良い知らせ
第79章
「もちろん、私は大賛成ですわ!」
いつもの習慣で、夕食後にソフィーに手紙を込み聞かせたジャンカルロがでしたが、手紙を読み終わった途端にソフィーが声をあげるなど、初めてのことでした。
「あなた、すぐロバート殿とソフィー様のお二人をこの屋敷にご招待しましょう!ジュリエット様は、あなたの姪であり、エレノア様の孫ということですわよね。お会いするのが待ち遠しいですわ。」
珍しく興奮気味に話すソフィーに戸惑いながらも、落ち着かせようとしてロバートは問いかけました。
「あなたも私もまだ、このジュリエット嬢と会ったことはないんだよ。それなのに、すっかりお気に入りのようだね、ソフィー」
「だってあなた、このお手紙の内容だけでも、しっかりしたお嬢様だということがわかりますわ。」
「彼女に恋する男が書いたものだぞ。そのまま信じてよいのか?」
「その手紙には経緯の説明が冷静に書かれていましたわ。ジュリエット様の容貌のこととか、ロバート殿の感情などなしに。それでいて、ロバート殿のジュリエット様への真摯なお気持ちが伝わってきます。お二人が時間をかけて信頼を築き上げてきたことがわかりますわ。」
「わかったよ。何はともあれ、お二人と会うとしよう。」
「あ、でもいまはフィリップ殿のおそばで修道女見習いをなされているのであれば、還俗の手続きも必要でしょう。フィリップ殿もすぐお許しになるのかどうか。」
「そこは張本人のロバート殿に任せよう。」
そこで急にソフィーが黙り込みました。
「ん?どうしたんだ、ソフィー」
「いえ、婚約が整ったら、キプロス王にもお知らせするべきかしら? スルタンを欺いてまでジュリエットの命を助けただけでなく、無事帰国できるよう手はずを整えたなんて、本当に彼女を大切に思っていた証拠だわ。」
「それは、ジュリエット本人に会ったときに相談しよう。もちろん政治的には何も関係ないことだが、彼女もキプロス王のことを命の恩人と思っているだろうから。」
パンテオンでのプロポーズの後、ジュリエットとロバートは並んでヴァティカン宮に戻ってきました。
美しく着飾ったジュリエットを見て、門番は修道女見習いのアガタだとは全く気づかず「私を尋ねてきた妹なので」というと、ロバートの言葉を全く疑わずに、中に通してくれいました。
「ジュリエット、今晩にも法王猊下にお会いできるかな。その姿のまま二人そろって還俗のお許しをいただこう。」
「ロバート様、ご婚約の話が解消になった経緯は理解いたしました。しかし私は、この世では存在しないはずの身の上のままです。」
「それは、婚約解消の原因となったフレデリック殿の父上にお願いしてある。婚約解消を受け入れる条件として、あなたの養父になっていただきたいと。」
「フレデリック様のお父様?」
「ああ、フィリップ殿の弟、あなたの伯父上でもあるジャンカルロ殿に。」
「お引き受けくださるでしょうか?」
「大丈夫、勝算は充分にあるよ。私に任せておいてくれ。法王猊下から還俗の許しをいただいたら、ジャンカルロ殿と奥方のソフィー様に会っていただくことにしよう。」
「はい。あとその前に、マリアンヌ様にご報告したいと存じます。」
「もちろんだ。何しろ彼女が我々二人を結びつけたんだからね。しかも全く意図せずに。」
そういって笑ったロバートの様子に、ジュリエットもやっと実感が湧いてきたのでした。
いつものマッサージの時間にジュリエットは着飾った姿のままでフィリップの前に現れ、驚くフィリップに
【突然申し訳ございません。猊下に会っていただきたい方がございます。よろしいでしょうか?】
というメモを差し出しました。
その時点で、すぐフィリップは察したようで、微笑みながらジュリエットにレオナルドもこの場に呼ぶように命じました。
「これは良い話のようなだな。いずれにせよとても重要な話のようだから、秘書館長のレオナルドも呼びなさい。私にとっては嬉しい話のようだが、レオナルドは優秀な人材を失うことになりそうかな。」
ジュリエットはフィリップに対しては「アガタ」という存在のまま、滞りなく手続きが済みヴァティカンを去りました。ヴェネツィア大使には、詳しい経緯は本人が帰国後に直接元首殿にお話すると説明し、まずはヴェネツィアに向かったのです。
フィリップからの祝福の言葉を受けて、幸せな気持ちに包まれながら帰国したジュリエットでしたが、母国で悲しい現実が待っていました。
リッカルドが病床に伏せっていたのです。ずっとマリアンヌが付き添って看病していたため、マリアンヌはローマの店に戻ることが出来ないでいたのでした。ロバートとジュリエットは、異例なことですが、すぐリッカルドの寝室に通され、そこではマリアンヌも待っていました。
「マリアンヌが大袈裟で、すぐ私を休ませようとするのだ。こんな姿で失礼するが、ぜひ話をお聞かせ願いたい。」
「元首殿、無理を申し上げて恐縮でございます。」
「いやいや、きっと良い知らせなのだろう?」
「はい、私はジュリエットを正式な妻として迎えることを決意いたしました。もともとサンマルコ共和国の養女であられたことを鑑み、まずは元首殿にご報告しなければと二人で参りました。」
「私より、マリアンヌへの報告のほうが大切ではないのかな?」
そう冗談っぽく答えながらリッカルドが側に控えるマリアンヌのほうに振り向くと、マリアンヌが今まで見せたことのない驚きの表情でしばらく呆然としてた後、涙を流したのです。マリアンヌの涙を初めてみたジュリエットは、自分がマリアンヌの意に反した決断をしてしまったのかと、ひどく動揺しました。
「マリアンヌ様・・・」
ジュリエットがそうつぶやくと、マリアンヌがそっと涙を拭いてつぶやきました。
「お二人がそういうことになっていたなんで、全く気づきませんでしたわ。」
「マリアンヌ様、私たちの結婚を認めてくださるのですか?」
「ジュリエット、認めるも何も・・・おめでとう。ジュリエット。ありがとう、ロバート。そうね、ロバートなら、ジュリエットの過去を理解し受け入れてくださるに違いないわ。しかも正式な妻として迎えてくださるなんて。ああ、ここにエレノア様がいらしたら、どれだけ喜ばれたことか。」
そんなマリアンヌの姿を感慨深げに見てから、リッカルドは現実的な問いかけを続けました。
「二人とも、おめでとう。私からもお祝い申し上げるよ。しかし、ジュリエットは、公式にはキプロスで亡くなったしまっている存在だが、正式に妻として迎えるとなると、方策を考えねばならぬな。」
「いえ、リッカルド殿。私のほうでそのための手はずは整えました。これからジャンカルロ殿のところに伺って、ジュリエットを養女にしていただくことになっております。」
思わず顔を見合わせるリッカルドとマリアンヌ。
「ジャンカルロ殿が? 確かにジュリエットにとって叔父上に当たりますが、おいそれとお引き受けくださるかしら?」
「マリアンヌ殿、私がそのように提案したのです。絶対に断れないであろう交換条件として。」
ここでロバートは、自分の婚約話に関するいきさつを話したのです。
「ジャンカルロ殿から何らかのお詫びの手紙が来ることは確信していましたし、彼ならこんな交換条件を出さなくてもお引き受けくださるとは思っておりましたが、私がシャルロット嬢との婚約が破談になったことを全く気にしていないということを、分かっていただきたかったので、わざとこんな提案をしました。」
「なかなかの策士になってきたね、ロバート殿」
そう言って笑ったリッカルドが少し咳き込んだので、マリアンヌは幸せな二人に「そろそろ、リッカルド殿には休んで頂かないとね。」言ったので、二人の婚約報告は終わりました。
リッカルドからの祝福の言葉を受けてほっとしつつも、誇らしげな様子のロバートとは違い、ジュリエットはリッカルドの様子が心配でした。つきっきりでマリアンヌは看病しているということは、よほど具合が悪いのではないかと、かつて自分がロバートの父の看取りをした時のことを思いだしていたのです。




