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兄弟の再会

第56章

 「兄上!よくご無事で。部下の非礼をお許しください。」

従僕からフィリップの到着を聞かされたジャンカルロは、城門のところで城主の兄だと言う小汚い格好の修道僧を門番が追い払おうとしたという報告を聞き、あわてて自ら迎えに出ました。

 「いや、構わないよ。ジャンカルロ。ただソフィー殿に会う前に、この埃だらけの衣服を着替えたい。湯を沸かしてくれないか。さすがにこのままの姿では失礼なので。」

 「今ソフィーは母のところに里帰りしているよ。もし今日兄上がいらっしゃるのがわかっていれば、出かけなかったところなのだが、先日、義母上から呼び出しがあってね。しかし、兄上からの手紙を受け取ってから、いつでも泊っていただけるよう、部屋は準備してある。さあ、こちらへ。」


 その晩、夕飯の後、フィリップは重要な話をしたいから人払いを、とジャンカルロに頼みました。今まではとは違う、フィリップの諦観ともいえる雰囲気を感じていたジャンカルロは、ロバートから相談された偽造印璽やフォーフェンバッハの悪事のことか、それともジュリエットの出生の秘密をフィリップが知ってしまったのでは、とかいろいろな思いがよぎりましたが、まずは話を聞こうと思い、すぐ部下を下がらせました。


 「ジャンカルロ、私はもう一介の修道僧の身だ。各地の修道院を巡りながら、ただ祈りに勤めている。政治的な駆け引きは、私の性分には合わなかったのだと、今さらながら感じているよ。不思議なことに、ヴァティカンを後にしてから、幽閉されていたあの頃をよく思い出すのだ。いらだちと焦燥と絶望の入り混じった日々なのに、ふと気がつくと、あのような人里離れた静かな場所で暮らしたいと思ってしまっている自分がいる。何故だかわからないが。」

 ジャンカルロは、フィリップが自分に話しかけることで、何かを納得したがっている様子だということを感じ取り、ただ話すに任せることにしました。

 「カルロスから聞いていると思うが、あのとき、終油の秘蹟を与えたご婦人が、ロバート殿の母上だったという寄寓が、どうも気にかかってね。その問題を解決しないと、私には平安な生活が得られない気がしてしようがない。最近、あの晩の夢をよく見る。偶然にも遺言どおり、ロバート殿に指輪も渡すことができて、私の役目は終わったはずなのだが、夢に出てくるドロテア殿は私に、何かを訴えているような気がしてならない。」


 フィリップはロバートから聞いた話も合わせて、宰相の妻の暗殺未遂の詳しい経緯をジャンカルロに語って聞かせました。その内容は、ジャンカルロにとっては、ロバート本人から手紙でフォーフェンバッハの処遇について相談されたときの説明内容とほぼ一緒でした。

どうやら、フィリップはまだジュリエットの出生の秘密は知らないようでした。


 「兄上、今晩はもうお休みになられたほうが。かなりお疲れのご様子です。」

 「いや、ジャンカルロ、まだそなたに話しておきたいことがある。いや、最初に謝らなくてはならなかった。幽閉されていたころの私の態度を許してほしい。私は帝国内の権力闘争に巻きこまれてしまったようなのだ。私は宰相殿の策略にはまってしまった。そなたたちが私を見捨てたと信じ込まされたのだ。愚かな兄を許してほしい。あの印璽の偽造さえなければ。そもそもザルツブルグに行ったのが間違いだったのだ。私が播いた種だ。本当に申し訳ない。」

 「兄上、誰もあなたを責める人はおりません。カルロス殿からも聞いております。すべての誤解は解けたのですから。しかし、その印璽の偽造の件、どうしてわかったのでしょうか?詳しくお話いただけますか?」

ジャンカルロとしては、フィリップが誰から知らされたのか、それを確認したかったのです。


 フィリップは簡潔に経緯を説明しました。自分の命の恩人と思わされていたフォーフェンバッハから、皇帝の印璽が偽造されてヴァティカン宮のどこかに隠されていると聞かされ、密かに捜索を行っていたこと。しかし結局は見つからず、あのローマ、ヴァティカンを襲った混乱の中で、金庫ごと粉砕か消失したと報告したのだと。

 ただし、キプロス王からの圧力で締結した錫の取引に関する密約の関しては、ジャンカルロが知っているのかどうかわからなかったので、言葉を濁しました。 

 「そのあと、カルロスの奔走でロバート殿とお会いする機会があってね。そのとき以来、実は文のやりとりをしていたんだ。」

 「え? そうだったのですか。では偽造印璽の件もお二人でご相談されていたのですか?」

 「いや、ドロテア様のことを。彼は夢中になってフォーフェンバッハへの復讐を考えていたようだったが、そんなことをしてもお母様は喜ばないと諭していたのだが、フォーフェンバッハを追いかけてザルツブルグに行くと書いてきた。私には、ロバートの父上である宰相殿が本当にフォーフェンバッハを信用して任せているのか、彼を疑っていて証拠を押さえようと泳がせているのか、便利だからと割り切って使っているのか、分からない。ただ、ロバート殿は、フォーフェンバッハの悪事の証拠を探して求めていた。

印璽の偽造については、とてもフォーフェンバッハが一人で勝手に出来ることではないと思っていたから、宰相殿の策略かもしれないし、そもそも本当に印璽が偽造されたのかも分からない。私は実物を見ていないのだから。」

 「なるほど、そうでしたか。」


 ジャンカルロはここで、つい最近、キプロスから届いたロバートからの手紙で知った内容をフィリップに話しておくべきどうか、迷いました。キプロス王との関わりを話すと、ジュリエットの話がからんできてしまう。まず、無事ロバートが帰国して、二人で偽造印璽の件を皇帝陛下に申し開きし、全て事が収まってからにしよう。今フィリップは一介の修道士となった身だが、いつまた誰が、ヴァティカンの中枢にいたフィリップを欺して利用しようとするかわからない。


 ジャンカルロが黙って考えていると、フィリップは一口水を飲み、こう続けました。

 「ところで、一番気にかかっていたことなんだが、実はここに来る前に、カルロスのところに立ち寄るつもりだったが、ロバートも息子のアランも不在だと言われたのだ。私のように、どこかへ放浪の旅に出てしまったのだろうか。彼に限ってそんなこともないと思ってはいるのだが。」

 「兄上のお耳には、まだ入っていなかったのですね。カルロスは今、ロードス島防衛の最前線での戦いに向かっています。皇帝陛下からのご推薦で、援軍の指揮官に任命されてしまったので。おそらくアランも同行したのではないでしょうか?」

 「ロードス島防衛? 騎士団からは何も報告が来ていなかったが。」

 「おそらく兄上がヴァティカンを出立されてから事態が急変したのだと思われます。最近誕生した若きスルタンが突然侵攻の宣戦布告をしたらしく。」

 「ロードス島騎士団は精鋭ばかりだが、圧倒的な数のイスラム軍に対抗するにはやはり島内全員で兵糧を充分に確保し、籠城戦で体制を整え、耐えられる体力があるうちに援軍を送らないと。まずはヴェネツィア海軍に連絡をして・・・」

 「兄上」

 「ああ、もう私がそんなことを考えなくでも良いのだったな」


 がっくりと肩を落とし、年齢以上に老けてみえる兄の顔を見つめながら、ジャンカルロは言葉を続けました。

「兄上、いま我々がロードス島防衛出来ることはありません。今日はもうお休みください。偽造印璽のことは私がロバート殿から詳しい事情を聞き、皇帝陛下への申し開きに同伴して彼に制裁がくだらないよう尽力します。フォーフェンバッハへの復讐も思い直すよう、私からもう一度説得します。」

「ああ、ありがとう、ジャンカルロ。私は、政争や権力争いの毎日に疲れてしまった。ヴァティカンにいた時期に知ったすべての秘密は自分の胸の納めたまま、どこかの修道院で一修道士として隠棲することにしたいんだ。」


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