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帰国の船

第54章

 マリアンヌ一行のキプロス滞在はわずか一週間ほどで、帰国の途につくことなりました。


 キプロス王から、マリアンヌとジュリエットの護衛を頼まれたロバートは、立派な細工の木箱に入れられた偽造の印璽とともに、キプロス王から皇帝陛下への内密な親書を託されていたのです。ロバートの友人二人は、宰相とジャンカルロに手紙を届けたときにすでに帰国していたので、帰りの船旅は、マリアンヌ、ジュリエット、ロバート、アランの4人でヴェネツィアの大きな商船に乗船しました。


 地中海がきな臭くなりつつある情勢から、多くのヴェネツィア商人だけでなく、キリスト教徒のさまざな国の人間が乗り込んでいましたが、リッカルドの密かな計らいで、マリアンヌとジュリエット、アランとロバートはそれぞれ続き部屋となる二人部屋を確保できました。


キプロス王宮でジュリエットに会ったときから一目惚れしてしまったアランは、帰りの船旅中ずっと彼女を元気づけようと、に何かと話しかけていました。しかし、ジュリエットは、心遣い優しかった父のようなジェロームとの別れが悲しくて、心の中では、一人にして欲しいと思いつつ、アランの話をただ悲しげに微笑みながら聞いていました。


 ロバートは、そんなジュリエットの気持ちを察知し、遠くから見守っていました。


 マリアンヌは船の中でロバートの様子を見て、彼が何かに思い悩んでいることには気がついていました。ロバートから相談を持ちかけるまでは、何も聞かないつもりのマリアンヌでしたが、船がまもなくアドリア海入ろうという頃に、ロバートはマリアンヌの部屋をノックしました。ジュリエットはアランに連れられてデッキで散歩して不在の機会を狙って、マリアンヌのもとを尋ねたのです。


 「マリアンヌ、ここだけの話ということで、聞いていただけませんか?」

 ロバートはなぜ自分がキプロスまで来たのか、フォーフェンバッハによる母の幽閉、エレノアの遺言、キプロス王との会談、偽造印璽の一件、すべてマリアンヌに話したのでした。


 「とりあえず印璽の件は、ジャンカルロに相談したのは最適解だったと思うわ、ロバート。ジャンカルロは皇帝陛下と姻戚関係にあり、陛下から信頼されているし、私も彼のことは信用しているわ。陛下がどうご判断を下すかは分からないけれど、あなたが正直に話をすれば、宰相殿が身体的な衰えとともに、記憶も曖昧な状態ということなら、あなたに制裁を課すようなことはしないと思う。」

 「私の判断は正しかったのですね。安心しました。」

 「あなたは激しい感情から行動をするけれど、結論を急がない。俯瞰で物事の情勢を見る能力に長けてるのね。素晴らしい能力だわ。」

 「しかし、判断力が弱い気がします。結局フォーフェンバッハをどう処分すべきか迷ってしまい、そのままキプロス王の好意に甘えて対処を保留したままです。」

 「今回の帰国はキプロス王が提案されたことでしょう。ならば問題はないわ。結論を出さないというのもひとつの解よ。今回のように情勢が変化するかもしれないし。」

 「ありがとうございます、マリアンヌ。幼い頃から、あなたに褒めていただけると、とても勇気づけられます。」


 あの無気力で虚弱体質だった少年時代のロバートと同じ人間だとは思えない成長ぶりに、マリアンヌは誇らしい気分になりつつも、一番気にかかっている問題を切り出しました。

 「それでロバート、あなたはエレノアの遺言を読んでしまったのね・・・」

 「今思えば、他人の遺言を勝手に読んでしまうなどという、なんて非礼なことをしてしまったのかと。あのときはフォーフェンバッハの悪行の証拠を見つけ出すのに必死で。出来ることならご親族の方々にお詫びしたいです。」

 「でもジャンカルロにお返ししたのでしょう?」

 「はい、あ、でも何故あなたがエレノア様の遺言書の存在をご存じなのですか?」


 マリアンヌはそっと自分の唇に指をあて、周りに人の気配がないか確認するようにロバートに目で訴えました。ロバートはこくりとうなずくと、船室の外を確認してから「大丈夫です」と答えました。


 しばらく目を閉じて言うべきことを整理してから、マリアンヌは語り出しました。

 「とても昔から、エレノア様と私は不思議なご縁があるの。そしてエレノア様の最後を看取ったのも私で、エレノア様の身辺の整理をしていたときに遺言を見つけて、ジャンカルロ殿に渡したわ。中は読まなかった、何が書かれているかはわかっていたから。 ロバート、物事を俯瞰的に読み解くあなたはもう気づいてしまっているわね。ジュリエットが誰の娘なのか。」

 「はい、私は一度見たものは忘れないという特技があり、内容を記憶してしまいました。そしてキプロス王宮の薬草園で初めて彼女に会い、話をしているうちにもしかしたら、と。でも決して私は他言いたしません。父はこの情報を政治的に利用しようと考えていたようですが、遺言など、いくらでも偽造できるものですし。皇帝陛下の印璽すら偽造されるのですから。」

 「なぜエレノア様の遺言が宰相の手に落ちてしまったのかしら?」

 「経緯はよく分からないのですが、フォーフェンバッハも読んでいるはずです。父と利用方法について密談している場面を私自身が目撃しましたから。」

 「ロバート、1つだけ約束して。このことはフィリップには言わないで。ジュリエット自身にも。お願い。時期が来たら、必ず私が話します。」

 「ご安心を、マリアンヌ。キプロスに来るまで私は母を不幸にした相手への憎しみと復讐心でいっぱいでしたが、今はもう心は穏やかです。あの王宮の薬草園でジュリエット様と話しをしているうちに、不思議と心が晴れやかになったんです。ジャンカルロ殿からも言われました。私が幸せになることが、最大の復讐になるんだと。母に周瑜の秘蹟を授けたのはフィリップ殿です。母も最後はフィリップ殿のおかげで、安寧な気持ちになれたと信じています。皇帝陛下への報告が完了したら、一度ヴァティカンに行って、フィリップ殿に改めてお礼を申し上げたいと思っておりますが、わざわざ波風を立てる事など考えておりません。」

 「それが、フィリップは、もうヴァティカンにはいないのよ。」

 「え?どちらにいらっしゃるのでしょうか?」

 「何でも、一修道士に戻って、諸国を遍歴しているとか」


 二人がフィリップの消息を話しているときに、ジュリエットが一人で部屋に帰ってきました。

 「あら? アランは一緒ではなくて?」

 「はい、甲板にいる水夫たちとすっかり仲良くなって、一緒に力比べを始めてしまったのですが、終わりそうもなくて・・・」

 「あらあ、やっぱりアランは調子のいいカルロスの息子だわ。ロバート、変な小競り合いにならないうちに、彼を迎えに行ってきてくれるかしら?」


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