隠し部屋その2
第75章
今日一日に起こったことをあれこれと考えてしまうので、ジュリエットは心を落ち着かせるためにマリアンヌあてに手紙を書いていました。夜も更けてきて、そろそろ寝ようかと思っていたきに部屋をノックする音が聞こえました。
レオナルドは、ジュリエットの様子を見た上で、内密に今日の経緯を質問しようと、わざわざ夜更けに私室までやってきたのです。
「大変な思いをしたところ申し訳ないが、今日中にいろいろ聞かなければならないことがある。気持ちを落ち着けて、いつものように答えを書いて欲しい。」
ジュリエットは新しい紙を用意し、最初の一行目に「何なりとご質問ください」と書くと、落ち着いた表情でレオナルドの目を見ました。
「そもそもなぜ、この隠し部屋がわかったのだ? アガタ」
【申し訳ありません。私がきちんと監視していなかったせいで、いくつかの宝物が盗難にあってしまいました。いくつかの品がないことに今朝気がついて、慌てて宝物庫内を探していたときに、躓いて壁に手をついたときに、たまたまあの隠し部屋の入り口が開いたのです。
その中に紛失した宝物があるかもしれないと思い、灯りを持って入ったところ、あのご遺体を見つけました。】
「驚いただろうね。先ほどご遺体は無事埋葬されたよ。抱えていた宝剣は、ヴァティカンのものではなく、彼の私物だから、目録に追記する必要はない。」
なぜそんなことがすぐ判明したのかと、不思議そうな表情をしたジュリエットを見て、レオナルドは簡単な説明をしました。
「彼は、10年、いや15年くらい前になるだろうか、突然行方不明になった私の法王宮での指導担当者、メンターだったんだ。シチリアの貴族出身の彼から、あの剣を見せてもらったことがあった。“この剣は我が一族の家督を継ぐ者が代々継承するものだ”と言っていたことをよく覚えている。自分は僧職に入ってしまったので、いずれ正当な後継者に譲渡するつもりで一時的にここに置かせてもらっているのだという話だった。」
少しの間、過去を想い出すように黙り込んでいたレオナルドでしたが、すぐ気を取り直して質問を再開しました。
「さて、では次に宝物の紛失についてだが、具体的に何がなくなったか、現時点でわかるものを全て教えて欲しい。」
ジュリエットが怪我をしたとき動揺していた一番の原因は、遺体を発見してしまったことではなく、宝物を紛失させてしまったことのほうが大きかったのでした。どのような叱責をレオナルドから受けるだろうか、どう責任とればよいのだろうかと、そればかり考えていました。このときジュリエットにしてみれば、レオナルドが自分を責めているような雰囲気がないことが意外でした。
すぐジュリエットは落ち着いて、紫水晶のついた金のパパルリング、ブルゴーニュ公から贈られたとされる七宝で描かれた聖母子像の金のブローチ、ユリの紋章が彫られた正賓用の銀のスプーン2つ、そしてあのジェロームからの贈り物である大きな真珠がついた金のヘアピンを書き、さらにわかりやすいように絵も沿えました。
「アガタ、あなたは絵心もあるのだな。なかなか上手い。これは分かりやすい。すぐにその品々の捜索手配しよう。早晩見つかるはずだ。すでにローマ市内の質屋をすべて監視させていている。窃盗犯はすぐに市内のどこかの店に宝物を持ち込むはずだ。」
先ほどよりさらに不思議そうな表情をしたジュリエットに、レオナルドは急に頭を下げて謝ったのです。
「アガタ、黙っていて申し訳なかった。さぞや責任を感じているだろう。実は、ここのところのヴェティカン内の紛失盗難問題で、エリザベッタが窃盗犯の容疑者の一人として浮上していたのだ。前から目をつけていたのだが、なかなかしっぽを出さない。そこで確実な証拠をつかむために、今回わざと彼女にエサをちらつかせるために宝物庫の整理作業をするように指名したのだ。あなたのことだ、今回の紛失に相当な責任を感じたに違いない。ただ窃盗犯も慎重に行動するはずだから、私がエリザベッタを疑っていることをあなたに話してしまったら、素直なあなたのことだ、作業中にきっと変に態度に出てしまっていたと思う。だからあなたに黙って犯人をあぶりだしたかったのだ。」
ほっとしたのか、ジュリエットは緊張感が解け、急になぜだか涙が溢れてきました。
「厭な思いをさせて本当に申し訳なかった。ただ、遺体のことは本当に想定外だった。怖い思いをさせてしまったね。明日は一日ゆっくり休みなさい。それと、私のほうからロバート殿に改めてお礼を申し上げておく。確認だが、彼には怪我のこと以外、特に何も話していないね。」
はっきりとうなずく姿を確認してからレオナルドは最後に、ジュリエットに親切ながらも辛い警告をしたのです。
「アガタ、今回のことで私は一切あなたのことを疑ってはいない。法王猊下も同様だ。しかし、早晩、宝物庫で何かあったという情報がヴァティカン内でまわるだろう。盗難事件の調査が進んでいることは皆気づいているしね。なかにはあなたを疑う者、面白おかしく噂話を流す者、誹謗中傷をする者も現れることだろう。もともとあなたが法王猊下から特別扱いを受けているとやっかむ者もいたからね。私もできるだけ気をつけるが、いいかい、心をしっかり持って、正々堂々としているんだよ。変に言い訳をしようとかしない方が良い、毅然とした態度を貫くことが一番だ。」
そして、この警告どおり、ジュリエットが覚悟していた以上に、彼女の心を傷つけるような事がそれから起こってしまったのです。
そんなとき、彼女に寄り添ってくれたのが、ロバートでした。
<ご参照>
スピンアウト作品
シンデレラの母の告解 https://ncode.syosetu.com/n4243iy/
ジェロームの半生 https://ncode.syosetu.com/n2058ix/




