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キプロス王の依頼

第52章

 キプロスの王宮にある庭園は、ハーブの爽やかな香りが一面に漂っていました。

 「マリアンヌ様のお知り合いのロバート様ですね。」

 「あなたが、王のおっしゃっていたマリアンヌの弟子・・・」

 「はい。ジュリエットと申します。王より、接待せよと仰せつかっております。よろしければ庭園内をご案内いたします。どうぞこちらへ」


 フォーフェンバッハとの会話で先ほどまで胸の中を渦巻いていたの苛立ちと不快感がすっと消えて、爽やかな春風に包まれているような気分になったロバート。それからジュリエットは一緒に庭園内を歩きながら、お互いのマリアンヌとの関わりを話し合ったのでした。



 何時間も王宮から戻ってこないロバートを心配して、夕方に友人が二人して王宮まで様子を聞きにやってきたところ、門のところでちょうど出てくるロバートに会いました。

 「ご無事でしたか? 最近キプロス島内では、キリスト教徒を狙った追い剥ぎが増えてきているようで、ご用心ください。」

 「心配をかけて大変すまない。」

 「で、キプロス王は何と?」

 「キプロス王は非常に理性的で合理的な方と理解した。率直な話し合いができたと思う。私を信用してくれたようだ。フォーフェンバッハは王宮に幽閉されているが、処遇は私に託された。これから宿に戻り、父宛に事情説明の手紙と、あともう一人に宛てて重要な手紙をしたためなければならなくなった。出来上がり次第、至急届けて欲しい。

 「もう一人?」

 「ジャンカルロ・ウィッツヘラルド殿だ。皇帝陛下とも姻戚関係のある、私がとても信用している方なんだ。」


 手紙のなかで、ロバートは宰相である父に、まず無断でキプロスまで来てしまったことを素直に詫び、続いて錫取引についてのキプロス王との会談の内容、キプロスとサンマルコ共和国の強固な関係について説明し、錫を恒常的に入手したいなら、ヴェネツィア経由にすべき、と進言したのです。そして、一部のジェノヴァ商人を巻き込んだフォーフェンバッハの迂闊な行動が、キプロス王の怒りを買ってしまっていることも書き添えたのです。

 ただ、偽造印璽は、偽造を指示した張本人が父宰相であるかも知れず、どうしていいか分からなかったロバートは、偽造印璽の件は、以前から復讐について相談していたジャンカルロに打ち明けて相談する手紙をしたためたのでした。


 快速ガレー船と早馬でジャンカルロの元に届けられた手紙は、同じような早さで返信がロバートのもとに届きました。

 「自分が幸せになることが、一番の復讐ですよ、ロバート殿。偽造印璽は、フォーフェンバッハの一存でできるようなことではないと思いますが、お父上の過ちをあなたが責任をとる必要はありません。あなたはまだ幼く、知らなかったことですから。私が直接皇帝陛下への申し開きの場を準備します。

 もうご存じのことと存じますが、宰相であるお父上は今、病床の身いらっしゃるのだけでなく、ご記憶が曖昧な状態になっております。おそらく宰相殿ご自身で、この件を正確にご説明することは難しいでしょう。

 あなた様は証拠の偽造印璽をお持ちになって、ご帰国ください。皇帝陛下への申し開きは私も一緒に行きますから、恐れず帰国してください」


 そう冷静な文面で返事をしたためたジャンカルロでしたが、実は宰相による偽造印璽の証拠がロバートから飛び込んできて、内心大変驚愕したのでした。証拠の品が宰相の手に戻る前に皇帝陛下に事情を説明しなくてはなければならないので、ロバートに私的な制裁をさせないよう、ロバートを諭す手紙を送ったのでした。


 このジャンカルロからの返信を読んで、父の宰相からの返信はおそらく来ないだろう、とロバートは悟ったのでした。自分自身の決断で行動しなければならない状況だと覚悟を決めたものの、フォーフェンバッハの処遇をなかなか決められずにいたところに、キプロス王から王宮に来られたし、という伝令がやってきたのです。


 王宮の衛兵達に促されて、立派な輿に乗せられて王宮に到着したロバートは、美しい花が咲き乱れる中庭に案内されました。


 「ロバート殿、急にお呼び立てして申し訳ない。」中庭の奥にある泉の前でキプロス王は待っていました。

 「いえ、立派な迎えの輿まで用意していただき、恐縮です。」

 「すぐに本題に入ってよろしいだろうか?」

 「はい。ただ、実のところまだ宰相である父からの通信もなく、フォーフェンバッハの処遇については・・・」

 「それよりもっと喫緊の問題が持ち上がったのだ。あなたを信用して取引がしたい。」

 「取引、と申されますと?」

 「私の妻を、この島から脱出させるのを手伝ってほしい」

 その言葉とともに、泉の裏手から、ジュリエットが姿を現しました。


 「え、今、なんと?」

 「まもなくマリアンヌがこの島に、ジュリエットを迎えにやってくる。護衛として、この島から二人を無事にヴェネツィアまで送り届けて欲しい。あなたへの報酬と信頼の証として、あの証拠の偽造印璽をお渡しする。」

 全くの予想外の展開に、ロバートが絶句する姿を見て、ジェロームは、この背景と意図の説明を始めました。


 そもそも、なぜジェロームがロバートにひと月以内の回答を迫ったのか。実はロバートがキプロスにやってくる2,3ヶ月前に、オスマン帝国内の後継者争いに決着がつき、血気盛んな若いスルタンが誕生していました。若いスルタンは地中海を仕切っているヴェネツィアが気にくわない。突然船団編成しマルタ島を攻撃したあと、来年の春を待ってから、再び船団をアドリア海で北上させると宣言。キプロス王も戦いに合流せよと命令してきたのです。

 今までキプロスという小さな島の領主が、キリスト教徒の国の養女を妻に娶ろうとも、スルタンにとってはどうでもよく、キプロス王も特に何もとがめられていませんでした。

 しかし、いざ戦争という事態となると、キプロス王として、スルタンに忠誠と恭順の意を示すために、ジュリエットを公開処刑して、報告しなければならなくなったのです。

 そこでジェロームは手紙でマリアンヌを呼び出したのでした。「できるだけ早く、君が蒔いた種を刈り取りにきてくれ」と。

 それはジュリエットがキプロス島にきてまだ1年とたっていない頃、このとき、ジェロームはまだジュリエットと夜伽はしていませんでした。彼女が16になるまで待つつもりでいたからです。


 「これからますます島内は好戦的な雰囲気となり、キリスト教徒への嫌がらせや暴行、身代金目当ての誘拐事件が増えるだろう。当初の私の予測より早く、事態が緊迫してきてしまった。マリアンヌが聡い女性とはいえ、女性の身、彼女だけではジュリエットを守り切れないような状況になってしまった。

この島の領主として、治安の取り締まりは行うが、正直限界がある。できるだけ早くこの島から脱出させてあげたいのだ。

 公式発表としては、ジュリエットは処刑されたとなる。サンマルコ共和国からは非難の声明が出るかもしれないが、事態を静観するだけだろう。マリアエレナは公式な使いではない。私の個人的な依頼に協力する私人であり、この脱出劇も王宮内でも本当にごく一部の者しか知らない極秘事項だ。だから彼女たちの身を守ってくれる、信用できる人物がどうしても必要なのだ。」

 ジェロームの熱い思いを聞き、ロバートは思わず素直に聞いてしまいました。

 「なぜ、そこまでの危険を冒してまで、彼女を脱出させようとなさるのですか?」


 ジェロームはその質問には答えず、微笑みながら会話を締めくくりました。

 「マリアンヌは私にとっても恩人だが、あなたにとっても恩人でしょう? 彼女が到着したらすぐお知らせします。帰国の準備を始めていてください。」

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