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あっけない停戦

第55章

 マリアンヌたちが無事サンマルコ共和国に帰りついたと同じころ、カルロスはジェノヴァの港からロードス島へと向かって出航したところでした。


 若きスルタンがロードス島を攻略にやってくる、との情報にロードス島騎士団からの援軍の要請の急報が数週間前にヴァティカンに入ってきていたのですが、勝ったところで領土が保証されるわけでもない戦いに気の進まない有力諸侯たちがみな、指揮官になることを固辞していました。

 さらにフィリップが突然、肩書きを捨てヴァティカンから去ってしまったっため、こういう時に調整役である秘書官長が不在でヴァティカン内も混乱していたのです。

 なかなか指揮官が決まらないという事態に、マリアエレナ喪失で無気力になっていたカロルスが、皇帝からの推薦を受けて、防衛の指揮官の一人としてロードス島の前線へ向かうことになってしまったのです。


 一方、マリアンヌたちが出航して1週間後、ジェロームは王宮前の広場にて、スルタンに対し恭順の態度を示すため、サンマルコ共和国の養女である妻の公開処刑を行いました。もちろん本人ではなく、すでに病死した年格好に似た女性を荼毘に付したのですが、同日、裏事情を把握しているフォスカリ商館長により、サンマルコ共和国の元首名で、キプロス王を非難する声明が発表されました。


 その公開処刑の3日後、ジェロームは戦闘部隊を引き連れて、若いスルタンの艦隊に合流し、ついにロードス島を巡る戦闘の火蓋が切って落とされたのです。カルロスを含めた応援軍は、開戦の2日前ぎりぎりにロードス島に上陸できたのでした。


 大艦隊で海から迫るイスラム軍に対し、キリスト教国側は、ロードス島騎士団を中心に強固な砦を活かした籠城作戦で対抗しました。数に優位なイスラム軍は、攻撃箇所を3カ所に分散してきたため、そのうちの二カ所をロードス島騎士団が、残り一カ所の防衛指揮をカルロスが任されることになりました。


 小競り合いが続くなかで陣頭指揮をとっていたカルロスが飛んできた大砲の破片で左脚を負傷していまい、ロードス島内の騎士団が運営する病院に担ぎ込まれました。致命傷ではなかったものの、指揮官の負傷にかえってキリスト教国側は士気が上がり、イスラム側の海からの攻撃にロードス島騎士団を中心によく耐えたため戦闘は決定的な勝敗がなかなかつきません。


 兵糧などをしっかり準備していた籠城作戦は二週間ほど膠着状態が続いていましたが、そのうちスルタンの弟が、本人不在の隙にスルタンの座を奪おうとクーデターを起こすという情報が入り、結局、両陣営は勝敗不明のまま停戦協定の協議へとなったのです。

 血気盛んな若きスルタンは、すぐに本国へ帰還するため停戦協定締結の代理人としてキプロス王を指名したため、停戦の調印を行うためキリスト教国側の代表であるロードス騎士団長の館へとやってきました。

 戦闘が開始して、ひと月もたたないうちに、あっけなく停戦となったのです。


 脚の怪我が快復しつつあるカルロスも、停戦締結の責任者の一人として、松葉杖をつきつつ騎士団長の公邸へとやってきました。

 あのヴァティカンでの内密な会議で会って以来のキプロス王ジェロームは、以前よりさらに威風堂々な出で立ちでした。あの法王宮の回廊で、マリアンヌと親しげにしていた男。こみ上げてくる嫉妬心を抑えて、カルロスは調印式を見守るしかありません。


 調印が滞りなく終了すると、関係者が騎士団長の公邸を続々と退出するなか、そっとジェロームがカルロスのもとに近づいてきたのです。面食らっているカルロスに、ジェロームはかすかに微笑みながら話しかけてきました。

 「カルロス殿、ヴァティカンでお会いして以来でしたね。戦闘で脚を負傷されたとお聞きしました。よろしければこれを」

と召使いに持たせていた立派なビロードの包みを手渡しました。

 「これは?」

 「傷を治す治療用のクリームです。ご安心ください、ヴェネツィアの修道院で作られたとても品質のよいもので、私も昔から愛用しております。」


 心地よいラベンダーの香りに、思わす受け取ってしまったカルロスに「ではまたいずれ」とだけ言って、キプロス王は去って行きました。


 結局カルロスは、そのあと2週間、ロードス島騎士団内の病院で治療してからやっと帰国する船に乗り込むことができたのですが、カルロスが持っていたラベンダーの香りのするクリームの効用に病院の医師たちが感激し、どこで手に入れたものなんだとしつこく問い詰められる羽目となったのでした。


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