのか、どのように生きた方なのか。フィリップ様にところにお仕えしていたときに、少しだけ昔話として伺ったことがあったのですが、ずっと知りたいと思っておりました。」

 突然の質問に動揺して、どう答えようか迷っているマリアの代わりにマリアンヌが答えました。

 「マリア様はもちろんエレノア様のことはご存じだけど、事情があって、お親しくできなかったの。もしかしたら私のほうが、よく存じ上げているかもしれないわ。とても素晴らしい女性だったの。そもそも私がエレノア様に約束したのよ。ジュリエット、あなたの幸せを。」

 「幼い頃から、なぜなのかと疑問を持っておりました。マリアンヌ様はなぜ私のことをここまで大切にして、気を配ってくださるのかと。私とは血縁関係はないと修道院のシスターから伺っていました。そうだったのですね、私の祖母とのお約束だったのですね。事情をお伺いしとうございます。」

 「わかったわ。長い夜になりそうだけど構わないかしら、ロバート殿」

 「もちろんです。私も母の最後のことはフィリップ様から伺うことができて本当に心が落ち着きました。ジュリエットがここまで希望する気持ちもわかります。それに、私もぜひ伺いたいです。マリアンヌ殿が素晴らしいという、その女性のお話を。」


 その後、ジュリエットとロバートが ジャンカルロの屋敷で歓待され、ジュリエットの養父養母として婚礼に参列するという約束をもらい、二人がエレノアの墓参に向かったころ、ジュリエットからのジェローム宛てのロバートの婚約報告の手紙はジェロームに直接届けられるように、ちょうどヴェネツィアに一時帰国していたマリオ・フォスカリに託されキプロスの王宮に届けられました。しかしそれは読まれずに何ヶ月も放置されることになったのです。


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