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シンデレラ、その後  作者: 境時生
第一部
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立ち位置

第8章

 翌朝、3人は、それぞれ別の方角に向かって出発しました。カルロスは、妻とエレノアの待つ城へ。エドモンは法王の下へ。そしてフィリップはフランソワのもとに向かいます。それぞれが会合の“成果”を報告しに。


 とくに演技力のある難しい報告をしなければならなかったのはフィリップでした。

 「エドモンの要求はこうでした。カルロスに、自分と一緒に教会軍に参加せよというのです。父上を孤立させるおつもりだったのでしょう。もちろんカルロスは拒否しました。皇帝が捨てろというならマリアエレナと離婚することもできるとまで言い放ったのですよ。私はマリアエレナの身が心配でたまりません!父上、一度会いにいってかまわないでしょうか?」

 「そんなことより、会合の場は、おまえの言っていた場所ではなかったのか? なぜ変更になったのか?」

 「変更になったことを、どうしてご存知なのですか?」

 「どうしてって、予定より帰りが遅くなったではないか! 何かトラブルが起こったか、場所が遠方に変更になったのかと思うだろう。お前の身を心配していたのだそ。」

 「ご心配をおかけして申し訳ありません、父上。あの場所についてから、カルロスの希望で変更になりました。理由はわかりませんが、彼の領地にある別荘にすぐ移動したのです。何かまずかったでしょうか?」

 フィリップはとぼけて答えた。

 「だから、カルロスの領地内では、身の安全を確保できるかどうかわからないではないか!おまえは法王の秘書官なんだぞ。」

 「確かに私はカルロスが憎いです。しかし、今や父上とカルロスは味方同士だから安全だと思ったのです。何よりエドモンが一緒でしたし。それにいま母上もマリアエレナの看病でカルロスの館に滞在していると聞きましたし。そういえば、母上は? まだあちらなのですか?」

 「まだ一、二週間は滞在するだろう。フィリップ、悪いが、このままエドモンの情勢を見張っていてくれ。いつ教会軍の総指令官になるのか、いつまでなのか。あと法王の健康状態もだ。頼むぞ。」

 「わかりました。ではそろそろお暇しなくてはなりません。法王様よりいただいた外出のお許しは明日の日没までなので、もう早馬で出なければなりません。」


 フィリップが去ったあと、フランソワはひとり自己満足に浸っていました。

 「ひとまずこれでいい。しばらく様子を見ることだ。いまのところは法王を怒らせることもなく、皇帝との姻戚関係を築くことができた。カルロスは食えない男だが、いましばらくはいい関係を作っておいたほうがよさそうだ。エレノアには、配慮しなければならない親族などいないから、あとでどうにでもなる。マリアンヌでもメイでもいいから、男の子ができれば、心おきなく始末できるものを。。」


 エレノアは、あと一週間、もう一週間とカルロス邸での滞在を伸ばしていました。フランソワもマリアンヌやメイと、それぞれ関係を続けるのは、そのほうが好都合なので、しばらくほうっておいたのです。エドモンの教会軍の総指令官就任も公表されないし、もしかしてエドモンと法王の間が微妙になったか、本格的に法王の病状が悪化し、次のコンクラーベに向けた活動でそれどころでなくなったのか。特にこれといった問題も衝突も事件も起きず、ジャンカルロの結婚式から二ヶ月がたとうするころ、フィリップから手紙がきました。

 「父上、どうもエドモンの教会軍総指令官という話は立ち消えになってしまったようです。エドモンが教皇領の領地を要求して法王を激怒させたとか、法王の私生児を非難したとか、さまざまな揣摩憶測が飛んでおります。」


翌週の手紙

 「父上、おかしなことに、あなたのお名前が取りざたされているのです。噂によれば、父上が母上と離婚したがっている。その許可を得るかわりに、教会軍総指令官を引き受けたと。父上、母上と離婚されるおつもりなのですか?」

その翌週の手紙

 「父上、さらにおかしな噂が広がっています。カルロスやジャンカルロまでが候補者名簿にあがっているのです。名前があがらないのはオルシーニ家くらいだ、といわれるような状況です。」


 教会軍総指令官が誰になるのか、いまやフランソワにはどうでもよくなってしまいました。それより、もっと気がかりなことに、すっかり心を奪われてしまっていたからです。マリアンヌもメイも、いっかな妊娠しない。もしや、体が問題なのは、自分のほうなのでは? あの十字軍行きの船の中で感染した病気のせいで。フィリップとマリアエレナは、エドモンの子ではないかと思っていたが、よもやジャンカルロまでもが・・・。


 いまやジャンカルロは皇帝の一番のお気に入りの若者でした。武術の指南役にカルロスを任命したので、ジャンカルロがカルロスのもとに行くときはいつも、アンナマリアと仲のよいソフィーはついていき、そこには、カルロスも一目置くゴットマザーのような存在のエレノアが、みなを暖かく見守っているのでした。若き日のカルロスが、フランソワへの怒りをおさえられずに、ジャンカルロの継承権を主張しようとしたことなど、いまや笑い話となり、あのときの和解役であったエドモンも、しばしば顔を見せ、カルロス夫妻から歓迎されていました。

 「エレノア、君に謝らなければならない。私は一度だけ君に嘘をついた。君の解放と私の教会軍の総指令官の就任は関係なかったんだ。あのとき、どうしても急ぎカルロスと会いたかった。君があのころカルロスを嫌っていることを知っていて、それでも交渉してほしかったんだ。申し訳ない。」

 「いいえ、そんなことかまいません。それにカルロスに一目会ってすぐ、彼の人柄がわかりましたわ。でも、教会軍の総指令官の話は、どうなったのですか?」

 「肝心の法王の容態がよくない。それに、法王はどうも、あちこちに声をかけていたようだ。まあ、フィリップがいるから、下手な態度はとれないが、今のところ静観していようと思う。」


 そんなとき、フランソワは、親族でありながら、その輪の中に入れずにいました。まもなくエレノアと離婚するつもりだったので、ジャンカルロの婚礼が済んでしまった後は、マリアンヌほかの愛人たちとの存在を隠そうともしなかったため、愛人の存在、エレノアと離婚したがっていることなどが、世間に知れ渡ってしまったからです。

 領主の不倫問題は、単なる恋愛沙汰ではおわらない宿命を背負っています。フランソワはあせっていました。エレノアには同情が集まり、エドモンの教会軍司令官の就任の話も出ず、このまま新たに自分の子どもが出来ないとなると、ジャンカルロに、エドモンとエレノアの子であるジャンカルロに全てを譲り渡すことになってしまいます。


 「ここで本当にエレノアと離婚したら、彼女はきっとあのエドモンの奴と再婚し、私だけが皇帝のお気に入りグループの蚊帳の外になってしまう。エドモンと再婚できれば、エレノアはいずれフィリップにも本当の父親は誰か、真実を告げるだろう。そうしたら、味方を全て失ってしまう!」

 フランソワは、最後の切り札をきることを決断します。エレノアが法王の私生児かもしれないという話を誰にも告げ口しないかわりに、フィリップ、アンナマリア、ジャンカルロがエドモンの子であることは一生知らせず、エレノアは自分のもとに戻ること。

 この取り決めは手紙では危険と考えたフランソワは、エレノアに「会う機会用意してほしい」と伝えてもらうことを、誰かに依頼することにしたのです。

 「そう、ソフィーが適役だ。事情は知らないだろうし、私は彼女の義父という存在でもあるから、頼みごとがしやすいだろう。」


 ジャンカルロは今、皇帝の親族であり臣下の一人として、皇帝の離宮のひとつだった城に宮殿に、ソフィーと暮らしていました。そこを訪ねたフランソワ。好都合なことに、ジャンカルロは皇帝と狩に出ていて不在。ソフィーだけがいたのです。

 「まあ、義父様。わざわざお越しくださるなんて。どうかなさったのですか?」

ソフィーの純真で陽気な態度にフランソワは慰められる思いがしました。そして若い頃、エレノアと知り合ったばかりの頃の、人生の辛さも苦しさも知らなかった幸せな自分を思い出したのでした。


 「お会いできてうれしいわ。今日はこちらにお泊りになって、ぜひ、明日ご一緒にカルロスのところに行きませんか? みなさまお集まりになるのに、なぜ義父様をお誘いしないの、といつもジャンに言っておりますのよ。」

おそらくジャンカルロは、何も彼女に説明していないのだろう、とフランソワは感じました。

 「ありがとう、ソフィー、明日は用があるので、次の機会にでも。君がジャンカルロと仲良くすごしてくれていればそれでいいんだ。」

 「ジャンは昼間から午後おそくまでは、ほとんど宮廷におります。そのほかさまざまなお使いに飛び回っておりますわ。でも夜は遅くなっても必ず帰ってきてくれます。私はそれで十分ですわ。戦争になったら、そうはいかなくなってしまうのでしょうけれど、いまはとても幸せですわ。」

 あまりに屈託のないソフィーの態度に、フランソワはなんだか自分が恥ずかしくなり、用件を切り出せずに、その日は帰ってきてしまったのです。


 翌週、フランソワはまた昼にソフィーを訪ねました。純粋に彼女に会いたかったからです。その次の週に、また。フランソワは急速にソフィーに惹かれていったのです。義父という立場でありながら、いけないと思いつつ、彼女に会いたいという気持ちを抑えることができなくなってしまったフランソワ。それは、フランソワにとって、なんの裏もない、正真正銘の恋だったのです。


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