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第78章

 ロバートの教育係として、皇帝陛下からも信任されていたジャンカルロでしたが、自分の息子に対しての教育には少々悩んでいました。


 まっすぐに健康に育ち、決して怠惰だったり、傲慢だったり、反抗心が強い、ということではなかったのですが、少々自由奔放過ぎるところがあったのです。何か興味のあることができると、それに熱中してしまい、危険を顧みずに、すぐ行動に移してしまう、という性分に、ジャンカルロもソフィーも少々手を焼いていたのです。

 「一体フレデリックは誰に似たんだろうか?ソフィー。 この間まで乗馬に熱中して よい馬を探しに仲間達と勝手にブルターニュまで行ってしまったかと思ったら、今度は船に夢中になって、マルセイユかヴェネツィアかジェノヴァで航海技術を学びたいと言ってきた。」

 「幼い頃から、アナスタシア様や皇帝陛下からかわいがられて、皇帝陛下ご一家にあちこち連れて行っていただいたおかげで、遠慮とか慎重とかを学ぶことが足りなかったのかもしれませんわ。フレデリックは皇太子殿下とは歳も同じで、一番の遊び相手で親友したから。」

 「そろそろ身を落ち着かせたほうがいいかもしれないな、家庭を持ったら、少しは違うのではないか?」

 「それなら、あなた,あの子にはもう思っている相手がいるはずよ。」

 「何だって。」

 「母親の勘ですけれど、そのうち相手を紹介してくるかもしれないわ。」

 「結婚なんて、あいつにはまだ早過ぎるぞ,ソフィー。」

 「あら、ジャンカルロ、いまあなた、そろそろ身を落ち着かせたほうがいいとかおっしゃってなかった?」

 「いや、その」


 そんな夫婦の会話があった後すぐにソフィーのもとにアナスタシアが突然訪問してきたのでした。

 「お元気そうで何よりです。お母様。」

 いつもはゆっくりワインでもいただきながら宮廷内の話題をおしゃべりするアナスタシアが、真剣な顔つきで突然ソフィーに問いかけました。

 「ソフィー、フレデリックが外国へ出かけるのは阻止して頂戴。特に地中海方面に行こうとしていないかしら?」

 「あら、どうしてご存じなの?」

 「やっぱりね。それ、駈け落ち計画よ」

 「駆け落ち!?」

 「ロバート殿の縁談話はご存じよね。」

 「はい、お相手はプロシア選帝侯殿の末娘シャルロット様でしたよね。フレデリックも幼い頃はよく一緒に遊んでいましたから。すっかり美しいお嬢様になられて。選帝侯もお気に入りの姫君とおっしゃっていらしたから、たとえ陛下からのお話でも、相手の将来性や素養を見極めたいと、ジャンカルロのところにもロバート殿の照会がきましたわ…。え!?まさか!」


 普段あまり驚くことのないソフィーも動揺を隠せませんでした。

 「その、まさかよ。フレデリックはシャルロットを連れてロードスかキプロスあたりに逃げ出すつもりよ。シャルロットがはっきりと、フレデリックと将来を誓っているから、ロバート殿とは婚約できない、フレデリックと結婚できないなら家を出ると宣言したそうよ。」

 「す、すぐジャンカルロと一緒にフレデリックを連れて、選帝侯のところに伺うわ。」

 「そのほうが良さそうね。ソフィー。まあ、選帝侯としてもロバート殿の経済力に対して不安を抱いていたご様子で、だから正式な回答は引き延ばしていたみたいよ。フレデリックにもチャンスはあるわよ、きっと。」


 とんとん拍子で両家の間でフレデリックとシャルロット嬢の婚約合意ができると、それぞれの父親二人でジャンカル皇帝陛下に申し開きを行い、そのあとすぐジャンカルロはロバートに婚約者を横取りしてしまったことを詫びるために、いそぎ、ローマまで手紙を書き送ったのでした。まさしくそれが、ロバートがヴァティカンで“待っていた”ジャンカルロからの詫び状だったのです。


 折り返しすぐにローマからロバートの返信が届きました、そこにはひとつジャンカルロ殿のお詫びを受け入れる条件が1つございます。と書かれてありました。

 「いまこそ私の最大の復讐の協力をしてください。」と。


 実はロバートは、一緒にキプロスまで同行してくれた本国の友人からの通信で、フレデリックとシャルロットの近況を把握していたのでした。もちろんジャンカルロを責める気持ちも、息子フレデリックを非難する気持ちも全くなく、逆に心から祝福していたのですが、この騒ぎに乗じて、ジュリエットとの結婚の障害をクリアするための協力をジャンカルロにお願いすることを思いついていて、ジャンカルロからの詫び状に、長い手紙を書いたのです。


 「ジャンカルロ殿、私は以前あなた様に私の復讐を協力してくださるとおっしゃいました。そして何度も私に『幸せになることが、最大の復讐』と諭してくださいました。

私は今、自分が幸せになるためにジュリエットという修道女見習いの女性との結婚を考えております。。

 これから明かすお話は、ジャンカルロ殿と奥様が秘密を守り、私をご支援くださると堅く信じるが故の告白でございます。


 私は彼女と、キプロスで出会いました。彼女は修道院で生まれ育ちましたが、まだ少女といってもよい歳ごろに、キプロスとの通商友好の手段としてサンマルコ共和国の養女として若きキプロス国王と婚約をし、数年後輿入れをいたしました。しかしそれから1年たつかたたないうちに、新スルタンのロードス島攻略の戦争が勃発し、キプロス王はスルタンへの恭順の証拠としてキリスト教国の妻である彼女を処刑しました。

 しかし処刑は表向きのパフォーマンスで、キプロス王は彼女の命を守るため、密かに母国へと脱出させたのです。

 私がフォーフェンバッハを追いかけてキプロスに辿り着き、ジャンカルロ殿に相談の速達をお送りしたあのころ、政情が急変し、私はキプロス王より彼女たちの脱出の護衛を秘密裏に頼まれました。

彼女たちというのは、ジュリエットと、彼女の後見人であり薬草治療の師匠でもあるマリアンヌ殿です。

虚弱体質だった幼少のころと母のようにお世話になった私と同じように、ジュリエットもまたマリアンヌを母のように慕っており、それから私たちはよき友人となりました。

キプロスから無事帰国出来た後、身分を隠して病床の父の最後の看取りをしてくれたのもジュリエットです。そのとき私は感謝してもしきれない恩を受けました。


 最初に修道女見習いと書きましたが、彼女は今ヴァティカンで、法王猊下のお世話係兼、治療師、秘書として働いております。法王猊下や秘書館長からの信用も厚く、その人柄も大変愛されております。

身分や本名、出自などは一切あさかぬまま、ヴェネツィア大使の推挙ということで勤めたとのことです。


 私はヴァティカン駐在の大使となってからのここ数ヶ月、お互い理解を深めてまいりました。彼女は私の気持ちを理解しているはずですが、私に皇帝陛下から選帝侯の姫シャルロット様との縁談をいただいたことを知ってしまい、そして彼女が公的には存在しない人間となってしまったことから、身を引くつもりのようです。


 私もシャルロット様とフレデリック様の仲はフレデリック様と共通の友人からひそかに話を聞いておりました。皇帝陛下からのお話をいただいたときも、おそらくお父上の選帝侯よりもご本人の、あのシャルロット様がご納得されるだろうか思っておりました。

 私としましては、破談という不名誉を受けようとも、皇帝陛下直々のお話を袖にするという失態をやらかそうとも関係なく、心からお二人の幸せなご結婚を祝福いたしております。


 そして私も幸せになるために、ジュリエットを私の正式な妻となるように申し入れたいのです。そのために、ジャンカルロ殿、ジュリエットの正式な養父となっていただけないでしょうか?


 エレノア殿の遺言をお読みになったジャンカルロ殿であれば、ジュリエットの父母が誰なのかご存じのことと存じます。

ジャンカルロ殿は彼女と血縁関係がおありになることからも、あなた様にお願いすることが正しいと考えて、伏して心よりお願いする次第です。

 

 私はここに、決して彼女をエレノア様のような苦しい思いをさせないと誓います。

何卒、私の最大の復讐にご助力賜れば幸いに存じます。

 あなたの心からの友人 ロバート」

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