性急すぎた告白
第65章
皇帝は数年前から、宰相亡き後の支配体制、後継者について、ひとり考えを巡らせていました。統率力、交渉力などに長けていて、かつ過剰な野心はなく、何より皇帝への絶対的な忠誠心を持つ人物。皇帝のなかでは、そもそもロバートのことは構想に入っていませんでした。幼少期に病弱だったからです。奇跡的に体力気力ともに快復したとは聞いていたものの、重要な役割を担えるほど精力的な人物だとは評価していませんでした。
皇帝が次の宰相候補として皇帝が有力視していたのは、ジャンカルロでした。皇帝一家と姻戚関係が出来たときから密かに目をつけていたのですが、冷静沈着で折衝事などもそつなくこなし、ソフィーとの夫婦関係もよく、アナスタシアから人柄も良いという話を聞いていたので、最後の選考試験として、印璽探索という難しい課題を与えたのでした。
重大な秘密を漏らさすに、どれだけ手際よく内密に確実に対処できるか、皇帝自身、ジャンカルロの成果を楽しみしていたのです。
そして思いのほか迅速に、かつ確実に印璽を探し出しただけでなく、錫の取引交渉相手であるキプロス王との好意的な関係も構築できたということで、すっかり上機嫌になったのでした。
さらに副産物として、戦力外と考えていたロバートが、かなり優秀で献身的な働きをすることを知って、これは早めに身近に取り込んでおいた方が良いと判断した皇帝は、血縁関係のある、ある選帝侯の末娘との婚姻をロバートにほのめかしたのです。
皇帝から正式に勧められたときには、それはもう命じられたと同じこと。その前に結婚を約束した女性がいると申し開きをしなければ、ロバートは皇帝から推挙された結婚を受け入れざるをえません。
その日皇帝の宮殿から戻ったロバートは、はっきりとジュリエットに愛の告白をしたのでした。
治療中にロバートから過去の話を聞くようになってから、彼の自分への思いを感じていたジュリエットでしたが、相談相手のマリアンヌもいないなかで、自分の気持ちすらわからず、ロバートからの告白に、ただただ戸惑ってしまったのです。修道院という環境で同年代の少女たちと育ち、恋愛という感情すら知らずに、キプロス王のもとに嫁ぎ、そして生娘のまま戻ってきた自分の価値が分からなかったのでした。
「驚かせてしまったなら、すまない。でも私の気持ちは充分気づいていたのではないだろうか? あなたが一緒なら、私は父がいなくても生き抜いて、立派にこの家を守っていけると思う。私が本当に心を許し、幸せにしたいと思う相手はジュリエット、あなたしかいないんだ。」
ロバートの熱い思いのたけをじっと聞いていたジュリエットは、しばらくしてやっと口を開きました。
「ロバート様、私は、この世ではもういないはずの人間です。こうして表には出ることなく、お役に立てることを生業として生きていくしかないと思っております。もちろんロバート様は大切なかたと思っており、心から感謝もしております。けれど、あまりに突然のことで・・・」
「突然ですまなかった。ただ、真剣に考えてくれ。できれば明後日までに返事を聞かせてくれないか。」
3日後にまた皇帝の宮殿に出仕しなくてはならなかったロバートは、つい焦ってジュリエットの返事を求めてしまいました。ジュリエットはマリアンヌにも相談したかったのですが、その時間がありません。
そして、ジュリエットには悩む時間もありませんでした。
ロバートからの愛の告白受けた晩の夜中に、宰相が危篤状態に陥ってしまったのです。
宰相が危篤だという情報は、カルロスの屋敷に滞在中のマリアンヌのもとへも急使の連絡がきて、マリアンヌはできるだけ早く戻ってきたのですが、間に合わなかったのです。
司祭が終油の秘蹟を授けると、宰相は最後に死期を悟ったのか諦観した態度でロバートを枕元に呼び、しっかりとした口調で
「必ず近いうちに結婚をして、この家を立派に守るように」
と命令したのです。
そして看護のためずっと傍らにいたジュリエットのほうに向き、
「マリアンヌ、本当にありがとう。息子も一人前に育ってくれた、心から感謝する。」
と微笑みながら告げると、そのまま穏やかな表情で息を引き取ったのでした。
マリアンヌが翌朝、宰相の屋敷に到着すると、ジュリエットが泣きながら最後の様子を話し、緊張の糸が途切れたのか、そのままマリアンヌの胸の中で気を失ったように寝込んでしまいました。
一人きりでどれだけ心細く、不安だったたろうと思うと、マリアンヌは胸が締め付けられるようでした。
治療して快復していく姿を見れば、疲れは吹き飛んでしまうが、介護のかいなく目の前で命のともしびが消えるのを目の当たりにするのは、本当につらいもの。マリアンヌとて決して慣れるものではありませんでした。しかもジュリエットにとっては初めての経験。
翌日、ジュリエットは目を覚ますと、マリアンヌに今までの悩みや思いをすべて打ち明けました、そして初めて、自分の希望をマリアンヌに伝えたのです。
マリアンヌは悩みましたが、ジュリットが初めて自分の意思で自分の人生を歩みだそうとしていることを何としても尊重したいと考えたのです。
早速マリアンヌは、相談の手紙を書いたのでした。




